仲間が倒れる音に振り向いたゾンビ兵士の顔面に、剣身がずぶりとめりこんだ。

 すかさず剣を引き抜いて、レオナは側方からの横薙ぎに屈んだ。立ち上がる反動で剣を振り上げ、ゾンビ兵士の顎から額までを断ち割る。そいつがのけぞって倒れ伏したときには、振りかぶられた宝剣は残る一体に叩きつけられていた。しかしこれはゾンビ兵士の剣に阻まれ、高い音が鳴り響く。刃越しにレオナと死者の視線が絡み――直後、黒外套ローブが大きく翻った。

「はあああっ!」

 触れ合う刃を軸に回転したレオナは、次の瞬間にはゾンビ兵士の背面に回り込み、後ろから首を撫で斬りにしている。かしいだゾンビ兵士から頭が転げ落ち、床で湿った音をたてて跳ねた。

「よっしゃ! ナイスよ、レオナ!」

 部屋の奥まった場所では壁の一部がスライドし、細長い穴ができあがっている。その隠し通路からレオナは潜入してきたのだ。

「助かったし、安心したわ。怪我はない?」

「はい……運良く雪がクッションになったみたいで……」

「きいぃぃぃ! なんなのよ、なんでなのよ⁉︎」

 女剣士が少女を助け起こす中、奇声があがった。事態を吞み込めぬげに口をあんぐりとしていた男が、我に返ってわめきだしたのだ。

「なんで復活しないの⁉︎ 親衛騎団があっさり負けてんじゃないわよ! この国で一番強いとかふかしてたくせに、使えない連中!」

「……いいえ。彼らは、国一番の騎士たちでした」

 男に据えたレオナの眼光は冷ややかで、鋭い。床に転がる四体のゾンビ――かつての部下たちをほふった緋色の両手剣の切っ先を、男へと突きつける。

「忠義に厚く、民に優しい者たちでした。本来なら私ごときがかなうはずもない実力者ばかり……それが、死者となったがために弱点ができたのです。彼らを弱くしたのはほかでもない。あなたです」

「……思い出したわ。アンタ、よく見たらお姫様じゃないのよ」

 自分に向いた剣の輝きを嫌がるように男は蒼い長剣を体前に掲げた。忌々いまいましげに唇を歪める。

「まだ生きてたとはねぇ」

「……その者は死にました」

 レオナの剣の先端がわずかに持ち上がった。

「絶望の中、己の無力と愚かさを悔やみながら弟とともに死にました……今の私は王女じゃない。あなたを打ち倒す一人の騎士だ!」

 叫んだ刹那、レオナは一陣の風と化していた。鋭く床を蹴り、死霊を滅ぼす緋の宝剣を振りかぶる。

 対して男は動かなかった。代わりに腕を繰り出したのは傍らの黒い巨人だ。

 巨大な拳骨がほぼ真上から叩き潰さんばかりに迫るが、レオナに恐れの色はない。いかな図体が大きくとも、宝剣の前では等しく斬れば死ぬ化け物だ。逆にその腕を切り落とす――寸前、レオナは大きく跳び退った。

 目標を失った巨腕が床に激突する。

「!?」

 息を呑むレオナの眼前、一瞬前まで彼女がいた地点に穴ができあがっていた。

 人間一人なら通れそうな穴がばっくりと口を開けている。少し遅れて轟いたのは下階で天井が崩落する音だ。

 あの瞬間、もしもとっさに避けていなければ――頬に汗の伝うレオナに、得意げな笑声がかかった。

「どう? すごいでしょ、ダーリンのパワー! ダーリンはね、ほかの死体奴隷どもを吸収してパワーアップすることができるの。一般の兵士どもをたくさん食べたし、親衛騎団の連中だって何人も食べたから、戦闘力はほかと比べ物にならないわ……そうそう、もちろん、アンタの国王パパ王妃ママも養分になってるわよぉ」

「――――ッ!」

 騎士が咆哮した。

 邪悪に笑む死霊術士へと再度立ち向かう。それを阻むように突進してくるのは黒い巨人だ。

「おっほっほ、単純な女! 今度こそダーリンに潰されなさいな!」

 巨人が剛腕を振り上げ、その真下にレオナが飛び込む。状況は先ほどと同じ――だがそこからはさっきの再演とはならなかった。けたたましい爆音が連続したときには、巨人ゾンビの胸板を銃弾の雨が強襲している。

「やっちゃって、レオナ!」

 短機関銃サブマシンガンの銃声に負けぬ大音声だいおんじょうでセーラが叫んだ。

異法取締官あたしたちは現地人に手を出せないの! でも、あんたなら――」

「――はい!」

 市民ゾンビにも通用しなかった銃撃で、その強化版という巨人を倒せるはずもない。だが、レオナが巨人の脇を通過するまでの足止めには充分だった。

「ウ、ウソ、ちょっと⁉︎」

 男の顔に貼り付いていた余裕が消え去った。またゾンビを召喚するつもりか、蒼の長剣を掲げる。だがそれよりもレオナの剣の方が速い。

「終わりです、名も知らぬ術士よ」

 呟きを斬風がかき消す。

 宝剣の切っ先は男の肩口から侵入し、胸を走り、腰へと抜けた。血が舞い、短い絶叫とともに男が倒れる。

 体を斜めに裂かれながらも、男はまだ生きていた。とはいえ、死はもう時間の問題だ。小刻みに痙攣けいれんする男に、レオナが介錯かいしゃくの刃を向ける。

 剣が胸を貫き、鮮血が散った。

「レオナ⁉︎」

 銃撃をやめたセーラの叫ぶ先で、レオナの膝ががくりと折れた。背中から飛び出ているのは、瀕死の死霊術士が握る蒼の長剣だ――まだ動けたのか⁉︎

 だが驚愕しているのはセーラだけではなかった。刺した当人も、何があったかわからぬげに目を見開いている。

「か……体が、勝手にうご……」

『――使えぬ奴だ』

 自らの所業を心底不思議そうに眺めている男のすぐ近くで、不愉快げな声が響いた。

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