第4話 ガネーシャ殺人事件
120名無し:はじめまして。山崎勝子(49)と申します。
迷宮入りになった事件や、警察や司法の解釈に納得いかない事件について、その詳細をこのBBS『モリサワちゃんねる』に書き込めば、ミステリーマニアのスレの住人が真相を推理してくれる・・・・。
ネットでそのことを知りました。早速、書き込ませていただきます。
相原食品工業株式会社という会社をご存じでしょうか。会社名よりも弊社ヒット商品、『激辛トムヤン君』ならご存じかもしれません。タイ風スープの素で、全国のスーパーマーケットやコンビニで取り扱っていただいております。
おかげさまで、今でこそ年商百億円、従業員四百名の中堅企業ですが、三十年前の創業当時は社員十名足らずの個人商店規模の会社でございました。私はその頃からこちらの会社でお世話になっております。
気がつけば創業社長、相原
私は現在、社長室長をやらさせていただいております。
さて、話は先週の月曜日のことでございます。
社長はいつも休日になると軽井沢の別荘で出かけ、一人でそこで過ごされていました。ところが月曜になっても東京の実家に帰ってきていない、とのことでした。
長男で副社長の武義様(40)が私にそれを知らせました。
社長は三年前に奥様を亡くされてから、長男の家族と三階建ての二世帯住宅に住んでおります。
武義様は昨晩、社長が帰宅しないので携帯電話と別荘の固定電話の両方に電話したところ、どちらも電話に出なかったとのことです。
秘書の私の方に何か連絡はなかったか、と武義様から訊かれましたが、私の方でもびっくりしました。
何しろ社長は仕事の鬼で、無断で欠勤したり、遅刻したりすることがない方です。
武義様のお話では、去年、会社を株式市場に上場したばかりで、何かちょっとしたスキャンダルでも株価に響くとのお考えから、警察にはまだ連絡してないとのことでした。
そこで早速、武義様は社長の二男で専務の知義様(37)と私とともに三人で軽井沢の別荘へ直行しました。
東京から新幹線に乗り、その日の午後に別荘に到着しました。軽井沢駅では、出張先から飛んで来た経営企画部長の和義様(32)と合流しました。和義様は社長の三男で武義様、知義様の弟にあたります。
別荘は会社の社員保養所という名目になっていて、私はこれまで二回だけ御邪魔したことがありますが、玄関の合鍵を預かっていました。
社長のお話では社長以外に鍵を持っているのは私だけとのこと。セキュリティー面から、通常の鍵修理業者が開錠したり、合鍵を作成したりできないような、特殊キーを使っていると聞いておりました。
別荘は洋風の屋敷でした。
ドアホンを押しても返事がありません。そこで私は合鍵を取り出し、玄関のドアを開けました。
するとどうしたことでしょう。内鍵が閉まっているのです。
「ここはぼくに任せてくれ」
和義様はアーミーナイフのようなものを鞄から取り出し、開いたドアのわずかな隙間に差し込んでしばらく作業をしていましたが、そのうちにカチッと音がしてドアが開きました。
私たちは屋敷の中に入りました。
「社長、いるんですか?」
私は大声で言いました。しかし返事はありません。妙な胸騒ぎがします。
屋敷は平屋の六LDKで、四人は手分けして社長を探しましたがどの部屋にも誰もいません。
ただ廊下の奥にある書斎だけが鍵がかかっていて中に入れません。
学生時代、ラグビー部にいた知義様が、助走をつけてドアに突進しました。
ドアが破壊され、部屋の中の光景が目に飛び込んで来ると、私は思わず悲鳴を上げました。
社長が頭部から血を流し、床に倒れているのです。
どこかへ電話するところだったのでしょう。棚の上の電話機の受話器がはずされて、ぶら下がっています。
棚の横にあるガネーシャの置物が血だらけになっていて、社長の足元には小さいカーペットがめくれ上がています。
ガネーシャというのは、頭が象で体が人間というヒンズー教の神様で、昔、社長がタイ旅行の御見上げに買ってきた等身大の鉄製の置物です。
おそらくカーペットで足を滑らせ、ガネーシャの置物に頭をぶつけたのでしょう。
武義様は慌てて受話器を電話機に戻すと、すぐに受話器を取って救急車を呼びました。
しばらくして救急隊員がやって来ましたが、すでに社長が死んでいることを確認すると、救急隊員が電話で警察を呼びました。
「あれ、親父ってロボット掃除機使うんだ。こういうの親父、嫌ってたんじゃないかな」
和義様が言いました。
ロボット掃除機がカーペットの側にあります。赤外線探知部の表面の突起に黒い紐が結んでありました。
「おれが勧めたんだ」
武義様が言いました。
「この黒い紐は何?」
「雑巾を結んで使うんだ。こうするとゴミを吸った後に雑巾がけができる。これは親父のアイデアだ」
「ところでリモコンどこ?こういうのって、必ずリモコンがあるはずだよねえ」
しばらくすると警察がやって来ました。
私たちはその日、夜になるまで警察から尋問を受けました。
後日、警察の話では社長の死亡推定時刻は、日曜日の正午から午後ニ時までの間とのことです。
書斎を含め、屋敷の窓はすべて内側から鍵がかかっていた、とのことです。
屋敷の鍵は社長のズボンのポケットにありました。
屋敷自体が密室で、その上、書斎も密室。つまり二重の密室なのです。
したがって殺人の可能性はなく、社長が足を滑らせ、たまたまガネーシャの置物に頭をぶつけたことによる事故死と断定されました。
しかし、私はどうも腑に落ちません。
実は亡くなる数日前から社長は私に「自分は命を狙われている」というようなことを口癖のようにつぶやいていたのです。
私が「誰に命を狙われているんですか」と訊くと社長は黙ってしまい、話題を変えるのです。
社長はガネーシャの像を商売の神様だと信じて大事にしていたようですが、私は悪魔の化身のように思えるのです。
なにしろ頭が象で体が人間。どう考えても不気味でしょう。
ガネーシャの魔力で社長は死んだのではないでしょうか。ところがそんな超常現象など信じてもらえるはずがない、との思いから、社長は私の問いをはぐらかしていたのではないでしょうか。
それに老人とはいえ、社長は心身ともに
モリサワちゃんねるの住人のみなさん、どうか真相を推理してください。
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121小五郎:さて、ハンドルネーム、小五郎です。120からお題をいただきました。今回は屋敷が密室、その中の書斎が密室。つまり二重密室の殺人事件です。おっと、殺人事件と断言してしまいましたが、事故死や自殺の線もあるかもしれません。住人の名探偵諸君、いつものように推理をお願いします。なお、できるだけコテハンを使ってください。
122耕介:こんなの密室のわけねえだろう。仮に屋敷に入った四人の中に犯人がいるにせよ、書斎に入る前に各人が部屋を自由に調べたんだろう。そのとき開いている窓を閉めればいいんだよ。もちろん合鍵を持った山崎が犯人なら最初から密室でもなんでもない。
123涼子:でもそれなら屋敷の密室は破れるけど、書斎の密室はどうなの?
124耕介:書斎に入ったとき、犯人がこっそり窓の鍵を閉めればいいんだよ。他の連中に見られないように。
125光彦:無理があるんじゃないですか。みんなが見てるんですよ。それより実は鍵を持っていたのは社長じゃなくて犯人で、書斎でこっそり社長の死体のポケットに入れたのではないでしょうか。
126耕介:お前の解釈の方が無理があるだろう。みんなが見てる前で死体のポケットに鍵なんか入れられるかよ。
127涼子:できれば120の名無しさんにお願いだけど、もう一度屋敷の書斎に行って、固定電話で電話をかけてほしいの。電話機には着信履歴があるでしょう。その一番上にある電話番号は救急車を呼びだした119番だと思うから、二番目にある電話番号に電話して、出てきた相手に「お前が相原社長殺しの犯人だ」と叫んでほしいの。
128耕介:なんだそれは?
129涼子:これは計画的な犯行だと思うわ。犯人は書斎の間取りを正確に知っているはずよ。また屋敷にある程度、自由に出入りできる人間。
130耕介:なら合鍵を持ってる山崎か?
131涼子:そうとはかぎらないわ。武義、知義、和義の三人とも、社長の息子でしょう。社長と一緒に別荘の屋敷に来ることはあると思うわ。つまり、この段階ではまだ全員が容疑者。
社長はおそらく自分の息子の誰かに命を狙われていた。秘書の山崎にそのことをふと漏らしたが、山崎が詳細を訊こうとすると話をはぐらかした。それは自分の息子が犯人だからよ。赤の他人が犯人だったら、はぐらかすなんてことはしないはずよ。
息子だからかばいたいという気持ちもあったでしょうし、山崎に自分の家族の恥を知られたくないという気持ちもあったでしょう。
おそらく犯人はロボット掃除機の突起部分に黒い紐を結び付け、もう一方の端をカーペットの周囲の紐に結びつけた。カーペットは固定電話を使う人のちょうど足元に敷いておく。その上で犯行時刻に固定電話に自分のスマホで電話した。犯人はそのときおそらく屋敷の外、それも書斎の窓の外付近にいたんだわ。しかもスマホを持ってない、もう一方の手にロボット掃除機のリモコンを持って・・・・。
かくして社長が電話に出た瞬間、犯人はロボット掃除機のリモコンを電源オンにして、掃除機をスタートさせた。すると掃除機の黒い紐にカーペットが引っ張られ、カーペットの上にいた社長は足をすべらせ、ガネーシャの置物に頭をぶっつけた。もちろん、ガネーシャの位置も犯人はあらかじめ計算しておいた。
カーペットに結びつけた黒い紐はそのときの勢いでほどけた。
和義の会話からリモコンが書斎になかったことが暗示されているけど、これはリモコンだけ犯人が持っていた証拠なの。
リモコンは近赤外線だから窓ガラスくらいは通すはずよ。
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200名無し:涼子さん、ありがとうございました。おっしゃった通りのことをやらせていただきました。
屋敷の書斎の固定電話から着信履歴が上から二番目のところへ電話しましたところ、武義様の携帯電話につながりました。武義様と気づく前に私は思わず「お前が社長殺しの犯人だ」と叫んでしまい、その後で取り繕うのに大変でございました。
ところがその次の日、武義様が良心の呵責に耐えられず、警察に自首したのでございます。
なんでも社長と武義様は普段から会社の経営方針について意見が合わず、対立していました。社長はあるとき、次期社長は二男の知義様にすると武義様に言ったそうです。それが原因で実の父親である社長の殺害を計画したとのことでした。
社長は商品の品質にうるさい人で、特に”味”にこだわりました。たとえば『激辛トムヤン君』はあえて原価の高い食材を選んで”味”を徹底的に追及したのです。これに対し、武義様は製造原価を落として利益率の向上を目指していました。”味”を多少、犠牲にしてでもコストを落とすべきだと考えていました。
こうした経営上の確執が殺人事件まで引き起こしてしまうとは、恐ろしい話でございます。
犯行の計画はほぼ涼子さんの推理通りでした。一ヶ所違っていたのは、黒い紐をカーペットに結んでいたのではなく、縫い付けていたことです。それが掃除機で引っ張った拍子に切れたとのことです。
201小五郎:さて、異論がなければ今回は涼子さんにポイントを差し上げたいと思いますが、住人の名探偵諸君、いかがでしょう。
202耕介:つまんねえな。
203光彦:異議ありません。
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