シュレディンガーの箱庭 7

 頭が割れるように痛む。思わずうずくまり、両手で頭を押さえた。

「二度目、だって?」

 痛みの原因がこの会話内容であることを理解している。話が進めば、更に苦痛を生むことも。しかし、口は問わずにはいられない。

 僕が何を知っていて、何を知らないのか。

「どういうことだ。あなたたちは、一体何なんだ」

「ようやく」

 僕の問いを無視して、二宮が嚙みしめるようにして言った。

「ようやく、この時が来ましたな」

「ああ。本当に」

 五木が二宮の言葉に追従するようにして頷いた。

「答えろよ!」

 こちらを無視して悦に入っている連中を、思わず怒鳴ってしまった。

「失礼ですが、あなたが怒るのはお門違いというものですよ」

 武庫川が僕の耳に吐息を吹きかけた。痛みで気づかなかったが、後ろから支えるようにして僕の両肩に手をそえていた。

「お門違い、だと」

「ええ。恨むなら、ご自身を恨んでください」

「どういう、うグッ」

 痛みが増す。膝をつき、肘をつき、亀のように体を丸めて痛みに耐える。何かが、頭の奥からあふれ出して頭蓋を貫き、外に飛び出したがっている。汗が滝のように溢れ、頬や鼻を伝い、開けた口から零れるよだれと交ざり、床に粘性の水たまりを作っていく。

「痛みでそれどころではないと思いますが、社さん。どうか聞いてください」

 頭の上から、二宮の声が降り注ぐ。その空気振動すら苦痛だが、逃れられない。

「『シュレディンガーの箱庭』、これが鍵。我々の最後の希望です」

 頭蓋が砕け


 僕は目覚めた。

 布団も枕もなく、地べたにうつ伏せの状態で、奇妙な寝相してたんだと寝違え一歩手前の首をゴリゴリ動かしながら体を起こしたら、白い壁に囲まれた二十~三十畳位の広さの場所にいた。白いけど、目が痛くならない程度にくすんでいてよかったと安心する。

 視界の端で、もぞもぞと毛布が動く。驚きはない。もとよりそれは視界に入っていた。ううん、と悩まし気な声を上げながら起き上がった『市川』は、ついさっきまでの僕と同じように辺りを見渡して「どこ、ここ」ときちんとした関西風のイントネーションで呟いた。彼女だけじゃない。他数人が、同タイミングで覚醒していく。この情景を写真で切り取ったら『目覚め』というタイトルをつけたいと思うほどに同タイミングだった。

 あたりを見渡す。僕を含めて八人。

 目覚めた八人全員が立ち上がり、全員を見渡せるような位置取りをした。全員が部屋の中心を向くような形だ。中国の占いで使う遁甲盤みたいに。全員が白と鼠色の間位の色合いをした上下のジャージを着ている。かくいう僕も、自分の体を見れば同じ服装になっていた。全員が同じジャージだなんて、学生時代を思い出す。懐かしい。

「あの、ここはどこでしょうか?」

 僕の真正面にいる『米澤』が視線を右から左に移動させながら尋ねた。だが、誰にも分らない。

「とりあえずさ。外に出てみればいいんじゃない?」

 提案したのは市川だ。反対意見は出なかった。きょろきょろと周囲を見渡すと、すぐにドアが見つかった。一番近かった『二宮』が近寄り、ノブを回す。彼は怪訝な顔をしてそのまま何度もドアを押したり引いたりしていたが、開く気配はない。

「カギが掛かっています」

 彼がわかりきったことを口にしたのは、それがあまり信じたくない事象だからだ。カギがかかっているドアを開ける方法は二つ。カギを開けるか、力づくで破るかだ。じゃあカギを探そうか、と誰かが口を開く前に、突然頭上から声が降ってきた。

『ようこそおいでくださいました。能力者諸君』

 上を向けば、真ん中あたりに黒い点が複数固まって開けられているのがわかった。スピーカーになっているようだ。

『君たちは我々のゲームに選ばれた、栄えある参加者だ。ゲームとは、まさにこの部屋から出ること』

「ふざけんな、こっから出せ!」

 『五木』がスピーカーに向かって怒鳴る。しかし相手は意に介さず、説明を続けた。

『ルールは以下の通り

 ・君たちの中に、一人だけドアのロックを解除できるチップを手に埋め込まれた者がいる。

 ・ロックの解除方法は、チップによる認証である。ドアの前にあるくぼみに手を入れればいい。

 ・ただし、チップのない人間が認証を行うとドアから電流が走り、死ぬ。

 ・食料は一週間分用意した。一週間以内に脱出しなければ、全員が死ぬ。

 以上だ。健闘を祈る。せいぜい、我々を楽しませてほしい』

 スピーカーがぶつりと音を立てて、以降は反応しなくなった。

「何なのよ、これぇ。どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ」

 『実川』が泣き崩れた。

「私はただの人間なのに、能力者なんかじゃないのに。くそ、くそっ、能力者なんて、死ねばいいのよ」

 その彼女をいたわるようにして、『七尾』が寄り添おうと手を差し伸べた。だが。

「触らないで!」

 実川は彼の手を振り払った。

「弟に何するんですか!」

 手を押さえる七尾に、姉の『武庫川』が駆け寄った。

「あんたも能力者なんでしょう! どんな能力を持っているかわからないのに、私に触らないで!」

「その言い分はないんじゃないですか! 弟はあなたを心配して」

「余計なお世話よ! 頼んでもないのに近づかないで!」

「キンキンうっせえぞ。頭に響くんだよ!」

 五木が怒鳴り、米澤や市川、二宮が仲裁に入る。うん、そうか。そう言う事か。僕は一人、あの時とは違い仲裁に入らず、その光景を見ていた。

「今は協力して、ここから出る方法を考えましょう」

 米澤が皆を落ち着かせる。彼の言う通りだ。そして、ここからの脱出方法はすでにわかっている。拍子抜けするほど簡単な方法だが、僕がこの手段を取ったのは最後の最後だった。同じ方法は取れないが、別のアプローチ方法なら大丈夫だろう。

 だが脱出の前に一つ、僕には使命がある。視線で彼の姿を追う。姉に庇われながら、実川から距離を取る少年。

 誰が信じるだろうか。こんな弱々しい彼が、後の魔王だなどと。

 そして僕がここにいる理由は過去の過ちを正すため。多くの命を救うため。

 魔王を、ここで殺すのだ。

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