シュレディンガーの箱庭
シュレディンガーの箱庭 1
奇妙な場所で目覚めた。
布団も枕もなく、地べたにうつ伏せの状態で、奇妙な寝相してたんだと寝違え一歩手前の首をゴリゴリ動かしながら体を起こしたら、見慣れた自分の部屋ではなく、白い壁に囲まれた二十~三十畳位の広さの場所にいた。白いけど、目が痛くならない程度にくすんでいてよかったと安心する一方、ここはどこだろうかと首をひねる。頭は、ガンガンしていない。二日酔いというわけではなさそうだ。
視界の端で、もぞもぞと何かが動く。驚きはない。もとよりそれは視界に入っていた。ううん、と悩まし気な声を上げながら起き上がった女性は、ついさっきまでの僕と同じように辺りを見渡して「どこ、ここ」と呟いた。微妙にイントネーションに特徴があった。彼女だけじゃない。他数人が、同タイミングで覚醒していく。この情景を写真で切り取ったら『目覚め』というタイトルをつけたいと思うほどに同タイミングだった。
人数を指差し数える。八人か。広い部屋だが、これだけの人数が雑魚寝していたらちょっと狭くも感じる。彼らもまた、同じように周囲を見渡し、同じように戸惑っている。見覚えがないらしい。
八人全員が立ち上がり、全員を見渡せるような位置取りをした。全員が部屋の中心を向くような形だ。中国の占いで使う遁甲盤みたいだ。全員が白と鼠色の間位の色合いをした上下のジャージを着ている。かくいう僕も、自分の体を見れば同じ服装になっていた。全員が同じジャージだなんて、学生時代を思い出す。懐かしい。
「あの、ここはどこでしょうか?」
僕の真正面にいる男性が視線を右から左に移動させながら尋ねた。僕には答えようがなかったので、周りの反応を待った。一分ほど経っても、誰も答えない。答えられないのだと分かった。わからないからだ。質問した男性が、自分の発言は無視されているのでは、と表情をちょっと暗くした頃、新たな発言があった。
「とりあえずさ。外に出てみればいいんじゃない?」
提案したのは、僕に次いで起きた、イントネーションが少し独特の女性だ。反対意見は出なかった。きょろきょろと周囲を見渡すと、すぐにドアが見つかった。一番近かった別の男性が近寄り、ノブを回す。彼は怪訝な顔をしてそのまま何度もドアを押したり引いたりしていたが、開く気配はない。
「カギが掛かっています」
彼がわかりきったことを口にしたのは、それがあまり信じたくない事象だからだ。カギがかかっているドアを開ける方法は二つ。カギを開けるか、力づくで破るかだ。じゃあカギを探そうか、と誰かが口を開く前に「あっ」と男性は声を発した。
「どうしたの?」
隣にいた女性がそばに近づく。僕たちも同じように彼と、ドアの前に集まる。そして声の大小はあれど同じように「あっ」と驚いた。
白一色だった場所に、黒い部分が生まれている。よく見ればタブレット端末が埋め込まれていた。白かったのは壁紙だった為か。男性がドアを開けようとした表紙に画面をタッチし、起動したのだろうか。
少しして、黒い面に白い文字が浮かび上がってきた。僕たちにとってここから出るというのが最優先事項であるにも関わらず、律儀に結末を見届けようとするのは僕たちの民族性だろうか。
・この部屋から脱出する方法について
まさに欲しがった情報が記載された。僕たちは前のめりになる。タブレットには僕たちを焦らす様に一文字ずつ入力されていく。
・ドアはシェルターに使用される素材を流用しているため、破壊は困難である
・脱出する方法は、このドアのロックを解除すること
・解除方法は二つ
・一つはタブレットのホーム画面から指紋認証を行うアプリを起動し、指紋認証を行う
・八人のうち、一人の指紋がロックを解除出来る
・ただし、別の人物が指紋認証を行った場合、その人物は死ぬ
「死ぬって、冗談だろう?」
私の隣にいた男性が冗談だろと続けた。人の事を言えるような人間ではないが、あまりお友達になりたいとは思えない、軽薄そうな印象を受ける短髪の男性だった。だが、彼の言うことももっともだ。
・二つ目のロック解除方法
・二人になった時点で自動的に解除される
「二人になった時点で、開く?」
最も小柄な女性が首をかしげる。偏見かもしれないが、声の感じや体の線の細さからかなり若く見える。学生かもしれない。
・ロックを解除可能な人間を見分ける方法
彼女をはじめとした僕たちから湧き上がる疑問疑念そっちのけで、タブレットには文字が表示されていく。
・ロック解除が可能な人間は、特殊な人種である
・その人物は、そのことに気づいていない
・全員、その部屋を脱出するまではある人物の特殊能力の影響圏にある
・能力は特定の条件を満たすと発動する
「特殊能力て」
金髪の女性がひきつった顔で言った。
二十年前から特殊能力に覚醒する人類が少しずつこの世界で生まれ始めた。彼女の反応からわかるように、能力によっては他人を害する種類もあるため、能力者は忌避される。特に最近は顕著になってきた。まるで人権が無いように扱われている。
その為、能力をもって生まれた人間、後天的に能力を覚醒した人間はそのことを隠して生きている。
「気づいていない、ってことは、無自覚に能力を発動しているってことか?」
軽薄そうな男性が呟く。
「ていうか、本人気づいてないのにどうやって知ったんだか」
馬鹿にしたように彼は吐き捨てるが、なかなかどうして鋭い。
・ドアが開くまで、八名は部屋から出ることはできない
・食料は一週間分、食糧庫に保存されている
・トイレは食糧庫の反対側にある
「以上、です」
タブレットに一番近い男性がそう言いながら首を巡らせた。慣れた手つきでタブレットに触れると、画面が切り替わり、白地の画面上に二つのアイコンが表示された。一つが今の文章を表示していたメモ機能だ。もう一つが指紋認証用のアプリだろうか。
「さて、どうしましょう?」
彼の問いかけに、全員が顔を見合わせた。
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