第6話 俺の話
相下衛門。現在20歳。
父は会社員、母は専業主婦の一般的な家庭に産まれる。
母曰く、大人しく手のかからない子だったが、何にでも好奇心を示し、とても物覚えの良い子だったらしい。
変化は、小学校に入ってから起きた。
小学生2年生、当時7歳の俺は、算数の授業で出てきた分数に異常な興味を示した。学校の教科書では物足りなくなり、親に参考書をせがむようになった。
皆が運動場で遊んでいる間、俺は買ってもらった本を何度も何度も読み直し、親に新しい本を買ってもらう度にそれを繰り返した。
10歳になる頃には、遂に学校へ行く時間も惜しくなり、家に籠って数々の論文を読み漁った。既にその才能は広く周知されるようになっており、親からは飛び級で海外の大学に通うことを勧められたが、俺は頑なにそれを拒んだ。
当時の両親の会話を覚えている。
「まさか私達からこんなに頭の良い子が生まれるなんて!どちらに似たのかしら。ねえ、パパ」
「ハッハッハ!もしかしたら、俺とママの隠れた才能が衛門に引き継がれたのかもしれないな」
「そうかもしれないわね!顔だってほら、若い頃のあなたにそっくりよ」
「俺だけじゃないさ、笑ったときのキュートな顔なんか、お前にそっくりじゃないか」
「まあ!あなた、衛門の笑った顔なんてここ10年間は見てないわよ」
「それもそうだったな!ハッハッハ!」
両親はウザかった。
13歳になった俺は、既に世に出ている主要な論文は読み尽くし、自宅で自ら未知の学問を開拓し始めた。
15歳の時に発表した「第二時空の観点から見た物質の不可視化」という論文は、当時から現在に至るまで誰一人内容を理解することができなかった。これ以来俺は論文を書くのをやめた。
16歳。研究に必要な機材と資金を確保するためスポンサーを募った。多数の機関から契約依頼を受けたが、契約条件の緩さとジャージをくれたこともあり、国内で最大手のメーカーであるUJITSUと独占契約を結んだ。
一人で研究に打ち込む環境は着々と揃ってきたが、次第に両親の存在を鬱陶しく感じるようになってきた。今思えば、俺にも人並みの反抗期が来ていたのかもしれない。
誰にも邪魔されずに作業をしたかったが、かと言って自分が家を出ることはしたくなかった。両親を自宅から追い出すため、自宅より一回り大きな家をプレゼントすると彼らはとても喜んだ。
「こんなに早くから親孝行してくれるとは。衛門はいい子に育ったなあ!なあ、ママ」
「ええ。とっても優しい子に育ってくれたわ、パパ。……あとは、孫の顔を見れるかだけが心配だわ。この子、人付き合いが苦手だから……」
「ま、大丈夫だろう!衛門のことだから、パートナーなんか出来ずとも子どもを作れるようになるはずさ。自分のクローンとか作ったりしてな!」
「まあ!それもそうね。うふふ」
両親はウザかった。
こうして生まれ育った我が家は、18年の時を経て、そのまま俺専用の研究施設へと姿を変えた。
それから、2年、現在に至る。
20年間、親以外と話すことはほとんど無かったが、いつだったか、どこかで誰かに言われたある言葉が印象に残っている。
「君はいいよね、才能に恵まれていて。僕たち凡人のことなんて、君からはゴミみたいに見えてるんだろうね」
僻みから出た言葉なのか、端から見たらそういう風に見えていたのか。しかし俺は、人を心から下に見たことは一度もなかった。理由は簡単。俺に出来ないことが出来るから。
人には、必ずその者が持つ役割がある。
子どもを産んで種を存続させる者。生きるための食物を作る者。スポーツで人を魅了させる者。娯楽を創造する者。戦闘の前線に立つ者。それらに対価を払う者。何もしない者__すべての人間は何かしらの役割を持っているものだと俺は考える。
俺は人の為に何かを成そうと思ったことはただの一度も無かった。すべては自分のため、自分がやりたいことのみを行ってきた。そして、それ以外の事は何もできなかった。それが俺の役割であった。
つまり、何が言いたいかというと……
「博士が、その女の人を奪っちゃえばいいんですよ!」
俺は今まさに、役割外の問題に直面しているという事である。
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