第5話 バイトとの話
ぜ、全然思いつかない……
次の日、起きてからはずっと王子とアルティミシアの結婚を阻止する方法を考えていた。
が、一見すると簡単に思いつきそうなその方法が、全くと言っていいほど頭に浮かばなかった。
正確に言うと、案自体はある。結婚は2人で行うものだから、ようは1人にしてしまえば結婚は成立しないのである。が、これをベースにして思いつく案は何かと野蛮であったり物理的であった。いくら世界が滅亡の危機にあるとはいえ、直接的な方法を用いるのは最後の手段にしたかった。
もう一つのベースは、「2人が何らかの理由で結婚を取りやめる」というものだったが、これが難しかった。こと人の感情が入ってくる分野になると、全く案が思いつかない。まだ隕石の衝突を阻止する方法を考えるほうがマシな程であった。他人の気持ちを考えることは、幼少期の頃から非常に苦手だ。
そもそも俺は人が結婚するということへの理解が無かった。何を持って結婚という選択を取るのかが分からなかったし、結婚に至るまでのプロセスも、ましてや結婚を阻止する方法など知る由もなかった。
2人が結婚するまではおよそ50日。子どもが生まれるまで考えるならば早くとも1年ほどは時間がある。子どもが育つまで猶予があると考えるともっとだ。
問題は、世界滅亡のターニングポイントがどのタイミングか分からないという点だ。それを考えると、この50日の間で出来る限り手を打っておいた方がいいだろう。
現状、できることと言えばアルティミシアへの干渉だけであった。
王子への干渉もできるだけ早くしたかったが、そもそも彼が城内にいないためどうしようもない。それに反してアルティミシアへの接触は非常に容易であった。彼女はほとんど一人であったし、居場所も固定されていたためである。
また、多くの情報を集めることも大切だった。情報が多ければそれだけ選択肢は増える。この点に関して言えば、情報ダダ漏れの彼女へ接触することは正に一石二鳥であった。
方針は決まったが、肝心の「結婚阻止案」は未だ思い浮かばない。
時計を見ると、時刻は既に17時を回っていた。
その時、ガチャリ、と玄関のドアが開く音が聞こえた。
「……お疲れ様で~す」
小さな声であいさつをしながら、物音を立てないようにしているのか、そろーりと制服の少女が家に入ってくる。
少女を一瞥すると、俺は一言だけ言い放った。
「コーヒー」
「あっ、了解しましたー」
そう返事をすると、とてとてと彼女は玄関から小急ぎでキッチンへ向かう。
彼女__名前は覚えていない__は、ここで働くバイトだった。
ここに一人で暮らすようになった際、人のいる煩わしさは無くなったが、代わりに家事をする者もいなくなってしまった。部屋はいつの間にか足の踏み場も無いほどゴミだらけになってしまい、三日三晩飲まず食わずで研究に没頭し続けた結果、身体が全く動かなくなり餓死寸前まで追い込まれた時もあった。さすがに死ぬのは避けたかったが、家事は死んでもやりたくなかったため仕方なくバイトを雇うことにした。
始めは10人程のバイトを雇っていたが、日が経つにつれ何故か人がどんどんいなくなっていき、今現在では3人を残すのみとなっていた。その内の一人が彼女である。
再び考え事をしていると、香ばしい匂いが鼻を突いた。
「コーヒーお持ちしましたー」
彼女はキッチンから淹れたてのコーヒーを持ってくると、散らかった机の上にコトンと置いた。俺はそれを口に入れる。
「ん、美味い」
「ありがとうございます」
起きてから未だに何も口に入れていなかったため、酸味の効いたコーヒーは体中に染みわたるようだった。脳がクリアになる感覚が分かる。
一息つくと、チラリとバイトの方を見る。彼女その場から動いていなかった。普段、俺はコーヒーをすぐに飲み干すので、飲み終わったカップを片付けるために待っているのだろう。
ふと、一つの考えが頭に浮かんだ。
「おい」
「は、はいっ!なんでしょう?」
ジッと彼女のほうに目を向ける。
見た目は16、7歳程度。制服を着ていることから学校帰りに直接来たのだろう。髪は一つに束ねられており、健康的な印象を受ける。一般的な女子高校生、と言ったところだった。
こいつに案を考えてもらうのはどうだ……?
少なくとも俺より恋愛事に対しては詳しいだろう。専門のことは専門家に聞くのが一番いい。
「な、なにか……?」
彼女は、少し警戒した様子で恐る恐る訪ねてきた。
「お前、もう結婚してるのか?」
・
・
・
時が一瞬止まる。
「え?」
「……えええ!!?」
全く予想外の問いだったのか、一瞬言われたことが理解できていないようだった。
「あ、あの、私、まだ17歳なんですが……」
17歳か。アルティミシアも結婚時は17歳なので何かと都合が良かった。サンプルとしては共通点が多いに越したことはない。
「結婚してないのか」
「してないに決まってるじゃないですか!」
これは少し残念だった。既に結婚しているのであれば、より信憑性のある案が聞けると思ったが……
俺は次の質問を考えた。
「結婚予定の恋人はいないか?」
「なんで全部結婚前提の話なんですか!?そんな人いないですよ!」
「なら、結婚予定でない恋人は「いません!」
俺の質問は彼女の声にかき消された。うーむ、これは困った。アルティミシアとの共通点は年齢だけになってしまった。
彼女の方を見ると、明らかに戸惑った様子でこちらを見ていた。
「あのー、これ、一体何の質問なんでしょうか……?」
仕方ない。少なくとも一人で考えるよりはマシだろう。
「相談がある」
「ええええ!!?」
彼女はまた大げさなポーズを取りながら驚いた。
「博士が!?私に!?相談!!?」
声のボリュームがどんどん大きくなっていく。正直、うるさい。
「そんなっ、私そんな頭良くないですし!博士のお役には立てないと思いますけど!!」
あたふたとした様子で彼女は答える。何か勘違いしてないか……?
「研究の相談ではない」
「あっ、そうなんですか!もう、びっくりしましたよ!」
どうやらこのバイト、いちいちリアクションが大きいというか、せわしない性格のようである。好奇心は強いが仕草は落ち着いているアルティミシアとは似て非なるタイプであった。
「それで博士、私に何のご相談ですか?」
ようやく本題に入れる。ここにくるまで思ったより長くなってしまった。
「数十日後に結婚を控えている2人がいるんだが……」
「ふむふむ」
「それを阻止したい」
「えええええ!!!?」
少女は本日3度目の驚きを見せた。音量の記録を更に伸ばしている。非常にうるさい。
「は、博士って見かけによらず意外とやるんですね……あたし、博士のこと誤解してました……」
恐らく現在進行形で誤解していると思うが、気にせず話を続けることにする。
「できれば自主的に結婚を取り止めさせたいが……その方法が思いつかん」
「そんなの決まってるじゃないですか!」
私は分かってますよとでも言いたげな顔で、彼女はこう言った。
「博士が、その女の人を奪っちゃえばいいんですよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます