第3話 休み時間には君は眠らず

3時限目の休み時間。ついに彼は授業終わりごろには完全に突っ伏して寝ていた。

先程私にヘドバン(?)を目撃されたのちは、驚いてしばらくは目が冴えていた…ようだが、だんだん自分を持ち直して結局は就寝に至ったわけである。いやそこは一度目覚めたなら頑張ろう。頑張ろうよ。


という事で私はひそかに楽しみにしていたことを実行してみたのである。


呼びかけると「んー」という気のない、最早気の無さすぎるだろう返事…(まあ返事をしてくれるだけいいだろう)と共にうつ伏せのまま腕をスライドさせて顔だけをこちらに向ける。


「ねえ次の時間さ、一回全部起きて授業受けてみようよ」


彼は「え…」の口のままで静止した。眉はひそかにひそめられている。その口元は少々ひきつるように笑みをわずかに浮かべているようにも見えた。


えっそんなに硬直すること…?と思いつつも、彼はもともと一つの動作が遅いので静止してしばらく動かないこと自体には別に違和感を感じることはなかった。


「いいじゃない、一回でいいから。起きられるかどうか」


いや、本来は毎時間起きるべきなんだよ。と自分でおかしいことに今更気づいて感覚が彼により若干狂ってしまっていることに喝をいれつつ私は未だ「え」しか浮かべていない彼にたたみ掛けた。


「えぇ~…」と言いつつ彼は顔を下に向け直しつつ腕と机の間に埋もれさせた。


「うぇえ~…」 彼はもぞ、と動いて両手で顔を覆った。よって彼の声が急にこもったので少しびっくりしたが、これは彼の為でもあるので私はなるべく動じないよう努めた。そろそろちゃんと…真面目に……あれ?この人その割に頭いいんだっけ??


私はじろ、と横に彼を見つつ「何故だ…」と未だに顔を覆い額を机にごっつんこさせている隣の席の男子生徒に不可解を覚えた。


―どこで勉強しているんだこいつ…いやこの人は…?


確か成績は悪くは無かった。なんでだ…授業は要点だけ聞いているのか…?いや寝てるふりしてホントは…と考えを巡らし始めたとき、また「ふぁ~」という苦悶に囚われ悩み続けていた彼の奇声が聴こえ、意識がそちらに持ってかれた。


そっか。まずこの人を起こさせないと。と謎の使命感を思い出して私はとりあえず声を掛ける。なんかもう少しでいけそうな気がする。…何が。


「いや、君が起きられるかどうか見たいだけだし…一時限でいいんだ、君が授業を受けてるのを見てみたい!…あっ、もちろん寝ないで、ってこと」


彼は上半身を起こさせて、うーん、と少し考える素振りをしたと思ったら、今度はこちらを向いて肯定の返事を返した。

「うん、いいよ やってみるか」


ふと今思いついたかのように彼は真顔だかきょとんとした顔だか、とりあえず真面目な面持ちで私に言葉を投げかけた。


任務が遂行完了されたかのようにぱぁっと心が晴れるのを覚える。わーい。


「そんな見てみたいんじゃ仕方ないしね」

と、相変わらず彼は無表情でかしこまった様にうむ、と頷いて「じゃあ寝るわ」と机に伏せた。


…かと思ったらすぐに起き上った。何事かと私が眺めていると、彼がすぐにその答えをくれた。


「なんか…眠気が無くなったわ……」


変化が乏しいその表情のままでぼーっとこちらを見る彼は、初めて見る人が見たらきっとその言葉との矛盾に疑問を覚えただろうが、まあ私にとってはいつものことである。むしろ、これでも普段と比べると瞳も少しぱっとしているし確かに私には今の彼はいつもより目覚めているように思えた。


あの彼が眠気を忘れる程のことを私は口走ってしまったのか…と若干ビビったが、もはや事はこう運んだのであるからとりあえず喜ぶことにした。眠らない彼が見られるぞ。…いや、まあそれだけなのであるが。みんなが楽しそうなHRでさえ半分寝ている彼だ。ちょっと気になる、それだけ。次の授業は確か主幹三教科のどれかであった気がするが、果たして彼は本当に起きられるのだろうか…。


何故かこちらがどきどきしてきた。彼は意図せずして、とても小さなエネルギーで周りの人を考え込ませる才能を持ってるのかもしれない。…まあ、こんなに気持ちがくるくると変わるのは、私のもともとの性格も相まっているから、というのが大きいかもしれない。


「しりとりー」


「えっ」、という自らの声で私は我に返った。どうやらさっきの声は彼のものだったらしい。唐突過ぎて理解に苦しむ私を知ってか知らずか、彼は続けた。


「ひま。あと3分で授業始まるから何かするのには時間がないけどひま。しりとり」


ひま。と彼がもう一度続けたので相当なんだな、と思い私はそれを続けることとした。り、リアクション。


…あ、終わった。何故リアクションが出てきたのかは知らないが、すうっと自然に出てきたその単語であっけなくこの言葉遊びは終わった。

あっ、ごめん。と弁解しようとしたら彼は「…分かった。会話もおっけーにする。“んーあと5分”…」

ワンテンポ置いて「あっ、また「ん」になってしまった」と小さく肩を跳ねさせて真顔で彼は驚く。なんだこれ。これは何か“ん”の神にでも取りつかれているのではないか、と阿呆な考えを巡らせつつ謎の感嘆をしたのち私も我に返り、可笑しさに気付いて笑ってしまった。


その笑いは図らずして彼の噴き出し笑いとぴったり被って、その驚きまでも笑いと変わって、私たちは二人して珍しく同じように小さな声を出して笑った。


気づいたらもうベルが鳴っている。3分とは、こんなにも短いものだったのか。

いつの間にか教室に入っていた先生も授業の用意をしている。ああ、そうか。社会か。…あれ、主幹三教科じゃ無かった。次の時間と間違ったかな。


社会は社会でも現代社会だ。ある意味一番社会で役に立つ教科じゃないか。ちょうどいい機会だ。授業の面白さが分かってくれたらいいんだけど。



先生が合図を掛ける。これから50分。私は体を前に向け直し、早速授業の気分に切り替えた。

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