シュレディンガーの箱庭 5

「あんたが殺したんでしょう!」

 実川が食って掛かったのは二宮だった。唯一能力者だと白状した彼が実川に追及されるのは当然の成り行きだった。

「違います。私ではありません」

 静かに否定する二宮だが、米澤がいなくなっていることに動揺しているのか口調が固い。

「あんた、能力者なんでしょう。昨日自慢げに披露していたじゃない。その力で、米澤とかいう男を消してしまったんじゃないの!」

「昨日も説明しましたが、私の力はそのような強力なものではありません。ただ、人の記憶を同期させるだけです」

「そんなこと言って、本当は別の力も持っているんじゃないの?」

 さっさと白状しなさいと実川は二宮に詰め寄り、彼の胸倉を掴んで僕の前で揺さぶった。

「やめてください」

 二人の間に割って入り、引き離す。

「あなた、能力者の肩を持つの?」

 邪魔をされたことに腹を立てたのか、実川は僕に対してもすごい剣幕で詰め寄ってきた。こういう人種は結局のところ、自分の不安や怒りをぶつけられれば噛みつく相手は誰だってかまわないのだ。

「喧嘩してる場合じゃないでしょ。それに、あなたの言う通り能力者の能力によって米澤さんが消えてしまったのだとしたら、早く見つけなければならない」

「見つけるって、何をよ。能力者ならここに」

「タブレットの文章を忘れたんですか。能力者は、能力に気づいてない。自分が能力者だと認識している二宮さんではない」

「あんなもの、どこまで本当かわかったものではないわ」

「でも、今はそれをもとに考えた方が良いと思うんです」

「私たちをこんなところに閉じ込めた連中が書いたものよ? 信用できるわけないでしょう!」

「それでも」

 睨みつける実川の目を見返して訴える。

「閉じ込めた人間には何らかの意図があるはずだ。殺すつもりならこんな手の込んだことをしなくても良いはずなんだから」

 このまま何もしなければ、能力によって、もしくは別の何か力によって一人ずつ消されるかもしれない。このまま消されるよりは、相手の意図に沿って動いてみる。もちろん慎重にだ。

「まずは、能力者を特定しよう」

「それは、見つけたら殺す、ってことで良いのか?」

 五木が挑発的な目でこちらを見ている。いいや、と首を振る。

「能力を自覚していない、という事は、無意識に使用している、という事だと考えられる。つまり、それだけ強力な力を使用している。そんな彼を追い詰めるような真似をしたら、自覚した力がこちらに牙をむくかもしれない。それよりも、自覚してもらい、制御するようにして貰った方が安全じゃないかな」

「一理あるな。だが、自覚した瞬間、襲ってこないとも限らんぜ。そこのおばちゃんみたいに能力者を見るや突っかかってくる連中がいる。襲われる前に殺しておこう、的な」

「そうなったら、こちらも自衛手段を取るしかない。もちろん、そんなことがないのを望むけどね」

「とはいえ、だ。どうやって能力者を探すつもりだ? それとも順番にあの指紋認証をするか?」


 ロック解除が可能な人間は、特殊な人種である


 タブレットに書かれていた文言を思い出す。特殊な人種とは、能力者だと考えられる。であるなら、開けることができた人間が能力者だ。そして自覚がないというなら、能力者だが自覚のある二宮は除外できる。残り七名の内の誰か、ということになる。僕は能力など持っていないが、自覚がないだけかもしれないから該当から外すことはできない。

「米澤さんも言っていたように、それは最終手段にしよう。まずは、昨日の行動から思い出していかないか」

「昨日の行動?」

「そう。タブレットには、能力の発動には特定の条件が必要だと書いてあったよね」

 先日の二宮の能力は、相手に触れたり、その相手がいた場所に別の誰かが近づくことで

 記憶の同期という能力が発動した。

「米澤は、特定の条件ってのを満たしたから消えたってことか?」

 五木の言葉に頷く。

「昨日、僕たちがしてなくて、米澤さんが行った行動を思い出せば、何か突破口になるんじゃないかと」

「行動ねぇ。別に特殊なことはしてなかった気もするが」

「二宮さんの能力も、二宮さんが触れることと、場所を移動するだけだった。特別なことでなくても、トリガーになるのかもしれない」

「そうなると、今度は多すぎて絞れないじゃねえの」

「それについてなのですが」

 二宮が手を上げてこちらに声をかけた。

「参考になるかわかりませんが、私なりに能力発動について考えていたことがあります」

 二宮の考えでは、能力に特定型と不特定型はがあるのではないかという。

「特定型は、まさに私の能力のように、誰か対象がいて初めて発動するもの、不特定型は相手がいなくても発動するものだと考えています。例えば、魔法のように手から火を生み出す能力は、誰かがいなくても発動するので不特定型に分類されます。もし米澤さんが消えたのが能力によるものなら、特定型だと考えられます。そして、特定型の能力の発動条件は、かなりの割合で相手との接触の有無です」

 では米澤は、能力者と知らない間に接触し、特定の条件を満たしてしまったから消えたと考えられるのか。

「米澤と接触した人間を特定すればいい、ってことか?」

 五木の言葉に、僕たちは必死で昨日の記憶を探る。

「私は、間違いなく彼と接触していますね」

 二宮が挙手した。能力を披露する時に、彼に触れている。ただ、彼は別の能力者だから除外される。

「体が当たったのを触ったというなら、俺も当てはまるだろう」

 五木が言った。

「それで言うなら、私もやわ」

 続いて市川も手を上げた。

「ちょっとでも、という事なら、私もです」

 お茶を渡す時に、と武庫川が言う。

「僕は、触っていない、と思う」

 正直に告げる。幾ら思い返しても米澤と接触した記憶がない。隣で七尾も手を上げた。彼も米澤と接触していないらしい。

「後は、あんたもだろ」

 五木が実川に声をかける。聞こえているはずなのに、フン、と鼻を鳴らして実川はそっぽを向いた。

「ったく、返事もなしかよ」

「まあまあ。でもとりあえず、私ら四人のうちの誰かってことになるかな」

 とりなすように市川が言う。

「ここからどう絞るかですね」

 二宮が唸る。

「ではここから、誰が、誰と接触したか、思い出せる限り思い出してみればいいんじゃないかな」

 僕が提案する。

「例えば、僕は今日二宮さん、実川さん、五木さん、七尾君と接触している」

 二宮、実川がもめているときに仲裁に入った時、二人に触れている。七尾は米澤を一緒に探している時、五木はこの話し合いの時隣にいたから肩が当たっている。

「それで言うなら、俺は多分、あんたと二宮サンと、七尾か。逆に女性陣とは接触はない」

 五木が答えた。

「私はそのメンバーに実川さんを加えた形でしょうか」

 二宮が続く。

「私は、逆に男性メンバーとは接触はなかったわぁ」

 僕の向かいにいた市川が言う。

「武庫川ちゃん、くらいかな。そう言えば」

「そうですね。私も、市川さんと弟だけだと思います」

 ね、と武庫川が弟の七尾に視線を向けると、七尾も頷いて答えた。今の話から、七尾は男性陣と姉と接触し、市川、実川と接触していないことになる。

「で、昨日の米澤さんの接触についての話と照らし合わせると」

 昨日米澤と接触したのは市川、二宮、五木、武庫川。

 今日四人の接触状況は以下。

 市川は武庫川。

 二宮は実川、五木、七尾、僕こと社。

 五木は二宮、七尾、社。

 武庫川は市川、七尾。

「共通点はわかったけどよ。これ以上は絞れなくないか?」

 名前を書き出してみたものの、五木の言う通りこれ以上どうすれば絞れるのかわからない。

 いや、本当はわかっている。ここから絞る方法はある。

「つまりあれね」

 いっそ楽しそうに、実川が僕の代わりに答えた。

「このまま皆誰かと触れ合わなければ、明日誰かが死んだとき、更に絞れるわけね」

 指摘されても、誰も取り乱さなかった。皆わかっていたのだ。

「自分だけ安全圏だからって」

 聞こえないように小声で武庫川が毒づく。弟との件があってから、あまりいい感情を持っていないようだ。

 彼女の言う通り、実川が触れたのは二宮だけだ。そして、彼は能力者であることを自覚し、その能力を披露している。基本、能力は一人に一つだから、彼女が死ぬことはない。

「でも、まだわからへんよ」

 市川が言った。

「ここから、更に特殊な条件を満たさんとあかんわけだから。死ぬとは決まってない。そら、絞れんと困るんやけどさ。でも、まだ時間あるし。良え考えがそれまでに浮かぶかもしれんし。最後まで考えよ」

 暗くなりかけた雰囲気を和ませるように市川は僕たちに言った。

「それでももし謎が解けなくて、万が一死んだりしても、私は誰も恨まへんから。代わりに、生き残った人はちゃんと脱出してな」

 彼女に励まされた僕たちは、最悪の事態も考えて以降誰とも接触しないようにしつつ、どうにかして絞れないか必死に考え続けた。しかし答えは出ず、次の日を迎えて。

 市川と実川が消えた。

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