第10話 女神との出会い
美しい人だった。
自分も、容姿には秀でたほうだと幼いころから言われていたし、自分でもその自覚はあった。両親が両親なのだから当たり前だと思っていたし、それよりなにより、僕は自分の魅せ方を学んでいたし、知っていた。
年を取り、鬱陶しいほどに両親の気配を残す容姿と声になってしまえば、昔のように表に出されることはなくなり、むしろこうしてこの現代の世にあるとは思えないほど閉鎖的な学校に押し込められている。
ここには、僕と同じように訳アリが少なくはない。と、いうかほどんどが訳アリだ。
ここは幼稚舎から大学まで併設されている、金さえあれば、口をふさぐにはとても便利な場所なのだ。
ほとんど子供はここに諦めながら、金にだけは不自由をしない生活を送る。欲しいものは多少の無茶なら通る。どうせ、ここでは金などただの紙切れ以下だ。
ここでのご禁制はただ一つ、”発信者になるな”ただ、それだけだ。
ただ、諦めずになのか、諦めた結果なのか、暴力に走るものもいないわけではない。ここには警察すらも踏み込まない。なんの目的があるわけでもない。ただ、力をふるうために力に走るのだ。
「ごちゃごちゃうるせーよ、てめーら。」
目の前の暴力を冷めた目で眺めることにも飽きてきたころ、そこを裂くのはアルトの美しい声と、圧倒的な暴力だ。それなのに、目の前を過ぎ去る風は美しかった。
他の誰とも同じ暴力なのに、他の誰とも違った。
女のわりには高い身長に、低い声。
僕は彼女を知っていた。否、彼女のあまりに美しい姿は、誰もの目を一度は奪っていた。
極道の家系の末の妾腹で、誰よりも疎まれるべき立場でありながら、誰よりも後継者にふさわしい娘がここにおくられているという話は聞いていた。でも、この人は。
「あなたは…。」
僕の声に初めて気づいたように、その人は振り返った。
「澪…今井澪。」
返り血すらも浴びない人だった。淡々と僕に名を名乗り、僕の名を呼ぶ。
「お前は、寺内理久斗か。」
「僕のことを知ってるんですか。澪先輩。」
「昔のお前ならな。なるほど、お前がここにいる意味も理解した。」
呼び名をとがめられることはなかった。同時に、この人は行動にあわず、とても人懐っこい人で、優しいこともわかった。多分、行動と出自のせいで敬遠されているのだろう。
「お前は、逃げないのか?」
逃げなかったわけではない。この人のあまりの美しさに、僕を縛り付ける過去が反応しただけだ。
「聞きたくなったんです。あなたのことを。」
「お前は気づいたのか?聡いな。」
「隠す気もないのでは?」
この人はうわさでは少女のはずだった。だが、僕の前に立つ人は、僕が昔いた世界で見慣れた人と同じ匂いがする。
「あなたは…男ですよね?」
「正解だ。だが、トップシークレットだ。内密で頼むよ。私が生きるためにもいろいろあるんだ。」
秘密の巣窟であるこの学園でさらに秘密を抱えるこの人は何者なのだろうか。何を考えているのだろうか。
「いいですよ。でも、僕をあなたのそばにおいてくださいね。」
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