第10話 帰り道と他愛無い速度

 校門を出つつ、なんとなく方向を聴いたら丁度同じだったのでそのまま並んで話を続ける事にした。


 方向が一緒だと聞いた瞬間に驚いてしまったが、右か左か二択だから別に不思議でもない。でも、なんだか素性がよく分からない彼の帰路の一部が案外自分と近かったことに、ちょっと変な感じがしたのだ。いや、彼も一応(?)私と同じ一般生徒な筈だけれど。


「そういえばあれってどこで買ったの?」


 ふと、隣の彼がこっちを向いて訊いてきた。別に急いでいるわけではないが、いつもの表情で颯爽と歩く彼は涼しげにも見える。そこまで速くもないし、寧ろゆっくり足を運んでいるにかかわらず、すたすた、といった言葉が似合いそうでもある。


 あれ、っていうのは確実に今までの流れからしてあの真っ白大豆バーを指す言葉だろうな。そんなに気に入ってくれたのかぁ。それだったら、丁度これから通り過ぎるコンビニで買ったので帰りに指し示して説明できる。道案内苦手だからそれが一番手っ取り早い。


「あ、大豆バーならちょうど帰り道のコンビニで買ったよ」


 へー、と心なしかちょっと高めに彼は相槌した。


「それなら帰り寄ってくか」


 半ば独り言みたいな調子で彼は続けた。最近分かったけれど、思った以上に彼の行動力は高い。思ったらすぐに行動する、……というよりいつも思うように動いているだけなのかもしれない。ひらりと動いている感じ。


 そうこうしているうちにコンビニ前を通りがかった。「ここだよ」と示すと、彼は何のためらいもなく店の入り口へと方向転換した。本当に買って帰るつもりらしい。


 軽快な入店音が私達を迎える。頭上から降って来るそのメロディーに、彼は頭をちょっと上げて気にしたけど、すぐ目線を前方に戻して歩き出した。もしかしてコンビニ、あまり来ないのかな。どうやら様子を見るに、いろんなものが珍しいようだったけど、すぐそれっぽいコーナーを探り当てて大豆バーを見つけていた。勘が良いな。


 彼は何も言わずにじっと大豆バーと対面し、やがて手に取ると「あ、あった…」とちいさく零した。


「……他にも味がある…」


 彼は喜び(?)もつかの間、横に整然と並ぶ大豆バーに目を移していた。きょろきょろと狭い範囲を観測している。なんだかその様子が面白くて私も彼を見守ってしまった。


 彼はプレーン味とオレンジ味、そしてヨーグルト味を一本ずつ選んだ様子。


「私も買おっかな」


 新鮮な表情をする彼を見て居るうちに気分が弾んで、私も大豆バーのストックが減って居たことを思い出し、プレーンを数本手に取った。…うーん、ヨーグルト味か。試したことなかったな。彼をならって私も新味に挑戦してみよう。


 結局、二人とも三本程度の大豆バーを持ってレジに並んだ。並んでいる途中、ドリンクコーナーのカフェオレがおいしそうだからこれも買ってしまった。

 普段はあまりこういうのは買わないんだけど、結構気が乗ってしまっているのかもしれない。


「ありがとう」


 ぴろん、という退店音に見送られてコンビニを後にしながら、彼はひとつ小さく言った。ちょっとわらっている。笑顔、というか微笑んでいる。

 その顔を見ていると、なんだか私まで「戦利品」を手にしたような大層嬉しい気分になってくる。我ながらちょろいもんだ。


 コンビニを出てちょっと歩くと、すぐ分かれ道になってしまったようだ。彼とは反対の道に踏み出しつつ、「またね」と挨拶。


 彼は、「うん、じゃーね」といつもの調子で一声を発してくれた。ひら、と片手を一度だけ振る。そのまま彼は顔を向こうに戻して歩き出したけど、私は見えないのを分かって、ほんの少しだけ、控えめに手を振り返した。


 学校の外で彼と話すのは初めてだった。意外とフランクで、話しやすかったな。教室の外の話題を彼と共有するのはちょっと新鮮。話の大半が大豆バーに割かれていたことには、家に帰ってから気付いた。とりあえず、無二の時間を過ごせたような気になった。これも短い学生時代の、ほんの一ページ。その小さな出来事が、きっとこれからも、案外ずっと思い出に残って、淡い色として胸に染みるんだろうな、と思う。


 楽しかった。とくに大きなイベント事もないけれど、ほんわかした楽しさが心にじんわり残った。遡ると、これもあのちょっと面倒な放課後の仕事に辿り付くので、先生にもう一度ひそかに感謝した。しょっちゅうは嫌だけど、たまになら、こんな些細な僥倖が降るなら、仕事もいいかもしれない。

 



 





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