第11話 私の話

私の名前は大富おおとみ那希なき。この街の大学に通う大学生です。つい最近ハタチになりました。



小さい頃から人見知りな性格であまり喋る事が得意ではなかったため、友達作りには苦労してきました。


そんな自分をどこかで変えなきゃ、積極的にならなきゃと思っているうちに、気がつけばもう成人してしまいました……時が経つのは早いです。全然大人になった気がしません。


大学生活はそれなりにうまくやっていますが、お世辞にも充実しているとは言えないです。サークルも馴染めずにすぐ辞めちゃいました。



こんな私ですが、見てくれはいいので男の人がよく話しかけてきます。でも、結局会話が続くことはありません。というか大抵私が一言も喋りません。喋れないのです。


あの人たちは怖いです……人との接し方に慣れてるというか、いわゆる『陽』の側の人間なのです。『陰』の側である私から見れば恐怖の対象です。緊張で体が固まってしまいまい、声が出せなくなってしまいます。初対面なのにいきなり下の名前で呼んでくるし……


もうこの性格が直ることは無いのかもしれません……でも、いいんです。なんだかんだで今まで過ごせてきましたし、楽しいこともそれなりにあります。


ただ、あと少しだけ積極的になれたら……大事な所で、あとちょっとだけ勇気が持てたら……そうなれたらいいのにな。


そんなことを思いながら、私は何の変哲も無い一軒家の前で立ち止まります。




今日は週に何度かのアルバイトの日。私が密かに楽しみにしている習慣の一つです。


普通のアルバイト、ましてや接客なんて絶対できませんが、たまたま求人で見つけたこのバイトは思わぬ穴場でした。


バイトの雇い主さん……この家の持ち主の方なのですが、とても変わった人なのです。私が今まで出会った中でも群を抜いて変な人です。


その人の名前は相下あいした衛門えもん……博士?一応とてもすごい方らしいのですが、詳しい事はよく知りません。なんだかよく分からない研究をずっとやってます。


髪の毛はボサボサのボーボー、お髭も生やしっぱなし、典型的な研究一筋の天才って感じです。ただ、服は白衣じゃなくてジャージ、それもビックリするほどダサいやつです。


何がすごいってこの方、なんと私と同い年なのです!これでも勉強だけはしっかりやってきたのでそれなりの大学に入ることはできましたが、彼の家に散らばっている資料をちょっとだけ覗いても、何が書いているか少しも分かりません。同じ年齢でこんなにも別次元の生き方をしてる人が身近にいるなんて驚きです。


このバイトをしている間は、ああ、私よりも変な人がいるんだな、世界は広いんだなと安心します。些細なことで悩んでいる私が馬鹿らしくなっちゃいます。



仕事も簡単です。コーヒーを淹れて一通り家事をした後は、何か頼まれるまでずっと自由時間です。本だって読めちゃいます。しかも、彼は全くと言っていいほど喋らないので変に気を使う必要もありません。

もう最高の空間です!時給も高いし、何も言うことはありません。あと……彼の、あの人を人とも思っていない、物として扱われてる感じが少しだけ……興奮します。



さあ、今日も頑張るぞと一呼吸置いてから、私はそっと玄関の扉を開けます。彼はいつも研究部屋で何かに集中している為、できるだけお邪魔にならないように音を殺して入っています。いつも鍵が開いてるのは不用心な気もしますが……



部屋をスッと覗き込んだとき、何やら異変を感じとりました。



目の前に……相下さんが立っていたのです……相下さん……?相下さん!?


なっ、なんかギャルゲの主人公みたいになってます!


彼は首から上が別人のようになっていました。あんなにボサボサで顔が覆い隠されていた髪やお髭がサッパリ綺麗になっており、まるで別人のようでした(服はいつものジャージでしたが……)。あまりの出来事に体が固まってしまいます。


一体どうしちゃったんでしょう……高校デビューとか大学デビューの類でしょうか……に、人間デビュー?


動かない体の代わりに頭をフル回転させていると、ふと彼と目が合ってしまいました。


う、うわぁ……あの相下さんに、み、見られてる……


羞恥心と緊張感に耐えられず、固まった体にムチを打って私は動き始めました。


逃げるようにキッチンへ向かうと、信じられない言葉が後ろから聞こえました。


「大富、コーヒー淹れ終わったらリビングに来てくれ」


うわあああ!名前を呼ばれたあああ!!


私は返事をすることも振り返ることもできず、そのままキッチンへ逃げ込みました。




コーヒーを淹れながら、私は気持ちを落ち着かせるため大きく深呼吸をしました。

もう心臓はバクバクです。普段と違うことが立て続けに起きて、頭はもう混乱でぐるぐるしています。


リ、リビング……?一体なんだろう……

何が起こるか検討もつきません。いや、何が起こってもおかしくありません。今すぐ逃げ出したいくらいです。でも、覚悟を決めなきゃ……


私はコーヒーを淹れ終わると、私は意を決してリビングに向かいました。




「お前からもアドバイスが欲しい。何かあるか?」


相下さんはそう言い終わると、返答を促すようにこちらをジッと見つめてきました。



む……




無知シチュだああああああああああああ!!


まさかこんなところで無知シチュを経験することになるとは……あまり頭に入ってこなかったのですが、要約すると、何やら結婚をやめさせるために自分がお相手の方を寝取る必要があるだとかなんだとか……やっぱりこの方、とても現実離れしています。


しかし問題なことに、私も恋愛事についてアドバイスを出来る立場ではありません。人間関係においては私も誰かにアドバイスを貰いたいくらいなのです。


もう既に2回説明をしてもらいましたが、私はずっと黙ったままでした。

ひ、一言目が出ない……声を出す事ができません……


勝手に仲間意識というか、シンパシーを感じていた彼が突然遠くの存在になったようで、私は少なからずショックを受けていました。体もガチガチに固まり、息をするのも辛いぐらいです。空間に押しつぶされそうになります。



相下さんは未だにジッとこちらを見ていました。もちろん目を合わせることなんてできません。


そのまま部屋に沈黙が訪れます。実際の時間は5分程でしたが、その時間は永遠にも感じられました。




うう……とにかく何か言わなきゃ、何か一言だけでも……


あまりの緊張感に耐えられなくなった私は、ついにその一言を放ってしまうのでした……

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