第2話 蒼の話。

―シュッ、スパッ。

僕から空気を裂く音が放たれる。

「蒼の勝ち~。」

どこか間延びしたような、格式ばったようなそんな判定の声が聞こえる。

こんなものはお遊びだ。

でも、兄は命がけだった。


いつからだろう。兄が一番に焦がれるようになったのは。いつからだろう。あきらめを漂わせて、勝負を挑まなくなったのは。

灯はいつもそうだ。総合では勝つくせに、たった一点、そこで圧倒的に負ける。そしてその負け点こそが、灯にとって譲れないものなのだ。

灯は努力を怠ったことはなかった。それでも、才能というものは残酷なもので、灯が一番焦がれた分野の才能を、親友でライバルのカナちゃんに与えた。

灯は総合じゃなくて、そのたった一点で、カナちゃんに勝ちたかったのに。

灯は大学に入って、あれだけ執着していた世界から手を引いた。理由を聞いても。

「俺には才能もないしな。あれ以上はできねえよ。」

そういって笑うばかりだった。

ただただ、時間を受け流して生きることを始めた灯に、コータ先輩が再び、熱を灯した。

灯が唯一カナちゃんに最初から一度も勝負を挑まなかった絵の世界で。

灯の趣味だった。落書きのように見えて、実際本気で。でもその道で生きていく気なんてさらさらなくて。

好きだからこそ、それ以上求める気のなかったものだった。

求めたら傷つく。それが灯の人生だったから。

弟の俺が見ていたってわかってた。

灯は何をやらせたって平均以上の点を取る。だから誰だって兄を称賛するし、兄もそれに恥じない努力とそれに応じた結果を残してきた。でも、幼いころから、灯が焦がれて焦がれて。手に入れようともがいたものは、すべて悪気なく、カナちゃんがかっさらっていく。

そんな人生の中、灯は諦めることを覚えた。

一生懸命やっても、勝てない。

それを痛いほど思い知ってしまったのだ。

だから、いつだって二番手に甘んじて。カナちゃんのフォローに徹していた。

カナちゃんは天才だけれども、何もできない人だから。

すべてを諦めた灯には、不思議にアンニュイな魅力が備わった。カナちゃんが輝きで強きものを従えるなら、灯兄は、その影で弱きものを守っていた。

そしてそれは皮肉なことに、二人のチームワークとして強固なものになっていた。


あの二人の関係は残酷だ。

僕には兄ばかりが傷ついているように見える。

それなのに、灯はカナちゃんに焦がれ続けている。カナちゃんはカナちゃんで灯のことを惜しみなく称賛する。

二人の残酷な関係は終わる日が来るのだろうか。

終わってほしい気もするし、続いていてほしいとも思う。

藍子。君だけは、いつまでも灯兄を選び続けていてほしいと思う。

俺のことをもし、君が見たら、俺は狂おしいほどの喜びと、悲しみに襲われるだろうから。

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