Ⅳ
「
〝
「それが異世界転生。本来なら同一世界で起こるはずの生まれ変わりが、何らかの理由で魂が別の世界に移動したために発生する異常現象よ」
後ろからはまったく反応が返ってこないが、まさか凍えたということはないだろう。この座席は一見、無防備なようでいて、あらゆる自然環境から乗員を守る
「この転生した異世界人――あたしたちは『オーヴァーランダー』って呼んでるけど、あいつらは基本的に、世界にとっては異物なの。例えるなら、体内に侵入したウィルスみたいなものね。そしてそのウィルスが秩序を乱したと判断したとき、世界管理者は〝抗体〟を送りこんで異物の駆除にかかる」
前方にそびえる王城の影が大きくなってきた。目標地点まで、もうまもなくだろう。
「その抗体こそがあたしたち。管理者の要請で
「無理だよセーラ。たぶん今の彼女は、何を言われても耳に入らないと思う」
後部座席のケルビーの隣で、レオナは呆然と機外の風景を眺めていた。四肢を伸ばし、ぴたっと貼りつくように座席に体を預けて微動だにしない。
『世の中はね、省けるところは省いた方が良い目を見れるのよ』というセーラの主張で空から向かうことになったが、レオナのことを思えば少々無茶な行軍だったかもしれない。離陸する際も、驚きのあまり彼女が落ちてしまわないか心配だったものだが、まるで意識が抜け落ちてしまっているかのような今の状態も別の意味で心配だ。
「まあ、飛行機のない世界じゃ、こういう反応にもなるわよね」
「飛行機があっても〝
青い顔で目を見開いたまま固まってしまっている女剣士に、ケルビーはこれ以上驚かせてしまわないよう慎重に声をかけた。
〝神翼〟は世界管理者――神様の乗り物だ。本来ならただの現地人が搭乗するなどありえない
これが女神エルフィーデのものと知ったら、
「だいじょうぶ? 無理しちゃダメだよ。
「ケ、ケルビー、さん、だ、だいじょうぶ、です……」
あまり大丈夫とは思えない声音でレオナは返答した。微笑んでいるつもりなのだろうが口元は引き
「そ、空を飛ぶって、こんなに、こ、怖いことだったの、ですね……でも、ば、化け物に遭うのに、く、比べたら、や、安いもの、です……」
「……うん、セーラ、もう降りよう。彼女はもう限界だ。そもそも〝神翼〟に僕ら以外を乗せるのも規則違反なんだし」
「何言ってんのよ。レオナの言うとおり、ゾンビに遭うのに比べたら安いもんじゃない。それにもうすぐ城に着くわ」
相棒の主張を無情に斬り捨てながら、セーラは背後を顧みた。青ざめたレオナに下を見るよう指で示す。
「あんたが脱出した隠し通路ってどこ? その近くに降りるけど」
「パ、
震え声でレオナが答える。彼女の視線の先、下方では王城の全貌が鮮明に現れつつあった。
都市を貫く大通りの突き当たり、広大な庭園を伴って白亜の城館がそびえていた。
尖塔を
「あの中庭に、ち、地下への入り口が、あって、そこから」
「玉座の間に続いてるわけね」
「は、はい……ちゅ、中央棟の最上階まで、
「大変なのはあんたの方だから……。でももう大丈夫。すぐに降りるから、もうちょっとだけ我慢してね」
半ばグロッキーなレオナから中庭へ目を移すと、セーラは操縦桿を強く押しこんだ。機体が急降下し、巨大な城館がぐんぐん視界に迫って来る。
幸い、中庭周辺にゾンビの姿は見当たらない。この勢いのままさっさと着陸して――
「待って、セーラ! 何かいる!」
ケルビーが叫んだのはそのときだった。
鋭い警告に、セーラは素早く中庭に目を走らせる。だが再びの索敵にも敵影は見受けられない。
「どこ? 何も見えないけど――」
「そっちじゃない! 屋根だ! 屋根の上に何かいる!!」
ケルビーが睨んでいるのは正面、中央棟の尖塔だ。その傍らに、人型の大きな影がうごめいている。
人影が屋根から何かを拾い、腕を振り上げた。
「っ!」
背筋を走った悪寒が、セーラに操縦桿をめいっぱい切らせていた。
わずかでもそれが遅れていたら、屋根から
「しまった……レオナ!」
機体を守るフィールドは外的衝撃には対応していない。バネの上にいるかのように激しく機体がたわみ、セーラとケルビーが座席にしがみつく――だがレオナは間に合わなかった。傾いた座席から機外へと放り出される。とっさにケルビーが手を伸ばしたが、尾を引く悲鳴を虚しく
「セーラ! レオナが!」
「わかってる!」
だが今は中庭に落下したレオナの身を案ずる余裕はなかった。怒鳴り返しながらも、セーラは機体を制御しようと操縦桿をひねっている。しかし意に反して〝神翼〟の機動が安定しない。徐々に減速しながらも突き進む先は、中庭を臨む中央棟の窓だ。
「頭を低く!」
叫ぶやセーラが操縦桿の裏側のスイッチを押しこんだ。直後、〝神翼〟の底部から長大な
〝神翼〟唯一の武装であるフェザージャベリンは窓を囲むように壁に突き刺さった。破壊された壁の中心を〝神翼〟が突き破る。
壁の破片とガラス、そして轟音を盛大に撒き散らして、機体は城内廊下をバウンドした。さらに進行方向にあった両開きの扉をも突き破り、豪華な絨毯を摩擦で削りながらようやく動きを止める。
「……セーラ、生きてる?」
「……このくらいで天に召されやしないわ」
土埃とガラス片を払い落としながら、二人は身を起こした。
広い部屋だった。白壁に囲まれた部屋を縦断して、赤い絨毯が扉から、一段高い位置にある最奥の
その椅子から中腰に立ちあがった姿勢で、男が独り、硬直していた。
「な、なな、なんなのよいったい⁉︎」
筋肉質の肉体を紫の
「寒い! 風が寒い! ちょっと、アテシは薄着なのよ⁉︎ 誰だか知らないけどなんてことしてくれるのよ‼︎」
「……見て、ケルビー。ずいぶんお喋りなゾンビがいるわ」
「ゾンビじゃないよ、たぶんあの人が
男は紫色の長髪を振り乱してなおも甲高い声で
この城内にまともな人間が残っているはずもない。どうやら運良く敵の懐に入り込めたようだ。
しかも敵は独り――このうえないチャンスだ。
「ちゃっちゃと終わらせて、レオナを探しに行きましょうか」
「うん。彼女には悪いけどね。仇討ちの相手を取っちゃってさ」
「何をぶつくさ言ってるの! 絶対に許さないんだからね!」
ジャケットの懐から
「絶対に許さないわぁ……ダーリンと一緒に、アンタたちを殺してやる。それから
――一発の轟音が、男の陰惨なプランを遮った。
発射された弾丸は男の額に着弾している。見事なヘッドショット――そして絶叫があがる。
「い、い……
剣を引き抜きかけた姿勢でのけぞっていた男が、ぎょろりと目玉を動かした。
その額は赤く腫れあがっている。普通、銃弾が命中したらその程度で済むはずがないのだが、発砲した当人が
「……命中したわよね? なんで、何も起こらないの? やっぱりあいつ、ゾンビなの?」
「〝
「ウソでしょ!?」
「許さないぃぃぃ……よくもアテシの顔に傷をぉぉぉ……」
分厚い
「集いなさい、アテシの死体奴隷!」
男の四方で、塵のような黒い何かが渦巻いた。次の瞬間、それは剣と鎧で武装した四体の兵士たちと化している。兵士たちの顔はこれまで出会ったゾンビたち同様、死者のものだ。
「あんな芸当するのに
「わからないけど、ここは
慌てて〝神翼〟に乗り込む二人に、ゾンビ兵士たちが追いすがった。その動きは速く、同じゾンビでも市民たちとは比べ物にならない――だが兵士たちが取り付くよりも〝神翼〟の発進の方が若干早かった。
扉の外から現れた何者かがそこに立ち塞がったのはそのときだった。
「ちょっ、こいつ……!」
立ち塞がったのは、優に四メートルを超える黒々とした巨体だ。それが先ほど屋根から攻撃してきたシルエットと同一と気づいたときには、巨体は機体の先端部をがっちりと捕まえている。
「⁉︎」
飛行中の〝神翼〟を生身で受け止めたことも驚異的だったが、そのまま機体を振り投げたのは輪をかけて驚異だった――壁に
「逃げられるわけないじゃな〜い? なんたってダーリンは特別で、最強なんだもの。他の死体奴隷とは格が違うのよ〜」
巨体――全身真っ黒の巨人ゾンビの腕に、男が仲睦まじげにしなだれかかる。
「そっちの坊やは可愛い顔だからもうちょっと悩むとして、小娘、アンタは今すぐぶち殺してやるわ。殺して、こき使って、ほかの連中みたいにダーリンの養分にしてあげる」
「……この都市をめちゃくちゃにしたのは、あんたなのよね?」
目が合うなり
「死ぬ前に教えて。なんでこんなことをしたの? この国に恨みでもあるの?」
「決まってるじゃな〜い。アテシとダーリンの愛の千年王国を築くためよん」
そんなこともわからないのかと言いたげに男は肩をすくめた。
「ダーリンが死んで悲しみにくれるアテシの前に、神様が現れたの。あ、神様っていってもクソ女神エルフィーデのことじゃないわよ? アテシ好みのダンディな殿方♡ 神様はダーリンを生き返らせてくれて、しかもアテシたちの愛を応援してくれたの。アテシたちはそのお告げの通りにがんばって、こんなに大成功したってわけ!」
大仰に腕を広げながら語りきって、男は太い顎に指をあてた。
「この国に恨みはないけど、まあ、近場だったしぃ? それにエルフィーデを信奉する国ってアテシ、好きじゃないしねぇ……さ、お喋りはおしまいよ。サクッとぶち殺したげるわ」
「……そうね、殺すならひと思いにやってもらえると助かるわ」
絶体絶命だというのに、セーラの声に
「あんたがあたしを殺せるなら、だけどね?」
「はあ? 笑ってんじゃないわよ、ブス! アンタたち、やりなさい!」
男の怒号に合わせゾンビ兵士たちが一斉に抜剣し――肉が裂ける湿った音が室内に響いた。だが斬り落とされた頭はセーラのものではない。
首から上を失ったゾンビ兵士が力なく崩れ落ちる。
その背後に立つのは、緋色の長剣を振り抜いた銀髪の女剣士だった。
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