第3話 本を買いなさいよ!
「喜んでもらえてなによりだ」
結局DVDを雅島に返却したのは一週間後だった。
真面目に観賞していたわけではない。
途中、同じ話が八回も続くのでそこで飽きてしまい、以降はイヤホンで音だけ聞きながら、画面は別の作業をするという観賞の仕方をしてしまった。
それでもセリフが多いので、内容はそれなりに理解できていた。
「どうだ、ハルヒの世界を堪能した気分は」
芝生に腰を下ろしてパンを齧る雅島。今では一緒に昼食を取る仲になっている。 ハルヒの話をするのはこの時、この場所でだけだ。
雅島は周囲を気にせず平然とハルヒの名を口にするが、ボクはさすがに照れがあるので、ハルヒと俳句を語るのは昼食時だけにしてくれと言ってある。
自分の好きな事柄を堂々と表明できる点に関しては雅島は偉いな、と素直に思える。
「あ、ああ、ハルヒ、楽しめたよ」
おざなりの感想である。
確かにつまらなくはなかった、しかし、二度観たいと思えるほど面白くもなかった。結局、このような無難な感想になってしまう。
「よし、それじゃあ第二段階だ。小説を読め」
小説か。これはDVDと違って、ながら作業ができないから厄介だな。
まあアニメで大筋は分かっているから斜め読みでもなんとかなるだろう。
「今日の放課後、本屋に買いに行こうぜ。一緒に付いて行ってやる」
意外な言葉だった。
DVDと同じく本も貸してくれるとばかり思っていたからだ。
「えっ、貸してくれるんじゃないのか」
「本だぜ。文庫本だぜ。安いもんじゃないか。買えよそれくらい」
安いと言っても一冊五百円はするだろう。
全巻揃えたらとんでもない額になりそうだ。
「しかし、いきなり今日買えって言われてもなあ」
「今日の放課後は都合が悪いなら、休日に付き合ってやってもいいぜ。早く読んで早く十七文字を究めようぜ」
「う~ん、でも、わざわざ買わなくてもなあ、図書館にあるかもしれないし……」
「買って自分の物にするから身につくんだよ。何だってそうだろう」
「納得できない事にお金を使うってのはなあ」
「何だよ、小遣いピンチなのか。じゃあ、取り敢えず一冊だけでも買っとけよ。そうだな、アニメにされなかった話が載っている『暴走』はどうだ。雪山症候群はいいぞ~」
雅島はどうあってもボクに金を使わせたいようだ。
こいつ、もしかしたカドカワの営業から金を貰っているんじゃないだろうな。
「う~ん、でも……」
「一冊なら五百円くらいじゃないか。ケチケチするなよ。染みっ垂れた奴だな」
買うのが当然と言わんばかりの雅島の態度にだんだん腹が立ってきた。
ボクの金をどう使おうとボクの自由だ。どうしてこんな奴に指図されなきゃいけないんだ。
そう思うと、怒りが怒りが呼んで激怒へと変容していき、遂に爆発してしまった。
「いい加減にしろよ、ガトー。五百円だって高校生にとっちゃ馬鹿にできない金額なんだよ。無理強いするのはやめてくれ。それにDVDを観た限りでは、あんな作品が俳句の上達に役立つとは全く思えない。もしかしたら俳句なんかどうでもいいんじゃないのか。おまえのハルヒ好きをボクに押し付けるための口実に過ぎないんじゃないのか。これまでボクはおまえのために結構な時間を費やした。おまえはボクの時間を奪ったんだ。このうえボクの金まで奪おうとするのか。真っ平御免だよ。もうボクの前でハルヒの話をするのはやめてくれ」
雅島の前でこれほど声を荒げるのは初めてだった。
驚いた顔でボクを見詰める雅島。
「ど、どうしたんだよ。いきなり。そうか、まだDVDを観足りないんだな。分かるぜ。俺だって一ヶ月見続けても飽きなかったんだから。いいぜ、別に今日返さなくても。気の済むまで観てくれよ、ホラ、持ってけ」
雅島はDVDの紙袋をボクに押し付ける。
違うよ、勘違いも甚だしい。そんな物、一回観れば十分なんだ。
雅島の度重なる無理解に、心だけでなく体までも荒ぶる。
「うるさい、そんなDVD要らないよ」
ボクは勢いよく右手で紙袋を叩き落とした。
「あっ!」
袋は破れ、中のパッケージが芝生の上に散らばった。
「……」
雅島の顔も体も強張っていた。握りしめた拳がブルブル震えている。
殴られるかもしれない、ボクは体を固くして歯を食いしばった。
が、雅島の取った行動は思ってもみないものだった。
頭を下げたのだ。
「……そうだな。おまえの気持ちも考えずに我儘ばかり言っちまったな。すまん、謝るよ。ハルヒの話はもう二度としない。だから今までの事は許してくれ」
雅島は黙って芝生に散らばったパッケージを集め始めた。
そうしてハルヒのDVDが入った紙袋を宝物のように胸に抱き、校舎に向かって歩いて行った。
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