甘酢とラバルツの魔術書

@oobun

1ビンめ 毒なし尻尾のオトコノコ

 真っ黄色な風が西北の方角から音をたてて吹いて来る。

 ゆらゆらと大きく揺れるの樹の下にある小さな家では、風の色よりもうんと黄色いテーブルとイスが小さい家主の帰りを待ってた。

「いつになったらかえってくる くる」

「もうじき じき」

 実際にテーブルとイスがしゃべってる。

 この小さい村里〈けらむしの里〉の樹で造られる木工家具はしゃべることが出来る。西北にある大きな霊山の山肌が削れ、つよい真っ黄色な風にのってこの土地にドガシャカと降りそそぎ、それを浴びた樹々が異化したものだとも言い伝えられてるが、樹として生えてるときはナイショ話すらしないので、どうして木工家具がおしゃべりになるのかは天にいてもすずめに訊いてもわからない。

 この小さい村里での、ただの一個の風景なのだった。

「いつになったら帰ってくる くる」

「あしおとがする する」

 イスが声の高さをちょっと上げると、小さな家の扉にあけて少しやせっぽちな影がゆっくりと入って来た。


「……うぅ、また右手と左手がピリピリする……」

 やせっぽちな足を片方ずつトントンと振ってクツの内側に入った黄色くこまかいかけらを落としながら、とび茶色の髪の少年は両手をこすりあわせる。

「放っておけば、しびれは治るとかウソじゃんか……」

 右手を上下に振り、左手を反らせたり、いろいろとしながら少年はイスに腰かけるとそのまま天井をむいてため息をついては、また両手をそれぞれ今度は逆に動かした。

「きょうは何本しっぽつけた つけた」

 テーブルがしゃべりかけて来る。

「きょう……? 20本くらいかなぁ……」

 首を小さく動かしながら頭の中でカウントをしつつ、少年は自分の家の木工家具に対し、馴れ切ってるという顔で答える。

「あいかわらずだな だな」

「そのとおりだな だな」

「しょうがないだろ、毒尻尾どくしつぽの注文はもともと数が少ないんだよ」

「それにしたって たって」

「たいして、のうりつあがってない ない」

「しばらく黙ってよ、……指と指の間、ピリピリしてるんだから」

 少年の手は、ほんのり赤味が強くなっており、特に左手の人さし指と中指の間には、ほんの小さい点のようなれも出来てた。腫れ自体に痛みなどはないが、両方の手のひら全体にはここしばらくピリピリしたこわばりが出ており、ときどき耐えられなくなる。

 手のひらをひらいたり、手を組んで折り曲げたり反らしたりしても、ポキポキッとも音は出ない。だらんと腕をおろして首をかたむけ、肩のちからをぬきながらイスにもたれているうちに、少年のまぶたと尾はゆっくりと重い動きに変化して、単調な呼吸はやがて静かな寝息になっていった。



「ごらぁぁぁ、このふくろの中に詰まってっから、どしどし毒足どくたししろよいっ!!」

 迫力のある声が、外を吹いてる真っ黄色な風の音よりも大きく石室内に響く。

 四角く囲まれた石室のなかでは、とび茶色の髪の少年とおなじような尾が生えてる数人が、ひとつだけ灯されてる油壜あぶらびんのあかりの下、中央にある水槽のようなくぼみに溜められた真っ白い液の中に何かを黙々と投げ込んでる。

 ぼこっ、ぼちょっ、どぼっ、と水面に濁った音が響きたつ。

 石室の入り口付近で目をチョコマカさせながらどなり散らしてる老年の男にも尾は生えており、ときどき声と調子を合わせながら素早く空気を刻んでる。

「ごらぁぁぁ、納入量にゃあ、まっだまだ足りちゃねえんだぞっ!! よっそ見するなぁぁぁ~?!」

「はぁい……」

 小さく手のひらをにぎったりひらいたりしてたとび茶色の髪の少年は腰のうしろにサッと両手を隠しながらしっぽをションボリさせ、よわよわしく腰をかがめた。

 足元にはいくつも麻ぶくろが積まれており、少年はそのひとつの封じめのヒモをていねいにほどいてく。

「いいか、どしどし足していけよっ!!」

 老年の男はそうどなり散らすと、プイッと石室から姿を消した。


「どう、まだ手ェしびれてんの?」

 くぼみの中の液体に向かってポイポイとふくろの中身を投げ込みながら、背の高い男が話しかけて来たが、少年は特に声を返さず、麻ぶくろのヒモをがしゃがしゃ雑にまるめて石室の隅に向け投げ捨てる。

 麻ぶくろの中には、ギラギラとした硬くて短いものがぎっしりと詰まってる。

 これはサソリの尾で、濃ゆ~い毒がたっぷり。

「こいつがぷすぷす刺さったりなんかしたら、即あの世いきなんだからさァ、単なる疲れだってば、疲れェ」

「……ふぅん」

 少年も真っ白い液体の中に麻ぶくろから採ったサソリの尾をひとつ入れる。左手の指の間に昨日みつけた小さい腫れが気になったので、あけたり採ったり入れたりに使うのはすべて右手。

 確かに、このサソリの濃ゆい毒が作業中うっかり体に入っちゃったせいで手がピリピリしてたりするんだとしたら、この毒の効果としては微弱すぎ……いや、大失敗であって、ありえない。背の高い尻尾男が言うように、少しでも体内に入れば致死量に達するくらいの濃ゆさである。


「いくら石室ここ付きになってても、尻尾もまだまだおチビだし……まだまだ、力が追いつかねェんだ」

「おチビじゃないよ、もう13だよ」

「年と尻尾の毒々しさは無関係っしょ。――まだ無毒だろ、おまえの尻尾ォ」

「……まぁ……そりゃそうだけど」

 少年はチラッと首をうしろにまわして、ぴゅん! と自分の尻尾を立ててみる。

「尻尾とおなじでェ、まだまだご成長途上なんで手もすぐ疲れるんだよ……昨日言ったみたいにさァ……っと、ほいほいほいっ」

 背の高い男は手際よくサソリの尾を2つ、つづけて投げ込むと、石室の壁に寄りかかってボサボサ髪を軽く分け、麻ぶくろをヒモでしばる。石室内にいる他の面々も同様に作業の後片付けに入りはじめてた。

「ほらっ、ちょびっとしびれるくらいなんだろッ? 毒足し……あといくつだ?」

「あっ、待って、こっ……これでっ、ぜんぶ……だよっ!!」

 少年は尻尾をぷるぷるさせながら、急いで残りを液体に投げ入れる。ぼちょっ、と最後の響きが聴こえたのと同時に、別の尾の生えた男がひらべったい石で出来たふたをくぼみの上に馴れた手つきでかぶせてしまう。

 とび茶色の少年は、さっきまるめて投げた麻ぶくろのヒモを拾って来る。もつれた部分をほぐそうとしてるうちに、またピリピリとした違和感を手のひらに感じて眉毛をななめにした。


「んぁー……、もつれっ、もつれ…………あれっ?」

 原因不詳なピリピリにいらだちつつ、ヒモを左右に強くひっぱった時、たまたま目に入った左の手の人さし指と中指の間からは、例のれはキレイさっぱり無くなってた。

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