日比野さんのスカートが日に日にみじかくなっていく件
@yocchan-555
前編
8時22分。
予定よりも2分遅れて、孝助は教室に着く。この時間なら、まだセーフだろう。カバンをロッカーにしまうのをあとまわしにして、さっさと自分の席に座る。
「なんだ、最近はやいじゃんかよ」
机の引き出しから図書室のマンガを取り出していると、蓬田がにやつきながら話しかけてきた。
「さては中間テストの準備か?」
「ンなわけねえだろ」
「そうだよな。読んでるのマンガだもんな」
蓬田はケケケと、夜行性の妖怪のように笑う。当然、いまだに彼女なし。あきらかに(中の下の下)クラスのくせに文化祭のミスターコンテストにエントリーしようかと言っているのだから、なおさら始末が悪い。
「部活の1年女子からハートマーク入りのメールをもらっちゃってさ。見てみるか」
「いいよ。ひとりで満足しとけよ」
意識はあくまでも廊下のほうに集中させながら、孝助は迷惑オーラ全開のツッコミを投げつけた。くだらないおしゃべりのせいで万一(あの一瞬)を見逃してしまったら、何のためにわざわざ早く学校にきているのかわからなくなる。そもそも、たんなるクラスメイトにすぎない蓬田のモテ具合などまったく興味がない。
蓬田はにやつきながらスマホを操作し、
「あの子、オレに気があるのかな。なあ、どう思うよ?」
「知らねえよ」
オーソドックスなツッコミ。お笑いのテストなら平均点以上はとれるだろう。ハートマークを気にする前に、その笑い方とニキビ面をどうにかしろって。
予鈴が鳴り、廊下のざわめきがいったん落ち着く。さあ、いよいよだ。運命の瞬間はもうすぐそこに……。
「だってハートマークだぜ? これは絶対チャンスに決まってるっしょ」
「だから知らねえって」
「なあ、お前ならどうするんだよ」
「さっさと自分の席に戻れよ。もうすぐホームルームが……」
ピンク色の風が、開けたままの窓からふわりと流れてきた。
孝助は気配を感じて、廊下のほうにさっと向き直った。視線が引き寄せられたといったほうが正しいかもしれない。
今日も、膝丈だった。けれど、まったく同じ長さではない。昨日まではかくれていた膝小僧の下半分がほんの少しだけ見えているような気がする。
やっぱり、確実にみじかくなっている。
となりのクラスのニキビ面男子から無言で観察されているとも知らずに、日比野さんはいつものふわふわした足取りで廊下を通り過ぎ、B組のほうに入っていった。
「ははあ、なるほどね」
と、蓬田はホラー映画の殺人鬼にも見える不気味な笑い方をして、
「沖本にもとうとう、春がきたってわけか」
「そういうことじゃねえよ」
「いいってことよ。ニキビは青春の勲章ですなあ」
(悪代官か!)とツッコミを入れたくなるような高笑いを残して、蓬田は上機嫌に離れていった。
……これはマズイ展開だ。明日の今頃、いやヘタをすると昼休みまでにはA組の男子全員に(沖本がB組の日比野さんにほれている!)というデマが広まるだろう。それだけならまだいいが、その話が何かの間違いで日比野さん本人に伝わってしまったら、これまた厄介だ。
まあその時は、蓬田を思いきり締めあげればいいだけの話だが。
その異変に最初に気づいたのは、ちょうど1週間前だった。
夏からの県大会に出場するバレーボール部の壮行会とかで、朝から全校集会がひらかれた。ふつうなら100%パスするところだが、担任がバレー部顧問とあっては参加しないわけにはいかない。それに、ナマ脚むきだしの女子のユニフォームを目に焼きつけておきたいという気持ちもあるにはあった。
「バレー部の諸君にはプレッシャーに負けず、ぜひとも輝かしい成績を……」
たいして気持ちのこもっていない校長のエールなんて誰も聞きたくはない。正々堂々と包み隠さずあくびをしながらそれとなくまわりを観察していると、ちょっとした違和感が沖本の意識に引っかかった。
その違和感は、よほど注意していなければあっけなく見過ごしてしまうほどちいさなものだったのかもしれない。だが、孝助にははっきりと、かたちのあるものとしてその違和感をとらえることができた。
昔から、注意力には自信があった。幼稚園の先生がほんの少し化粧を濃くしただけで(あっ、厚化粧!)とからかっていたし、中学の校長がカツラにしたタイミングも正確に見抜いていた。今でも、テレビで注意力を試されるタイプのクイズが流れるとつい気合が入ってしまう。全校集会というざわざわした空間のなかでピンポイントの違和感に気づくことができたのも、その能力のおかげなのかもしれない。
(日比野さんのスカートがみじかくなってる!)
直感的に、孝助はそう思った。そして、あくびひとつせずに校長の話をまじめに聞いている日比野さんにピントを合わせてみると、その直感は確信に変わった。
孝助のなかで日比野さんは、絶対的な優等生タイプだった。色白のほっそりした顔だちに、ストレートの黒髪。どんなことがあってもまわりの色に染まることのない、純白のお嬢様。
そのイメージの源泉は清楚なたたずまいはもちろんのこと、一番はやはりスカートの長さだった。
(優等生=長いスカート)
これは、基本中の基本である。日比野さんももちろんこの法則をふまえて(かどうかはわからないが)、学校の基準通りのスカートをはいていた。スカートの長さをいじるのはヒマ人のすることよ、とでも言うように。
既製服そのままのスカートの丈では、膝小僧よりさらにその下の、すねの半分近くまでがかくれるようになっている。
なのに、日比野さんのスカートからは、すねのかなり上のほう、膝小僧にかなり近い部分まで見えていた。つまり日比野さんは確実に、スカートをみじかくしている。
その次の朝、教室に入る前の日比野さんをそれとなく観察してみた(一歩間違えればストーカーだ)。
スカートはさらに、けれどほんの少しだけみじかくなっていた。
後ろ姿を見ればよくわかる。風に乗ってわずかにめくれあがるスカートのすき間から、膝の関節の折れ目部分がのぞいていた。全校集会では、そんなところまでは見えていない。
どうして?
純粋かつシンプルな疑問がまず浮かんだ。何色にも染まらないような優等生タイプで、男子たちの下ネタをまるで遠い国の言語であるかのように聞き流す日比野さんが、なぜわざわざスカートをみじかくするのか。しかも本当に少しずつ、こっちの注意力を試すようなやり方で。
素朴な疑問は、やがて期待へと変わった。日比野さんのスカートは、どこまでみじかくなるのだろう。膝上? 膝丈? 太もも? それ以上? 想像するだけで、思春期特有の男くさい感情が込み上げてくる。スカートの長さをいじる女子はいくらでもいるのだから(むしろそっちが常識だ)、ミニスカートそのものには見慣れている。しかし、日比野さんのスカートは、それとは意味がちがう。優等生の校則違反は、やはり特別なのだ。
それから毎日、孝助は日比野さんの観察をつづけた。あとで誰かに見られると面倒なので(おもに蓬田)、さすがに記録はつけなかったが、日比野さんのスカートが前日とくらべてどのくらいみじかくなったのか、頭のなかのメモ帳に書きつけていった。
観察によるかぎり、長さの変化は1センチ単位だ。いや、ミリ単位かもしれない。だから、よほどの注意力がなければ、すぐにはそのちがいに気づかない。けれど、ある時点からさかのぼってみると、日比野さんがどう変わったのかははっきりとわかる。いつの間にか画面の一部が変わっている、クイズ問題の動画のように。
スカートの長さ以外は、どこも変わらない。相変わらず校則通りの黒髪だし、ピアスの類もつけていない。毎朝きちんとHRの予鈴前には教室に入るのだから、遅刻なんかするわけがない。何ひとつ変化がないなかで、ただスカートの長さだけが静かにみじかくなっていく。ちょっとしたミステリーだ。
日比野さんは、必ず体育を休んだ。1年の頃からそうだった。体育だけは2クラス合同でおこなうので、A組の様子もそれとなく目に入る。もともと運動が苦手なんだとしか、1年の頃は考えていなかった。きらいな授業なら休んじゃえば楽なのに、と。
けれど、日比野さんは休まなかった。クラスの輪からぽつんと離れて、いつもの困ったような笑顔でだらだらと教師の指示にしたがう孝助たちをながめていた。その時も日比野さんはジャージではなく、制服姿だった。
放課後。孝助は担任の古関から職員室に呼ばれた。
「これ、まだ出してないよな」
古関はテーブルのうえの(進路希望調査用紙)を指先でたたきながら、
「締め切りは昨日までだって、ホームルームで伝えたよな」
「あっ、すいません」
「すいませんじゃなくて、すみませんだ」
完全に忘れていた。調査用紙がどこにあるのかさえ、はっきりとは覚えていない。おそらく、カバンの奥にでもしまったきりそのままなのだろう。
「いい加減にもう本気になれよ。あと2年もないんだぞ」
「もちろんわかってます」
(怒られ用の顔)をつくりながらも、心のなかはまだ余裕だった。どうせ蓬田も、まだ提出していないだろうから。
それに今は、進路を気にしている余裕などない。1年先の大学受験なんて、はっきり言ってどうでもいい。
日比野さんのスカート。
孝助の頭のなかは、そのことでいっぱいだった。
日比野さんのスカートは、それからも日々みじかくなっていった。観察するたびに、白くて華奢な脚の露出部分が増している。長さの変化は1日あたり1センチ未満(場合によってはそれ以下)だろうから、意識して几帳面に記録をつけないかぎりは、日比野さんの変貌に気づくことはできない。孝助もほんの1週間前までは、鈍感なその他大勢のうちのひとりだった。
誰もが認める美人をこっそり観察できるのは楽しかったけれど、やっぱり男としてはじれったくもあった。1日1センチなんて変なもったいをつけずに、一気に膝上ぐらいまで上げちゃえばいいのに。いや、思いきって太ももぐらいまで……。
気づかれているのかもしれない。そんな予感がふとよぎる。見られていることをわかったうえで、あえてじらすようにスカートをみじかくしているのかも。だとしたら、これまでの日比野さんのイメージがガラリと変わってしまう。自分のとりこになる男子をひそかに誘惑する、打算的な小悪魔。まあ、それはそれで悪くない。
もうひとつの可能性……日比野さんは本当に、何もかも知らないのだとしたら。となりのクラスの男子に観察されていることにも、自分のはいているスカートが日に日にみじかくなっていることにも気づいていないのだとしたら?
ふつうに考えれば、そんなことはありえない。けれども、日比野さんの謎めいた雰囲気を考えると、なぜだか妙なリアリティを感じてしまう。何もかも知らないからこそ、日比野さんはおっとりと、この世のあらゆる汚れとは無縁なような顔をして暮らしていけるのかもしれない。魔法の力で毎日勝手に何センチかずつみじかくなるスカート。そして最後は……ああ、想像するだけでバカバカしい。
日比野さんの変化に気づいてから、孝助のなかで何かが変わった。まず何よりも、学校に行くモチベーションが格段にあがった。授業なんかどうでもいい。学校に行けば、日比野さんのスカートが見れる。今日は、どれだけみじかくなっているだろう。明日は、どこまでみじかくなっているだろう。想像をふくらませるだけで、気分が勝手に盛り上がっていくのだった。
次に、土日がうらめしくなった。理由は単純。日比野さんに会えないから。もっと正確に言えば、日比野さんのスカートを観察できないからだ。記録がとぎれてしまうのはくやしいが、まさか家まで押しかけるわけにはいかない。休日をはさんだ月曜日は、その分だけきっちりスカートがみじかくなっていた。
「いい加減、踏み込んじゃえよ」
昼休み。何の脈絡もなく、蓬田が言う。
「何のことだよ」
「とぼけてもムダだぜ」
蓬田は例によってケケケと笑って、
「日比野さんのこと、ずっと見てるじゃねえか」
「そんなんじゃねえよ」
と言いつつ、孝助は内心、(まあ、そうだよな)と思っていた。ひとりの女子のことを遠くからじっと見つめる……客観的に見れば、(片想い男子)的行動以外の何ものでもない。強く否定すればするほど泥沼にはまるパターンだ。
「どうしてもお困りなら、いつでも協力するぜ」
「冗談言ってろ」
孝助は鼻で笑った。万一本当の片想いだったとしても、それだけはお断りだ。
観察日記9日目。孝助はカゼをひいた。梅雨入り前の中途半端な季節にカゼをひくなんて、どういうわけか損した気分になる。
当然、学校も休んだ。のどの痛みだけなら動けないこともなかったが、熱が38度以上も出たのでは家でおとなしくしているしかない。頭蓋骨のなかで悪ガキがハンマーをふりまわしているような、ズキズキとした痛みが数秒間隔でおそってくる。
今日が木曜日なのは、せめてもの救いだった。朝からアンドウのクソ退屈な授業を受けずにすむ。まああいつのことだから、来週になって、(どうせあれは仮病だろ?)などとイヤミのひとつも言ってくるのだろうが。
「進路希望調査、締め切りすぎてるんでしょ。机の引き出しの奥でクシャクシャになってたわよ」
息子が高熱で死にそうだというのに、母親はよりによっていま一番耳に入れたくない話題を平然とふってくる。
「その話はカンベンしてくれよ。カゼで死にそうなんだから」
「カゼで死ぬヤツなんか聞いたことないよ。せっかく時間があるんだから、将来についてじっくり考えるんだね。面談も近いんだし」
「知るかよ!」
高熱の息子をちっとも心配しないとは、最低の母親だ。それどころか、(進路)というNGワードまで持ちだしてこっちをさらに追い詰めてくる。まさに鬼ババだ。
ふだんは学校にいる時間なのだから、昼メシぐらいは自分でつくれという。カゼで寝込んでいるのに(しかも高熱のピーク)、料理なんかつくれるか。そもそも、食欲がまったくない。最低限の水分だけを補給し、食事は部屋にストックしてあるスナック菓子でテキトーにしのいだ。
高熱と全身のだるさは、金曜の夕方までつづいた。のどの痛みがまず先にやわらぎ、そのあとは少しずつ本調子が戻ってきた。
だが、本当のつらさはもっと別のところにあった。
日比野さんに会えない。
いや、日比野さんのスカートが見られない。
今の孝助にとって、そのことが何よりもつらく、もどかしいことだった。
しかも、明日からは週末だ。必然的に、次に日比野さんに会えるのは月曜日ということになる。それまでの4日間で、日比野さんのスカートがどのくらいみじかくなっているだろう。日比野さんは、どれだけ変わっているんだろう。
夜、ベッドのなか。高熱の余韻でまだぼんやりしている頭で、いろいろと想像してみる。進路なんか、将来なんかどうでもいい。
そんなことより日比野さん。
何よりもまず日比野さん。
何にかえても日比野さん。
どうころんでも日比野さん。
結局やっぱり日比野さん。
日比野さんのスカート。
日比野さんの生足。
日比野さん。
日比野さん。
日比野さーん!
次の日、孝助は学校に行った。
「休みの日まで学校に行くの? 部活でもないだろうに」
「特別授業があるんだよ」
もちろん、ウソだ。仮にそんなものがあったとしても、素直に参加するほど優等生ではない。
日比野さんに会えるという確証は、まったくなかった。土曜日は授業がない。授業がなければ学校にくる意味がない。ゆえに、日比野さんは学校にいない……どう考えてみても、日比野さんに会えない確率のほうがはるかに高かった。
ただ、ひとつだけ希望があった。部活だ。授業はなくても部活の練習があれば、日比野さんは学校にくるはずだ。とくに吹奏楽部は、うちの高校のなかでもトップクラスで練習がきびしいと評判である。まして県大会の時期なら、土日に関係なく強化スケジュールを組むはずだ。まじめで優等生の日比野さんがそんな大事な練習を休むわけがない。
日比野さんは今日、学校にいる。ふだんの勉強では決して活かされることのない論理的思考をフルに発揮して、孝助は確信に近いこたえを導きだした。
休みの日に制服を着て学校にくるのは、思っていた以上に恥ずかしかった。私服でもいいような気もしたが、万一生徒指導部にでも見られたらややこしいことになる。それに、日比野さんと面とむかってしゃべることになれば(その可能性は絶望的に低いだろうけれど)、制服のほうが都合がいい。
校門から様子をうかがうかぎり、吹奏楽部が練習をしている気配はない。もし練習しているのならどこかから楽器の音が聞こえてくるはずだが、休日の校舎は不安になるほどしんとしていて、カラスの鳴き声ひとつ聞こえない。
とりあえず音楽室や音楽準備室、A組の教室など、心あたりのある場所はひと通りまわってみたが、他の部活の連中が何人かひまつぶしにたむろしているだけで、日比野さんどころか、吹奏楽部員らしき人影さえ見えない。校舎の窓から中庭や校庭をのぞいてみたが、運動部がのんきにちんたら練習をしているだけだった。
日比野さんは、今日はいない。もう、それでいいじゃないか。
あんまり妙にうろついていると、担任や副担任から声をかけられてしまう……もうひとりの自分の警告とは裏腹に、孝助の足はある場所をめざしていた。最後の望み、吹奏楽部の部室。
文化部の部室は4階にかためられているが、吹奏楽部だけは楽器運搬の都合で北側校舎の1階、運動部と同じならびに配置されている。新入生の頃、サッカー部と間違えてこの部室に入り、ティンパニーをみがいていた3年女子(おそらくは部長)にすごい形相でにらまれたことがある。その時の先輩の鬼のような眼力とともに、部室の位置関係がしっかりとインプットされたのだった。
廊下のつきあたりが、吹奏楽部の部室だった。天井の蛍光灯がなぜかそこだけ消えかかっていて、妙に薄暗い。
案の定、人のいる気配はなかった。ドアの向こう側にカーテンが張られているので中の様子は見えないが、楽器の音やしゃべり声が聞こえてこないということは、やはり誰もいいないのだろう。ドアにもきっとカギがかかって……。
……開いた?
孝助がほんの少し指先に力をかけただけで、引き戸はその分だけ左にスライドした。
部員がいないのに部室が開けられるのはありえない。ということは今日、吹奏楽部は活動しているのだ。まあ、日比野さんに会えるかどうかはべつとして。
横に押しやるようにして、カーテンを開ける。無数のホコリが舞い上がり、孝助はくしゃみをした。
たくさんの楽器が種類別にきちんと整理されていることに、すぐに気づいた。打楽器は打楽器、弦楽器は弦楽器、管楽器なら管楽器。それぞれの楽器はみんな、はじめからあるべき場所が決められているかのように、それぞれの居場所におさまっている。部長がおそろしく几帳面なのかもしれない。それとも、日比野さんが人知れず整頓していたりして。毎日の部活終わりにこっそり、誰に何を言われるでもなく……。ほら、まただ。少し油断すると、よからぬ妄想が暴走してしまう。
(日々、精進あるのみ!)
窓からの光を反射する黒板に、赤いチョークで堂々と書かれていた。吹奏楽部のイメージにはあまり似つかわしくない、体育会系のスローガンだ。一瞬、例の鬼部長のすさまじい形相がフラッシュバックする。
「沖本君……」
ドアを閉めわすれていたのを思い出したのと、背中のほうに気配を感じたのがほぼ同時だった。
ホラー映画の主人公の心情を想像しつつ、孝助は覚悟を決めて振り返る。
ヤバい。怒られる。
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