第3話極めて大量の本
「うわあ………これはすごいな」
その感想は、我が物ながら実にわざとらしく空虚に響いた。
驚かなかったわけではない。
入り口に階段が無かったからもしやと思ってはいたが、やはり二階はないらしく、部屋は二階分の高さがあった。そんな高い天井付近にまで、本棚はそびえ立っている。図書館でしか見たことのない可動式の梯子が備え付けてあり、上の方はこれを使わないと手に取ることは難しそうだ。
床に目を向けると、本棚の近くに本が無造作に散らばっているのが見える。置いたわけではなく、本当にただ床に投げ出したような無作為さを感じる状況である。
「誰かが、大分不器用な探し方をしたらしいな」
本棚を照らすと、ちょうど僕の胸元くらいの高さにある棚が空になっている。剥き出しとなった裏板がでこぼこに日焼けしているところを見ると、一番手に付きやすい高さの本を力任せに床に引き落としたようだ。
空き巣みたいな探し方である。本への愛情らしきものはまるで感じられない。
僕はため息をついた。
まさに本の墓場だ。読まれることもなく、飾られることすらない。
ここには、死の臭いしかしない。いずれ劣らぬ知識の宝庫だろうに、それらは無価値なものとして放られてしまっている――ただ一冊、【読めない本】が在るというだけで、他はその他大勢として捨て置かれる。
埋没する。独自性という海に、無個性という波に呑まれて。
何より僕の気を削いだのは、自分もまた咎人の一人であるという事実だ。
僕も、
言うなれば今の僕は、自ら生み出した被害者たちに弔いを告げる、独善的な殺戮者なのだ。そんな者に、祈る資格はない。
だから僕は、彼らの墓場に祈りもなく踏み込んだ。本よ、我を怨め――そんな風に願いながら。
部屋の中央には机、その上には古い燭台があった。蜘蛛の巣が絡み付いた燭台には蝋燭が残されていて、親切にもマッチまで置いてある。僕は訝しく思ったが、しかしよく考えたら訪れるのは本を読みに来る者である。僕よりも少しばかり利口なら、マッチと蝋燭くらいは用意するものだろう。そして、用がなくなって置いていったのだ。
有り難く、僕は蝋燭に火を点した。
燭台は備え付けで、持ち歩くことは出来なさそうだ。本を読むならこの場所まで持ってこないとならないだろう。
「まあ、この中に在るとは思えないけどな」
仮に在ったとしたら、恐らくは既に持ち去られている。
とにかく、僕はぐるりと部屋を見渡した。そして、部屋の奥に扉を一つ見付けた。
「まだ奥があるのか………」
近付いてみると、入り口のものと同じ材質らしい。そして表面には、縦に二本溝が刻まれている――2、か。
「奥までいってみるか」
まずは行けるところまで行くべきだろう。僕は扉を押し開けると、次の部屋に向かった。
次の部屋も、同じ構成だった。
四方の壁は本棚に囲まれ、手前には本の遺体が散らばる。中央には机と燭台、そして奥にはまた扉だ。刻まれた溝の本数だけが、自分がきちんと違う部屋に来たことを示している。
「もしこれが無かったら、同じ部屋を繰り返してるように見えるだろうな………」
無限に部屋が続く映画を思い出して、僕は僅かに身震いする。
あの映画のラストは、確か全員死んだはずだ。部屋に罠があったり、或いは他の被害者の手に掛かって果てたはずである。
【謎】は、確か一人だけ解いたはずだ。それでも彼女は助からなかったが。
「僕も、これを解かないとな………」
少女が残した暗号を、僕は再び眺める。
葬儀屋であれ、墓泥棒でなく。商人であれ、客でなく。取り出し持ち去る者読む事叶わず、取り戻し持ち込む者その資格在り。だが心せよ、それは資格に過ぎず、許可に非ず………。
「謎解き、なんだろうな。そうすれば、見付けられるってわけか」
だとすれば逆説、解かなければ見付けられないわけだ。
「うーん、とにかく、キーワードは本だろうけどな………」
本棚に近付くと、僕は懐中電灯でざっと照らす。
「ジャンルに拘りは無いみたいだな」
ミステリーに歴史小説、童話など、収められた本の分類はまるで適当である。一応全て英語のようで、タイトルはアルファベットだ。
「ジャンルごとに並べ替える、ってことは無さそうだな………ん?なんだこの本」
眺めてみると、僕が一度も聞いたことのない題の本を見付けた。記憶を探ってみるが、全く覚えがない。
僕は、手前味噌ではあるが、本の知識はかなりある方だ。だから古本屋でバイトもしているんだし。
その僕が知らないのなら、もしかして。
「………これは………白紙?」
ぺらぺらと捲ると、中身は白紙だった。紙の材質は他の本と同じく歴史を感じられるものだが、一文字だって書かれてはいない。
「おいおい、まさか、これが【読めない本】ってわけじゃあないだろうな?」
慌てて他の本を調べてみる。するとやはり、僕が知らない題の本は全て白紙だ。
僕は、勿論憮然とした。遠くまで来て、こんなものが答えだなんて。
「………答え?」
僕は思わず呟いた。
そうだ。僕はまだ、あの暗号を解いていない。だとすると、これは
「………………」
僕は視線を部屋の奥に向ける。扉はもう一つ在る――1の扉だ。もしかしたら………答えはそこに在るのかもしれない。
躊躇う理由はない。僕は扉を押して、最後の部屋に踏み込んだ。
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