第2話 DVDを観なさいよ!
「これだ。これを観ろ」
初めて声を掛けられてから一週間もしたある日、同じ場所で昼食を取っていたボクの前に雅島は紙袋を置いた。
「中を見てもいいのか」
無言で頷く雅島。袋の口から中を覗くとどうやらDVDのようだ。
手を突っ込んで中身を取り出す。出て来たのは十六個のパッケージ。
「涼宮ハルヒの憂鬱」と書かれている。ボクは目をパチクリさせながら尋ねた。
「ガトー君、これは何だい?」
「何って、見てのとおりだ。ハルヒのDVD全十五巻&エピソード00。ハルヒって題名の小説くらい知っているだろう」
知っている。本当に題名だけだけどな。
もう十年以上前に流行したラノベだ。読んだことはない。
と言うか、ラノベ自体一冊も読んだことはない。
好んで読むのは明治以降の一般小説だからな。
「DVDが何かを訊いているんじゃないよ。どうしてボクがこのDVDを観なきゃいけないのかを訊いているんだよ」
「いや、だからおまえの俳句の上達のためだよ。最初に会った時に約束したじゃないか。十七文字を究めるって」
「十七文字を究める事と、このいかにも軽薄で俳句とは全く縁のないDVDを観る事の間に、どういった関係があるって言うんだい」
雅島は口を開けてポカンとしている。
思いもよらない質問をされた、そう言いたそうな表情だ。
何を考えているんだ、こいつは。
「おいおい、何を言っているんだよ。関係大ありじゃないか。ハルヒだぜ。ラノベ文学の最高峰に位置するハルヒだぜ。その作品に触れ、その世界を堪能し、その真髄に触れる事ができれば、おまえの俳句は間違いなく上達するに決まっているじゃないか。今更、何を言わせるんだよ」
冗談で言っているのか、と最初は思った。
だが、雅島の目付き、雅島の口調、雅島の熱気は紛うことなく真剣そのもの。
こいつ、もしかしたら危険な男なのか。
「ガトー君、ちょっと訊いてもいいかな」
「ああ、何でも訊いてくれ」
「一番好きな小説は?」
「ハルヒ」
「一番好きなアニメは?」
「ハルヒ」
「休日は何をしている?」
「ハルヒと戯れている」
「平日の暇な時は何をしている?」
「ハルヒを嗜んでいる」
「これまでにハルヒに費やした金額は?」
「これまでに支給された小遣い総額の九割。ああ、そうだ。念のために言っておくがハルキじゃないぞ。ハルヒだからな。よくハルキストと間違えられるんだ」
ここに至ってようやく理解できた。雅島は常軌を逸したハルヒ大好き男なのだ。 これはまたトンデモナイ奴とお友達になってしまったものだ。
「さあ、このDVD、遠慮なく持って行ってくれ。ああ、返すのはいつでもいいぞ。俺はもう暗記するくらい観ているからな。まあ一度観始めたら止まらなくなって、恐らく明日の朝には観終わっているとは思うけどな。」
恐らく明日の朝にはマウスを握ったまま眠っているだろうと思いつつ、せっかくの申し出なのでありがたく受け取るボクである。
* * *
帰宅後、パソコンの光学ドライブで鑑賞した。明日は土曜日で学校は休み。少々の夜更かしなら大丈夫だ。
古いアニメの割には丁寧な作りでなかなかに楽しめる。
主人公の声を聞いていると最近観たアニメ「石膏ボーイズ」の「ジョルジョってる」が耳の奥に響いてきて仕方がない。
やがて六話辺りで意識がなくなってしまい、気が付いたらマウスを握ったまま朝を迎えていた。
予想通りだ。
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