第2話  あるはれたひに.2

 彼の待つ駅に到着し、改札を抜ける手前にあるトイレで薄く粉を叩き、アイメークをして、マスクをした。昨夜はちっとも寝ていない。電車でうとうとしたけれど、その行為が余計に寝不足を煽った。酷い顔をしている。こういうとき、マスクはありがたい。つい、思ってしまう。マスク美人などという、単語があるけれど、あたしもその一員だと、自負する。

 改札を抜け、待ち合わせの西口に足を急かす。駅にある時計を見上げたら、13時50分くらいだった。いるはずだ。あたしは、目を凝らし、彼の車を探す。

 ない……。とりあえずメールを打つ。

『つきました』

 打ったって、送ったと同時、彼からの着信があった。

《え! どこ?》

《どこって、ここ。ああ、あやちゃんから見て、先頭から3台目の、白い車》

 あたしは、その位置に目をやり、3番目の運転席から手を振っている、彼を確認した。

《あ、行く、》

 すでに切れている電話にゆい、彼のいるほうに歩んでいった。

 日曜日の真昼間にあうなんて、夢のような感じがした。もう、ないと思ったから。けれど、もう、これで、最後かもしれないかもとも思う。彼にまた、あうようになってから、あうことをとても大事にしている。いつまた会えなくなるかもしれないし、その保証などなにもないのだから。

 助手席をあけ、あ、おじゃましますぅ、所在なさげに小さく声を発した。

 彼は、一瞬あたしを一瞥しつつ、ああ、と、口を開きながら、ハンドルを握った。

「弟の車。俺、トラックで来ちゃったから」

「うん、そっか」

 そっか、そっか、とゆいながら、あたしは、私服の彼を見るのが久しぶりに感じた。いつも作業服な彼。新鮮に感じた。

「なに?連休は?どっか、いったの?」

「行ってない」

 返事は即答だった。仕事だったからね。そう、付け足す。

「え?ゆうきくん誕生日じゃあなかったの?」

 彼は、え?なんでしってんの?そんな形相を向けながら、

「ああ、飯食いにいったわ」

 そういえば、と、そういえば、を強めつつ、口にした。家族の話しになると、寡黙になる。あたしに気を使っているのだろう。いまさら、いいのに。気なんか使わなくても。ゆうきくんの誕生日は去年の今頃訊いたのだ。彼はそのくだんの話しは忘れている。初めてゆうきくんの名前を訊いたときは、小学校3年生のとき。今はもう、6年生だ。3年。少なくとも3年はいろいろな人を騙し、嘘をつき、あたしたちは、あっている。あたしは、彼の存在が夫にばれてしまい、離婚をした。彼のせいではない。あたしの嘘が下手だっただけだ。夫は激怒し、あたしを追い出した。1年前になる。1年か……。

「なんで、今日実家に?」

「明日さ、隣の街に行くんだよね。近いし、母の日だから、おふくろが、焼き肉連れてけってさ、いうから、」

 苦笑まじりにいう彼の目尻は垂れていて、かわいくおもえた。彼は母親思いだと思う。よく、おふくろが、などと、口にする。奥さんの話しは全くしないのに。あたりまえか。奥さんにまつわる情報は全くとゆっていいほどない。知ったところでなに、どうしたいの? そう問われたら、んー、なんだろう。と、首を傾げる。けれど、あたしは、毎回訊いてしまう。

「おくさんを抱いているの」

 彼は、この質問に対し、毎回言葉を濁す。

「まあ、いいだろ、そんなことは」

 一番訊きたい議題なのに。この講義の時間になると、彼は早退をし、あたしをきつく抱きしめ、噛みつき、後ろからおもいきり、突き上げる。

 ホテルに入り、あたしたちは、抱き合う。

 彼の舌があたしの身体を這いまわり、あたしの脇の下に顔を埋め、舐め回す。あっ、至極敏感な部分は、痛いほど立っていて、彼が容赦なく潰して、こねくり回す。痛い。けれど、痛さが、悦をおび、あたしは、ひどく声をあげ、啼いて、彼の背中に腕を回し、なんども、なんども、キスをせがんだ。

 首をおもいきり噛まれた。

 彼と一緒にお風呂に浸かる。

「ねぇ、首、歯型付いてるでしょ?」

「うん」

 軽くさらっと、いう。俺が噛んだわけじゃあないよ、な言い方。

「まあ、いいんだけれどね」

 結果、嬉しかったのだ。噛まれた痕はしばらくは、消えない。彼といたことが確固たる証拠になる。なので、怒るどころか、もっと、噛んでとゆいたかった。

 胸に顔を埋める。夢なら覚めないで。お願い。もう、あたしから離れていかないで。迷惑かけないから。ねぇ、お願い。

 今度はいつあえるか、わからないのだから。

 もしかして、最後かもしれないのだから。

 けれど、その覚悟はもう出来ている。

 あたしと、彼は髪の毛ほどの細い糸だけで繋がっている。いつ切れてもおかしくはない。むしろ、繋がっている方のが、不思議なくらいだ。

 彼に抱きしめられていると、いつも涙が出てくる。これも、いつか来る別れを考慮してのことだとも思う。ぎゅっと、胸が苦しくなって、息をするのも大変な作業になる。好きだ。本当に。嫌いになる要素が1個でもあれば、ぷいっとそっぽを向けれるのに。

 好きって、愛してるって、いったいなんだろう。彼は好きになってはいけない人だから、余計に好きなのかも、とか、考えても見たけれど、それは、当てはまらなく、ただ純粋に好きなだけだと気づく。ひどいことをいわれても、されても、好きなものは、好きなのだ。

「あついー」

 お風呂に浸かっていたから、あつい、あつい、と、なんども繰り返しながら彼はお風呂から上がった。

 お風呂場は日差しが直に入ってきて、あたしは、大きな窓をがらりとあけた。

小高い山の上にあるホテルなので、遠い向こうに、海が見えた。湾かもしれないけれど。裸のまま、大きな窓をあけ、景色を見渡す。横にあった姿見のような大きな鏡で首を見たら、くっきりと、歯型が残っていた。

 あ、鏡の中のあたしと目があう。

 笑うつもりなどは、全くないのに、無意識に口の端があがる。

 

 晴れた日の日曜日。幸せの象徴のような空間。

 本当は、監獄の中の2人。

 お風呂から上がる。彼は、缶コーヒのプルタブに手をかけていた。

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あるはれたひに 藤村 綾 @aya1228

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