第2話 天枢―プロヴィデンスエリア―

Overture

 街角をいくつも駆け抜けているうちに、ケントは自分を追いかける怒声がいつしか聞こえなくなっているのに気づいた。

「くそっ……何なんだよ、あの女は……!」

 人気ひとけのない路地で加速魔法を解除して、荒い息を吐く。

 ケントはこの街では有名人だった。十六歳の若さで数々の武勲を打ち立てた、魔術師として最高位の称号〝オールメイガス〟の最年少保持者。そして西の都最強の魔術組織『フリーヴェント』のリーダーにして、構成員に多くの美女・美少女を抱えるハーレム主――ケントを彩る栄光、そして嫉妬の種は数えれば枚挙にいとまがない。

 だが今や彼の表情は最強組織のリーダーとは思えぬほど、恐怖と焦燥に満ちている。その原因は、先ほど『フリーヴェント』の本部に乗りこんできた一人の少女だ。

 迎え撃ったケントの愛しい構成員ヒロインたちを、短機関銃サブマシンガン――には存在しない武器のはずだ――であっさり制圧してのけたその少女には、ケントの魔法がまったく通用しなかった。炎も雷も光線も意に介さない謎の敵を前に、ケントは命からがら逃げ出したのだ。

 そしてケントを焦らせているのは、自分の力が通用しなかったことだけではない。

「あいつ、なんで俺が転生者てんせいしゃだって知って――」

「追いついたわよ、異世界人オーヴァーランダー

 ケントにとって絶望そのものであるその声は、空から降ってきた。

 頭上、建物の屋根くらいの高さに、鳥の羽みたいな形の飛行体が浮いている。そこからケントの前に飛び降りてきたのは、赤いジャケットとパンツ、同色の帽子を纏った金髪の少女だ。

「観念しなさい。加速しようが空を飛ぼうが瞬間移動ワープしようが、〝神翼セレスタ〟の追跡から逃げられやしないわ」

「あ、あんたは何者なんだ!?」

 少女と、その後方に着陸しつつある飛行体にケントは目をしばたたいた。無意識に後ずさる。

「俺が何したって言うんだ!? 俺はな、神様に言われてんだ! 転生後の世界を反則級チート能力スキルを使って好きなように生きていいってな!」

「……誰に言われたか知らないけど、そんなわけないでしょ」

 着陸した飛行体から、ポンチョを纏った赤髪の少年が駆け寄って来る。少年が差し出した大型拳銃リボルバーを少女が受け取った。

「今の言葉、あんたが殺してきた人たちに言ってみなさいよ。ああ、それと本部にいた部下たちは眠らせただけだから安心なさい。報いを受けるのはあんた一人よ」

「――っくしょう、くらえ!!」

 突き出したケントの両手が赤熱に閃いた。いくつもの業火の帯が少女と少年に殺到する。だが炎はすべて彼女たちをかすめただけで後方へと流れていく。外したのか? いや――

「【死よ、怨敵の影に連なれサドンスト・テネブラ】!!」

 炎の奔流に退路を断たれた少女の胸に、黒い点が灯った。

 即死魔法――この世界でケントしか使うことができない、最上級の反則チートだ。この技で葬ってきた強敵は数知れない。

 だが少女に変化はなかった。

「懲りないわね。異世界人オーヴァーランダーの異能は、あたしたちには効かないっての――重ねた罪、あんたの前世に謝んなさい」

 大型拳銃が咆哮した。ケントの額に到達した弾頭から金色に光る鎖が展開し、彼を拘束する。やがてひと際大きく光が閃いたとき、もうケントの姿はそこになかった。

「拘束、ならびに転送完了だね。セーラ、お疲れさま」

「歯ごたえのない相手だったわね。まあ楽だし、いつもこうならいいんだけ、ど……」

 振り返ったところでセーラは硬直した。何事かと同じ方を見たところで少年――ケルビーも固まる。

 先ほどケントが放った業炎が建物に着弾し、大きく破壊の爪痕を刻んでいた。そこまではいい。問題は、崩れる建物の真下には――

 二人の眼前で、〝神翼〟が大量の瓦礫に呑みこまれた。

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ゼノヴィデンス・アーツ 雲乗リュウカン @Ryukan_K

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