シュレディンガーの箱庭 2

 僕たちは簡単に自己紹介を始めた。僕から右回りに確認する。

 イントネーションの独特な金髪の女性『市川』二十八歳

 出入り口のドアに近かった男性『二宮』五十一歳

 その隣にいた女性『実川』四十四歳

 最初に質問した男性『米澤』三十九歳

 軽薄そうな男性『五木』二十五歳

 最も小柄な女性『武庫川』十六歳

 その女性の双子の弟『七尾』十六歳

 最後に僕『社』二十五歳

 以上八名がこの中に閉じ込められている。なんだか、妙だ。彼らが名乗っているときから、違和感がぬぐえない。武庫川と七尾は双子なのに苗字が違うな、とかそういうわかりやすい物じゃない。もっと前から感じているのだが、その正体がつかめなくてもやもやする。

「で、これどう思うよ」

 五木がドアのタブレットを親指で示しながら言った。

「間違ったやつが認証しようとすると、死ぬんだとさ。誰か試してくれねえ?」

 お前とかどうよ、と七尾の肩を肘で小突いている。鬱陶しそうに七尾は五木から距離を取った。庇うように姉の武庫川が立ち塞がる。怖い怖いと簡単に五木は引き下がった。

「試すのは、最後の手段にしましょう」

 米澤が言った。

「まずは、この中を調べてみませんか。タブレットに書いてあった食糧庫やトイレを見ておきたいです」

 彼の提案に、誰も反対しなかった。すぐさま近くの壁を調べ始める。食糧庫もトイレも、比較的すぐに見つかった。一週間分と書いてあった食料だが、切り詰めれば十日は持ちそうだ。

「切り詰めれば十日は持ちそうですね」

 僕と同じことを米澤も口にした。食料の他、毛布もあった。それにこの部屋は空調が整えられているため、汗ばむことも凍えることもなさそうだ。

「十日もあれば、何か打開策も見つかるかもしれません。それでもだめなら、最終手段を使いましょう」

「せやね。それに、八人も監禁されとるんやから、騒ぎにもなっとるでしょ。警察にも連絡行っとるかもやし、誰かが助けに来てくれるはずやわ」

 市川が独特なイントネーションで同意した。違うでしょう、と否定の言葉が響いた。

「問題は、この中に特殊能力者がいるってことでしょう?」

 実川だった。

「どんな能力か知らないけど、全員が影響下にあるって書いてたじゃない。もしその能力が誰かを傷つけるものだとしたら」

 なんて恐ろしい、と彼女は指を嚙みながら呟く。

「一秒でも一緒にいたくないわ。さっさとこのドアを開けてでましょうよ」

「でも、能力が発動するのは、特定の条件を満たす時だとも書いていました。ドアを開けるのを間違えたら死ぬとありますし、焦ったら余計に危ないんじゃ」

 武庫川が慌てて反論した。

「だったらあなた、能力の影響は受けないって言い切れるの?」

 子どもに反論されたのが気に喰わなかったか、実川が噛みつく。

「そういうわけじゃ」

「でしょう。子どもが口を挟まないで」

「キンキンうっせえぞ。頭に響くんだよ」

 五木が耳をほじりながら言った。

「ただでさえ狭い場所なんだから、そんな騒ぐなよおばさん」

「何ですって!」

「だから騒ぐなっての。そもそもあんた、ドアを開け方わかるのか?」

「開けられないけど、でも! 能力者がこの中にいるのよ? あなたたち、不安にならないの?」

「なんだぁ? やっぱあんた、排斥派かよ」

 能力者が現れた時、人は大きく二つの派閥に分かれた。共存か、排斥かだ。そして、圧倒的多数派が排斥派である。

「現代科学では解明できない手段で、簡単に人を害することができる人間を警戒して何が悪いの」

「そんなもん、能力の有無に関係しないだろうが。あんたの家の隣人は包丁持ってるし、油もライターも持ってる。そいつらに刺されるかもしれない、燃やされるかもしれないって警戒してたか?」

「しないわよそんなこと。普通の人間はそんなことしないもの」

「その他人のことをどれだけ知ってるかって話なんだよ。他人のことを理解できる奴なんてこの世にいねえよ。それでも人類は何千年も共存してきたし、していくしかない。出来ないならこのちっぽけな星から出るしかないんだぜ? 能力者だって、ほとんどは普通の人間が能力に後天的に覚醒しただけなんだぞ?」

「いいえ、彼らはもう人間じゃないわ。能力者になった時点で、頭の回路が変わってしまっているんだもの。人類とはもう分かり合えないわ」

 五木がやってらんねえと背を向け、実川と会話するのをやめた。話が通じない相手とのやり取りに辟易したのだろう。しかし、僕は五木の認識を改めた。軽薄で近づきがたい男だと思っていたが、なかなかどうして柔軟な思考をしている。

「お茶にしませんか」

 唐突に、二宮が言った。

「皆さん突然のことに不安と緊張を感じていらっしゃる。ここらで一息入れませんか。幸い食糧庫にはペットボトルですがお茶も、茶菓子の類もありました」

「いいですね」

 空気を換えるように米澤が手を叩き、二宮の話に乗った。

「お茶でも飲みながら、話でもしましょう。もしかしたら、何か閃くかもしれない」

 早速準備をしましょう。と二宮が食糧庫へ向かう。手伝うために、僕も彼の背中を追った。

「僕も手伝いますよ」

「おお、ありがたい。では、ペットボトルと紙コップを持って行ってもらえますか。私は茶菓子を」

 二人で運び出す。部屋の真ん中にコップを並べ、お茶を入れていく。武庫川と七尾が取りに来てくれた。

「私たちも手伝います」

「ありがとう。助かるよ。じゃあ、皆のところに」

 武庫川にお茶を入れたコップを二つ差し出す。彼女が受け取り、他の人のところへ運んでいく。

「ありがとう。頼むよ」

 七尾にも同じようにコップを手渡す。彼は頷きコップを運ぶ。さて、後四つ準備して。

「いらないわよ!」

 金切り声と、水の撒ける音が響く。驚いてコップからお茶をこぼしてしまった。振り返ると、実川と七尾が対峙していた。足元には先ほど僕が渡したコップが落ちて、中のお茶をぶちまけていた。

「大丈夫?」

 武庫川がすぐさま駆け寄る。彼を背に庇いながら、実川を睨む。

「弟に何するんですか」

「誰が能力者で、どんな能力かもわからないのに、あなたたちが用意した物なんて怖くて口にできないわ」

「だからって、そんな断り方あんまりです。弟に謝ってください」

「どうして謝らなきゃいけないの。いらないものを押し付けられて、こっちの方が良い迷惑よ」

 流石に酷い。カッとなった武庫川が実川に掴みかかろうと手を伸ばす。

「武庫川ちゃん、落ち着き」

 市川がすんでのところで割って入った。彼女を宥め、実川を睨む。

「あんた、流石に言いすぎちゃうか。用心すんのはわかるけど、相手子どもよ?」

「ふん」

 鼻を鳴らして、実川が離れていく。まだ追いすがろうとした武庫川を「ほっとき」と市川が抑えた。

「弟ちゃん、大丈夫?」

 市川が七尾の手を取った。手を叩かれたらしい。七尾は頷いて、大丈夫であると伝えた。しかし、彼はさっきから全然喋らないな。何か理由があるのか。

「さあ、皆のところ行こ。一緒にお菓子食べよ」

 そう言って武庫川と七尾の背中を押して実川から離し、僕たちのいる部屋の真ん中へと近づいてきた。隣で二宮がお菓子を紙皿に入れて、三人に差し出している。五木、米澤も近寄ってきた。

「単刀直入に聞きますが」

 菓子を齧りながら、米澤が切り出した。

「この中に、能力者だと自覚のある方はいらっしゃいますか」

 本当に単刀直入だった。

「正直、この空気で切り出しづらいかとは思います。ですが、その方の指紋が正解かもしれないので」

 ちなみに俺は、こちらに敵意がなければ普通の人間だろうが能力者だろうがどうでもいいです、と彼は続けた。さっき能力者を擁護するような話をした五木も共存派だろう。

 待つことしばし。以外にも、挙手があった。二宮だった。

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