2ビンめ どろどろ尻尾のアクマオンナ

「そろそろ良い時間だぜ、……おぃ、もいいけども動かせェ」

「うん……」

 少年が尻尾がふるふるっと揺らしながら立ち上がる。石室の中は〈毒尻尾〉づくりの次の工程へと入っており、何人かは必要な道具を取りに石室から出て行った。


 ここ〈けらむしの里〉に住む尾の生えたひとびとは、年をとってゆくにつれて毒に対する耐性が強くなってゆき、小さい頃は爬虫はちゆう類に近い感じの見た目だった尻尾も、年をとるにしたがってサソリめいた感じの硬い質感に変わるのが特徴。

 高度な魔法の材料などに使用される〈毒尻尾〉は、ドラゴンの尻尾状につくられたしんを濃ゆいサソリの尾の毒を漬け込んだりして次第に完成品へと近づいていくが、最も仕上げに近い段階にまで近づくと、相当に毒耐性の高い者しか、作業することすらおぼつかないと言われてる――。

 とび茶色の髪の少年の尾は、まだほんのやわらかい爬虫類っポイ尻尾。あけられた石のふたの下に顔を現わした液体の色の変化を他の面々といっしょになって眺めてる。

「よし――、いいぞォ、黒にならないうちにとりだせェェ!!」

 ひとりが作業のきっかけとなる声をあげる。

 真っ白だった色が、ほんの少しに近づいたら頃合いで、スコップのような形の木べらを使って、さっき投げ入れたサソリの尾をすくい上げる。

「おおおーッ!!!」

「よいしょ」

 少年も液体に木べらを差し入れて、サソリの尾をひとつ、ふたつ、なるべく手早くすくってゆく。

「うぅぅぅぅぅぅぅぅ、とっととすませろ すませろ」

「うげぇぇぇぇぇぇぇ、はやくとりだせ だせ」

 つかわれてる木べら、もちろんこの村里の樹でつくられた製品なので、よくしゃべる。顔も口も何も無いし、今までの長い間「この木べらが死んだ」という言い伝えも残ってないので毒は通用しないと思うのだが、毒足しの済んだサソリの尾をすくい上げるこの作業中、とにかくうるさい。

「……ぜんぶ採れましたぁ!?」

 やせっぽちなのでそんなに大きくない少年の声も、木べらの声に負けないように、このときばかりは大きくなる。

「ああ…………、おチビもギリギリですくいとれたな」

 背の高い尻尾男はニヤニヤわらいをしながらそう言うと、木べらにすくいあげられたひとまとまりのサソリの尾を、ひとつひとつていねいに、石室に運び込まれて来たビンの中に分けて入れる。石室の真ん中のくぼみに溜められてる液体は、もうをとおりすぎて、べっとりと黒い色に変質してる。


 〈毒尻尾〉をつくるための工程としては、この毒足しずみのサソリの尾はこれからビンの中で数ヶ月熟成され、その後、毒沼で育てられた特殊な薬草と混ぜられ、また別の液体の中にドラゴンの尻尾状の芯といっしょに漬かってビン詰めにされ、仕上げの工程がほどこされる。

 とび茶色の髪の少年などがたずさわってるのは、芯といっしょに漬けこむ……という段階まで。あとは、年に2回ほどこの村里へやって来て各地の注文主への輸送役もになってるが大体すぐに運んでしまうので、特別なときを除けば、漬けこみ作業が終わってしまえば、荷物の積み込みをする時までビンをを目にすることはほぼ無い……ハズだった。


 ◆


 昼過ぎのサソリの尾の毒足し作業も終わり、その日の作業の済んだ尾の生えたひとびとが石室の近くに建てられた自分の家にそれぞれ戻って行く。

 とび茶色の髪の少年は、まだピリピリと変なこわばりが出る両手のひらをときどき眺めたり、反らせてみたりながら、石室の中で木べらをひとりで整頓してた。

「……いちにちまた動いて、ピリピリが強く……は、なってないみたいだけど、イヤだな……まだなんか変だ」

「おい、はやくならべなおせ なおせ」

 まだ石室のゆかに置かれたままになってる木べらがそんな風にしゃべってるのを聞き流しながら整頓してやると、少年はまた手をひらいて右手、左手と順番に前と後ろ、両面じっくりと確認する。

 昨日左手の指の間にあったほんの小さな点の腫れは、いつの間にか消えてたけど、もしかしたら別の場所に出没したりはしてないだろうな……と、いう不安もちょっぴりあったのだろう、特に指と指の間を見るときは視線の動きが減速してじ~っくり眺めてる。

「……明日もまだピリピリしてたら、やっぱりキチンときに行こうかな」

 少年が近所のじいさんやばあさんの顔を想像して、誰に訊けば適切に答えてくれるかな、と考えながら石室を出ようとしたその時だった。ごつッと右の足に何かがぶつかった。

「誰だよぉ……、こっちのほうに木べらぁ……?」

 放置された木べらにでも当たったのかと思い、サッと首をまわして尻尾の生えてる方角を見下ろすと、そこにはひとつのビンがあった。

「あれっ……?」

 キチンと振り向いてよく見ると、それは少年も何度か作業に参加したことのある〈毒尻尾〉の芯を漬け込む工程に使われるビンだった。中には毒足しされたサソリの尾(適量数本)と薬草、そしてドラゴンの尻尾状の芯も入っており、からっぽでは無かった。

「……まだ運び出すときでも無いのに……? んっ?!!」

 不思議な感触が背中に触れたような気がして、少年は思わず大きく声を出してしまった。なんだか……数日放っておいた鍋の中で、肉の残りの近くに冷えて浮かんで来た真っ白いあぶらのかけらを、べたっと触ってしまったときの感触が、大きくなったような……感じ。


 どろっ……。

 背中から少し位置が下がってきたそのべたっとした不思議な感触は、少年の尻尾の付け根のあたりに動いて来る。

「ひぃっっっっ!!!!!!!?」

 背筋にイヤな感じがぞわっと走ったのと同時にキッ! と後ろを振り向くと、何かを目撃するよりもずっと早く、

「そのままちょっと動くな」

 と、いう声が耳に入ってきた。声が耳に入るのにホンの少し遅れて少年の目に映ったのは、黒い肌着のような衣裳に身をつつみ、長い髪の毛をたらし、何か得体のしれないどろどろの……さっき背中に触れた、浮かんだあぶらのかたまりみたいな尻尾を無数に生やした、見たことも無い女性だった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ??!」

「動くな、って言ってる!!!!」

 駈け出そうとした少年に、無数のどろどろ尻尾がぐるりと取り囲むようにして迫り寄った。


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