第9話 中神との話
次の日。
俺は研究部屋で機器の調整をしながら人を待っていた。
予定の時間になると、チャイムと共に一人の少女が扉を開けた。
「お疲れーっす……うおっ!?」
家に入るや否や、少女は俺の顔を見て明らかに驚いた様子を見せた。
「う、うぃーす……」
そのまま俺を横目に見ながらサササッと廊下を移動し始める。
彼女は小針とは別の、3人のバイトの内の一人である。
履歴書を漁って確認したところ、彼女の名前は
俺は早速昨日言われたことを実践し始めた。
「中神」
「な、なんすか」
中神は俺が突然名前で呼んだことにも驚きを隠せていないようだった。普段と違う振る舞いに明らかに警戒の様子を見せている。
「コーヒー頼む。淹れ終わったらリビングの方に来てくれ」
「う、うぃっす」
それだけ言うと、俺はリビングに移動した。
なぜ彼女を待っていたかと言うと、当然俺の恋愛面について評価をもらう為だった。昨日の相談により今後の方針は決まったものの、小針一人では意見が偏る可能性がある。一人でも多くの意見を聞いておきたかったが、生憎俺の周りには人が少ない。まともな話をしたことが無いとはいえ、何度も顔を合わせているバイト達から話を聞いておくことは重要であった。
暫くすると、中神はコーヒーを持ってリビングに入ってきた。
俺はコーヒーを受け取り、彼女に対面のソファーに座るよう促した。
中神は一瞬間を置いてソファーに腰をかけた。居心地が悪いのか、すごくソワソワしている。
俺はその様子を気にかけずコーヒーをゆっくりすすった。暫く空間に沈黙が流れる。
「あの~」
その沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「私、なんかしましたかね?」
中神は恐る恐るそう訪ねてきた。質問の意図が読めずにいると、彼女を言葉を続けた。
「言われた仕事はちゃんとしてたつもりなんすけど」
どうやら彼女は仕事のことについて何か言われるのかと思っているようだ。
「もしかして、クビ……すか?」
「いや、仕事についての話ではない」
俺がそう言うと、中神は先ほどまでの緊張から一転ケロッとした表情を見せた。
「あ、なんだ~、そういう話じゃ無かったんすね。いやー良かった。こんなボロいバイト他にない……っとと、何でもないっす」
突然人が変わったように話し始める彼女に、今度はこちらが気圧されるような感じがした。
「じゃ、一体何の話すか?」
彼女は俺にそう質問する。心なしか、口調も荒々しくなっている気がする。
ともあれ、俺は本題を口に出すことにした。
「相談がある」
「そうだあ~ん?」
中神は大げさに俺の言ったことを復唱した。表情や声色を見るに、あきらかに嫌そうである。
「そんなの仕事内容には書いてなかったハズっすけどぉ?」
そう言いながら、足を組み、人差し指で髪をくるくると弄り始めた。突然の威圧的な態度に、俺は多少言葉に詰まった。
だが、確かに仕事内容にそのような類の事は書いていない。向こうからしてみればあくまでバイトで来ているのであり、それ以外の事を強要する権利はこちらには無かった。
俺は少し考えると、ある提案を出した。
「追加で手当を出す」
「やたっ!」
こちらの返答を予期していたかの如く、またもや態度をコロっと変え彼女は腰辺りで小さくガッツポーズを取った。
「さすがセンセ、話が分かる♪いや~言ってみるもんすねー」
そう言いながらケラケラと彼女は笑う。どうやらこの女、アルティミシアや小針とはまた違ったタイプのようである。返答が予測できないのは話をする上で非常にストレスがかかった。全員性格を統一してもらいたいぐらいである。
「そんで、ウチに何の相談っすか?」
ようやく話を進めることができる。既に随分疲れが溜まっているように感じた。
「恋愛面から見て、中神は俺のことをどう思う?」
「……どういうことっすか?」
訝しげに質問の意味を聞き返してくる。
「恋愛面で少しアドバイスが欲しい、ということだ」
少し質問を極端にした。彼女は少し黙っていたが、やがて納得したかのようにポン、と手を叩いた。
「あー、それでそんな髪型キメてるんすね。まーウチ的には軟弱勘違い野郎みたいで好きじゃないっすけど」
早速髪型について反対意見が飛び出してきた。小針、大丈夫なのだろうか……
「何かアドバイスを貰えるか?」
俺は改めて聞いた。
「アドバイスっすかー?そんなもん決まってるっす。金っすよ金!金さえ持ってればとりあえずモテるっすよ」
金……か。
彼女の話し方こそ適当であったが、今まで聞いたことのなかった新しい切り口に俺は少し興味を持った。
中神はそのままこちらを見ながら話を続ける。
「見た感じセンセはそれなりに金持ってそうすね。バイト雇うくらいだし。どんくらいあるんすか?」
「金か?少し待ってくれ」
そう言うと、俺はそこらに置いていた通帳を持ち出し中を見た。
中神も俺の後ろにサッと回り込んで通帳を覗き込む。
「まー言ってもこんな普通の家に住んで変な研究してるようじゃあそこまで__」
そこで彼女の言葉は止まった。少しの間沈黙が流れる。
「……マジすか?」
そのままこちらを向きながら、彼女は口を開けっ放しにしていた。
ちなみにこの通帳はMAJIUTSUとの共同研究資金という名目のものである。研究に関する支出はここから出されるためかなり多めの額が入っているが、共同資金扱いであるため自由に使える金では無かった。個人の収入については別の通帳に入っている。
通帳をどこにやったか思案していると、中神は突然猫なで声で俺に向かって話し始めた。
「センセ、よく見たら結構男前じゃないすかぁ~、髪型もイケてるっすよ!」
さっきと言ってることが違う気がするのだが。
「ま、冗談はおいといて」
冗談なのか……
こいつに限らずだが、女と話すのはこうも疲れるものなのだろうか……それとも、俺が慣れていないだけなのだろうか。
そんなことを考えていると、彼女はソファーに座りなおして再び話し始めた。
「いいっすかセンセ。オンナやオトコにはそれぞれ恋愛におけるいくつかのステータスが存在するっす」
ほう、ステータスとは……彼女の話に少し興味が出てくる。
「オンナはルックス、若さ、愛嬌、ほぼこの3つっすね。オンナはこれら全部無くなりゃオワりっすけど、オトコはこれらの重要度が下がる代わりに他にもいくつか要素があるっす。その最たる者が金っすよ!」
彼女はソファーから身を乗り出して最後の言葉を強調した。
「そして、これらのステータスを足した値が近い者同士、結果的にくっつくようになってるっす。まー例外もあるっすけど」
そこまで言うと一旦話を止め、彼女はジロジロとこちらを見てきた。
「センセは金で結構ステータス稼いでるっすけど、他はまだまだ改善の余地アリっすね……」
「お前はどうなんだ?」
俺は逆に中神に向かって質問した。
彼女の容姿は16歳とは思えないほど大人びており、少なくとも小針よりは年上のように感じた。長い髪は染められており、雰囲気や顔の作りこそ違うが見た目だけで言えばアルティミシアに近い風貌であった。顔は薄い化粧をしているようだが、よく見るとまだ幼さが残っており、そこだけは年相応に見えた。
「ウチっすか?ウチはそりゃもう激高っすね!」
彼女はフフンと鼻を鳴らしポーズを取った。
「もしかしてセンセ、ウチを狙ってたりするんすか?ウチは競争率高いっすよ~」
ニヤニヤとした表情を浮かべながら口元に手を当てる。彼女ら3人は性格こそ違ったが、表情が豊かであるという部分は共通していた。
「でもまー、センセは金持ってるし、伸び白もあるから候補の一人に入れてやらないこともないっすかねー」
なにやら勝手に話が進んでいるようだが、彼女からはなかなか新鮮で有益な情報を聞くことが出来るように感じた。今後も頼りにしていくことにしよう。
「ま、こんな相談だったらいつでも乗ってあげるっすよ。手当さえ付けてくれるならそりゃもういくらでも!」
そう言いながら、中神はケラケラと笑った。
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