第2話 少女との話

幸い、歪みが大きいおかげで隣世界へ侵入するのは簡単だった。隣世界との境界条件を合わせ、到着位置を特異点周辺に合わせて調整、歪みのエネルギーを利用し自宅と歪みをリンクさせ、隣世界への侵入経路、脱出経路を確保するだけである。


隣世界へ侵入すると、まず目の前に現れたのは大きな建築物だった。こちらの世界で言うところの西洋の城という表現がぴったり来る。


ステルスを起動させしばらく城の周りを調べてみる。やはり隣世界はこちらの世界との共通点が多く見られた。人間は、こちらの世界と外見的に大きな違いは見られず、言語に関してもこの世界の固有単語と思われるもの以外は聞き取ることができた。どうやらこの世界、もしくはこの辺りの地域は「マークス」と呼ばれているらしい。


ある程度下見を終えると、次は「特異点」を特定する作業に入った。特異点とは、簡潔に言えば歪みを生じる原因となる存在のことである。こちらの方も、時空可視化装置の原理を用いて簡易的なレーダーを作るだけであったので簡単だった。


一度自宅に戻った後、レーダーの座標を確認し到着位置を特異点の半径数メートル以内に微調整していく。


ステルスを起動し、再びマークスへ侵入すると、大きなベッドのある部屋にたどり着いた。座標から予測するに、城の内部であると推測できる。


何か特別なものがないかと辺りを見渡すと、寝室と呼ぶには少しばかり広い部屋の中に、一つ、動きのある存在を確認できた。



特異点は、少女だった。



ソファーの上で、彼女は本を読んでいた。年は16から18程度だろうか。その服装は寝間着のようでありながら、明らかに普通の服とは質が違うであろうドレス状のものであり、その風貌、雰囲気から位の高い者であることは容易に想像できた。


ちなみに俺の服装は、契約スポンサーである「MAJIUTSU」が頼んでもないのに送ってきた巨大なロゴ付のジャージ(上下)である。着やすい。



特異点の可能性としては「兵器」や「大災害」などを予測していたため、少しだけ驚いた。当然「人間」も視野には入っていたが、この少女からどのようにして世界滅亡まで繋がっていくのか今はまだ見当が付かなかった。とにかく、こいつを観察しなければならない。日々の行動から情報を集め予測していくしかなかった。時刻は昼を過ぎたあたりだろうか。ステルスの状態で夜まで少女を観察することにした。


ところが、不思議なことにその日彼女は部屋から一歩も出ることはなかった。トイレやバスルームは部屋に設置されていたため、少なくともこの部屋で生活をすることは可能である。問題は食事であるが、夕方過ぎに給仕係が食事を部屋に運んできたのである。よって、何か用でも無い限り彼女がこの部屋を出る必要が無くなったということだ。情報は不足しているものの、彼女は意図的にこの部屋で生活させられているように感じた。


肝心の少女はというと、基本的に本を読んでいるだけであった。当然、一人なので静かである。何か特別なことが起こりそうな気配は感じなかった。


もう時刻は夜である。ほとんど収穫が得られないまま1日が終わろうとしていた。


このままでは埒があかないため、この少女から直接情報を聞きだすことにした。


ステルスは解除せず、彼女の耳元に顔を近づける。




「おい」





「ひゃあああ!!?」






少女はとびきり大きい声を挙げ、それは近くにいた俺の耳にガツンと突き刺さった。耳が痛い。


彼女は相当驚いたようで、ソファーから立ち上がると何度も辺りを見回していた。ステルスを起動している限りは、向こうからこちらを見ることはできない。


10秒ほど経つと、廊下の見回りをしていたのだろうか、一人の兵士が大きな音を立てて部屋に入ってきた。


「な、何事ですかアルティミシア様!?」


「い、いえ……なんでもありません」


「本当ですか!?今まで聞いたことのないような大きな声でしたが……」


「本当になにもありません。お騒がせして申し訳ありません……」


「い、いえ!てっきり巨大な虫でも部屋に入り込んだのかと……無事であればそれは何よりです。それでは失礼します」


彼女__アルティミシアと呼ばれたその少女は、ふうっと一つ息をついた。


まさかここまで驚かれるとは思っていなかった……耳元で囁いたのがまずかったのだろうか。


とにかく、あまりに大きな声を出されてはまずい。俺は彼女の真正面に立ち、ある程度声を抑えてもう一度話しかけた。


「おい」


彼女はビクッと体を震わせたが、先ほどよりはいくらか落ち着いた様子だった。


「や、やはり、どなたかそこにいらっしゃるのでしょうか?」


少女は恐る恐る辺りを見回しそう問いかけたが、無駄話をしている暇はない。俺は早速質問をぶつけることにした。

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