第5話 声に出して詠みなさいよ!

「ガトー君、今日、昼飯一緒に食わないか」


 四時間目の授業が終わるとすぐにボクは雅島に声を掛けた。

 意外そうにボクを見上げながら「ああ、いいぜ」と素っ気ない返事。

 それだけ聞けば十分だ。磯島は約束を破るような男ではない。

 ボクは弁当袋と水筒を持って一人で体育館の裏の芝生へ行く。


 磯島の昼食はほとんどが購買のパンだ。

 先に弁当を食べていると、パンと牛乳を持って磯島がやって来た。

 ボクの隣に腰を下ろす。何も言わない。

 誘ったのはボクなのだから、こちらが口を開くのを待っているのだろう。


「これ、読んでくれないか」


 弁当袋から取り出した短冊を磯島に手渡す。胡散臭そうな顔で受け取る雅島。

 が、次の瞬間、雅島の手からパンがこぼれ落ちた。


「こ、これ……おまえ、これは……」


 よほど驚いたのだろう。言葉になっていない。

 ボクは弁当袋から「暴走」の文庫本を取り出した。

 雅島の顔に表れていた驚きが驚愕に変わる。


「二次創作って言うんだってな。昨晩ネットで調べて初めて知ったんだ。この本は古本屋で百円、まあ、正確には税込みで百八円なんだが、そんな安値で手に入れたものだ。面白かったよ、普通に。それでボクも俳句を使った二次創作に挑戦してみたってわけ。ガトー君の言っていたハルヒで俳句を究めるって、つまりこういう事だったんだろう」


 雅島が握り締めるボクの短冊がブルブル震えている。

 七夕の使い残し短冊に筆ペンで綴った自信作。少しは気に入ってくれたのだろうか。

 雅島は震える声でボクに言った。


「すまん、声に出して詠んでくれないか」

「えっ、どうして。ガトー君、もう読んだんだろう。だったらボクがわざわざ詠む必要はないんじゃないのか」

「頼む、一生のお願いだ。おまえの声でこの句を味わいたいんだ」


 一生のお願いと言われては仕方がない。ボクは照れながら自作を詠んだ。



 ――夏風にエイト倒されエンドレス



「嬉しい!」


 いきなり雅島がボクに抱き付いて来た。思わぬ事態に度肝を抜かれる。


「ば、馬鹿、ガトー、いきなり何をするんだ。ボクにはその手の趣味はないんだ。うわっ、頬に頬をくっ付けるな、気持ち悪い、離れろ、その手を離せ。胸に押し付けるな、その饅頭みたいな二つの……えっ?」


 変だ。胸に何かが二つ当たっている。雅島の体が妙に柔らかい。

 髪が長い、学生服を着ていない。

 ええっ? ええっ?


「お、おまえは誰だ!」


 体を引き離して立ち上がると目の前には白いドレスを着た少女が座っていた。

 どことなく雅島の面影がある。

 ボクは叫ぶ。


「ガトー君はどこへ行ったんだ! 一体何が起こったんだ!」

「隠していてごめんなさい。雅島はこの世界の仮の姿。私の本当の名はカワイイ=ソウラ。通称ソウラ姫。こことは違う別の世界、春日ハルヒ帝国の姫です」

「はあ?」


 なんという急展開だ。

 現代ドラマだと思っていたのにファンタジーになっちまったよ。

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