第6話 科学授業は底を彩る
次の科学。麻木先生は何やら実験器具の入ったカゴを持って入ってきた。
それはまさしく買い物カゴのような見た目で、あれ、先生何か差し入れ?と目を輝かせている者も居た。違いました。
鐘と共に話を始め、前回の授業のおさらいと今回のそれの概要をさらう。そして、じゃーんというセルフ効果音とともに、黒板の側に置いてあったそのカゴから器具を取り出す。
化学、ではなく「科学」なので、うちの学校では基本理科全般を「科学」の授業として受ける。今回はまさしく「科学」の中の「化学」の分野だった。
メチルオレンジ、と紹介された指示薬と、面白いように次々と出てくる薬品たち。
指示薬と言えばリトマス紙くらいしか馴染みがなかったが、話を聞くに色々あるらしい。クレゾールレッドとかメチルレッドとかもあるぞー、と。
うわ、やめてほしい。凄く紛らわしい名前たちだ。
皆はその教卓上に取り出される数々の薬品に興味深そうに見入っていた。
麻木先生は色々とゆるく、どうやら移動教室が面倒だろう、という私たちへの計らいで、こうしてよく教室で出来る限り実験をしている。
でも炎色反応のくだりで次々とナトリウムやらカリウムやらを燃やしてくれた時は綺麗で面白かったけど、同時にひやひやした。そのちょっとの冒険がかえって楽しいんだろうけれど。
おおー、と、試験管中の指示薬が色付くとともにどこからともなく、感嘆の声があがる。特進クラスなこともあって、みんな授業に素直だ。それもあって先生は色々な現象を見せてくれるのかもしれない。
麻木先生はそれを聞いてか楽しそうに次々と試験管に異なる薬品を入れては指示薬でそれを色付かせた。桜色や黄色など、少しずつ違う色で、横一列に並ぶ試験管の底はグラデーションを作っていた。
周りの生徒の声に混ざって、綺麗、というなんでもない自分の声が教室の空間に溶ける。
それと同時にふと隣を見る。あっ起きてる!ちゃんと起きてる。
私に気付いたのか彼は何でもない仕草で私の方を向いた。ちょっと目配せして微笑んだかと(本当に僅かにだけれど)思うと一言、
「楽しそうだね」
と呟きに近いほど小さく声を出して頬杖を付きつつまた前を向いた。
彼の表情にはどこか余裕がある。ちょっとゆとりを持っているような穏やかな空気が彼の周りを包んでいる。安心しているような、なんの慌てる様子も無い、マイペースな空気。
ちょっと、私は彼に憧れを抱いているのかもしれない。私は前の教卓の方に目線をやりながら、ぼうっとそんなことを考えた。
彼のゆったりとした雰囲気が、無意識のうちに私になんとなしに安定感を与えているのかもしれない。彼のいつも変わらぬ謎の安定感は、近くにいる者にその空気の不動さで安心をもたらす。
先生はみんなの反応に満足しきった様子で、試験管を教卓に置いたまま黒板に向かい解説を始めた。授業らしい授業が始まったのだ。
麻木先生の声は優しげであってつい耳を傾けてしまうような不思議な力がある。心地よくも授業はよく頭に入る。クラスの皆も楽しそうな雰囲気を一転、教室の空気は授業モードに切り替わった。
この切り替えの早さは心地よい。気持ちの良い程に皆の一体感をそれとなく認識する瞬間だ。教師には“けじめの良さ”としてよく評価される点だった。これは特進クラス特有なのだろうか…。他の通常クラスを見た事が無いのでなんとも言えないけど、その空気をわざわざ乱そうとする者が一人も居ないことはやっぱりいいな、と思う。
隣の席はなんと真面目に授業を聞きつつノートまで取っている。感動。…って、それが望ましい姿であるべきなんだけど。
これもまさかあの真っ白大豆バーのおかげだろうか。と考えて私は少し微笑みそうになってしまって急いで真面目な顔を繕いつつ頬杖をつくふりをして口元を隠した。
あぁ、なんだかんだで私は今日も学生を謳歌している。つまりは楽しいのだった。
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