第6話 ハルヒの国から来た娘
「すみませんが、よく理解できるように詳しく説明していただけませんか、ソウラ姫」
相手は姫なので、一応丁寧な言葉でお願いする。
ソウラ姫は大きく頷くと話し出した。
「私たちの世界は魔力によって全てが支配されているのです。人々も動物も植物も、満ち溢れる魔力によって生かされているのです。その魔力を生み出すのは魔法使いによって綴られる物語。物語が面白ければ面白いほど世界には魔力が溢れ、全ての生物は活気に満ちるのです」
本当にファンタジー、しかも異世界ものか。結構安直な展開だな。
「私たちの国、
この世界にもいたなあ、似たような作家が。
「帝国に満ち溢れていた魔力は次第に消滅し始めました。それに連れて、人々の生気は減衰し、作物は実りを忘れ、獣は走ることをやめ、鳥は地に落ち、魚は水に溺れ、春日帝国は崩壊寸前に陥ってしまったのです。残された魔法使いたちが必死に物語を綴り、なんとか現状を維持していますが、それも時間の問題。このままでは私たちの春日帝国は滅亡してしまうでしょう」
「はあ、そうなんですか。で、帝国の滅亡と、ソウラ姫がこの世界にいらっしゃった事と、どのような関係があるのですか」
「大魔法使いにして第七代目春日局であるタッニ=ガーワが、この世界に逃げ込んでいる事が判明したのです。彼は名を谷川と偽り「ハルヒシリーズ」なるものを書き散らかしていました。直ちに帝国からこの世界に追手が派遣されました。しかし後一歩のところで逃がしてしまったのです。無理もありません。相手は帝国一の大魔法使い。並みの力の魔法使いが束になって襲い掛かっても歯が立たないのは当たり前のことです」
「ふむふむ。それはさぞかしお困りでしょうねえ」
もう、何と言っていいのか分からないので、適当に相槌を打つボクである。
「私たちはタッニ=ガーワの身柄の確保を諦めました。その代わり、物語を綴る魔法使いを大量に採用することでこの危機を乗り越えようと考えたのです。一つの物語の力が小さくても、それが沢山集まれば大魔法使いの綴る物語に匹敵する魔力が生じるはずです。とはいえ、私たちの世界の魔法使いには数に限りがあります。更に増やすには別の世界の人間を連れて来るしかありません。そこで白羽の矢が立ったのがこの世界です。驚いた事にこの世界のこの国は、私たちとほとんど同じ言語構造、ほとんど同じ単語を使っていたからです」
なんだか物凄く後付けの理由のような気がするが、そこはツッコまないでおこう。
「さらにここにはタッニ=ガーワが書き散らかした「ハルヒシリーズ」なる物語が存在します。魔力が込められたこの物語を、二次創作として新しい物語へと変換できれば、魔力を放つ新たな物語が生成されるのです」
「えっと、すると、つまり、あれだけ熱心にハルヒを勧めていたのは、ボクがその物語を作れる器であるかどうかを確かめるためだった、と」
「はい!」
嬉しそうに微笑むソウラ姫。これがいわゆる守りたい笑顔ってやつか。
「それなら何もあんなむさくるしい男子高校生なんかに姿を変えず、そのままの姿で探した方が良かったんじゃないの」
「いいえ、姿を変えたのには理由があるのです。文字の形のままでは魔力が放たれないからです。作者自らが声に出したその時、物語に込められた魔力が放たれるのです。私がわざわざ姿を変えていたのは、本当に魔力が放たれるかどうかを確かめるため。魔力が放たれれば私は元の姿に戻るからです」
「えっ、じゃあボクは合格ってこと?」
「はい。私を元の姿に戻した瞬間、あなたは見事に試練を潜り抜けたのです。さあ、私と一緒に春日帝国に参りましょう」
ソウラ姫は弁当袋の上に置いてあった「暴走」の文庫本を手に取ると、何やら呪文を唱え始めた。
「わわっ!」
突然、文庫本は大きく広がって立ち上がり、ひとつの扉へと変貌した。
「作者が己の富を削り、情熱を傾け、真剣になって読んだ本でなくては帝国への扉を生成させることができないのです。無理にお金を使わせようとしてごめんなさい」
DVDは貸してくれたのに文庫本を貸してくれなかったのは、そんな理由があったのか。いや、しかし、この扉をくぐっても大丈夫なのか。
「心配は無用です。この文庫本は時の流れを極端に遅らせる力を持っているのです。あちらで一年過ごしてこちらに帰って来ても、まだ五時間目の授業は始まっていないはずです」
「そうなんですか。でも、ボクが直接行かなくても、その短冊だけ持って行って誰かに詠んでもらえば……」
「先ほども言いましたように作者自らが詠まなければ魔力は放たれないのです。さあ、参りましょう」
ソウラ姫はボクの腕を掴むと扉を開けた。
目の前には中世を舞台にした洋画のような景色と、時代劇でお馴染みの邦画の景色が広がっている。これが春日帝国なのか。
「ちょ、ちょっと待って。せめて弁当を食べてから」
「ぐずぐずしていると扉が閉じてしまいます。さあ、早く」
「うわー!」
ソウラ姫とボクは扉の向こうへ飛び込んだ。
見ると、ソウラ姫は片方の手に自分のパンと牛乳をしっかり持っている。
意外と食いしん坊なのかもしれないな、このお姫様……
こうしてボクの春日帝国吟行の旅は、今、幕を開けた。
ソウラ姫を供として帝国の細道を歩きながら、
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