神は隠さない 7
夕食を食べながらの会議が始まる。
「犯人の住居だけど、高確率でこの近辺。市役所から徒歩で行ける距離にあると思うんだけど」
公務員には働き方改革があってないようなものとよく言われるが、うちの自治体は比較的ホワイトで、定時に業務を終えることがほとんどで残業も少ない。後で確認は必要だが、彼女もおそらく、定時の五時頃に上がりだったと推測できる。遅くとも六時には片付け、市役所を出ていたはずだ。六時であればまだ人の目も多く、車等で無理やり連れ去れば確実に目立つ。それがないのであれば、やはり徒歩だろうという考えになる。ただ、車で無理やりではなく連れ去られた可能性についても吟味しておく必要がある。
「自分から車に乗った、って線はどうかな? 例えば、タクシーとか」
「可能性は、低いかも。偏見かもしれないけど、タクシーの運転手って男性が多いと思う。女性も、少なからずいるだろうけど。で、最初にあなたが話してくれた内容は【犯人は手足を縛った女性に馬乗りになっても抵抗されたら諦めてしまう】ような非力な人物よね」
「そっか。タクシーって、たまに人の荷物をトランクに運び込んだりするから、ある程度の力がないとダメなんだ」
「そう。それに最初の被害者である小学生が、一人でタクシーに乗るとは考えにくい」
「それなら知り合いの車とか?」
「それも可能性としては低いと思う。小学生と市役所の職員両方の知り合いで、車で乗せて帰ってもおかしくない人物。しかも、被害者二人ともこの周辺に住んでいて、家に近いところで乗せようとしても普通断るよね。歩いて数分の距離なんか。で、学校とか市役所とか、車で送っても不自然でない場所は人の目が必ずある。目撃証言がないはずない。それらの条件をクリアする人物がいたとして、最後の関門はあなたの悪夢」
僕が悪夢を見る条件は、僕の視界にその人の顔が入ることだ。車で移動する犯人の顔を二回も見かけるのは少し考えづらい。事件が起きてから、僕は人の顔を視界に収めないよう、うつむきながら移動している。車中の人間をそうそう視界には収めない。以上のことから、車で無理やり、もしくは自発的に車に乗って連れ去られたのは考えにくい。
「じゃあ、徒歩に絞って考えてみよう。あなたのことだから、かなり慎重に、それでいて俯きながら移動しているから、通勤の道のりで人の顔を視界に収めることはあまりない」
「そうだね。絶対とは言い切れないけど、今のところ人の顔を通勤途中で見ることはなかったはず」
偶然視界に入ってしまったら、今度はその人間の顔を忘れないように覚えるようにしている。
「ということは、あなたが誰かの顔を見る確率が高いのは、市役所の中ということになる」
やはり、そうなるか。同じ課の敷島たちの顔が思い浮かぶ。彼らの中の誰かが犯人なのだろうか。
「市役所の中でも、電車を使う人間は除外していいと思う」
響子さんの言葉に、項垂れかけた頭を上げる。
「え、何で?」
「さっきの車で連れ去られた可能性を考えた時と同じで、電車通勤の人には犯行がむつかしいと思うから。犯行が行われたのは家の可能性が高いって言ってたわよね?」
「建物の中はたぶん、間違いなくと思うけど。廃屋とか山奥の山荘とかでも」
「いや、それはたぶん、ないと思う。車が使われてないから山奥はまずない。廃屋の場所を、地元民ではない電車通勤の人が知ってるかどうか怪しい。何らかの方法で調べられても、今度は地元民の目がある。この辺りの人はテレビでも言ってたけどつながりを持っているから、知らない他所の人間が廃屋の周辺をうろついていたら覚えているでしょう。地元の人間であっても、廃屋をうろついていたら覚えてるかもしれないわね」
電車通勤の人物が除外。敷島や、女性職員の顔が消えていく。残るは守山課長だ。だが、徒歩圏内というだけで、男性でそこそこ力もあるだろう。少なくとも女性を押さえ込めないほど非力ではない。
「山奥、廃屋の線はなさそうだね。じゃあ、家?」
「じゃないかなと思うわけよ」
さて、ここからね。響子さんが言った。
「この地域の、市役所に出入りする一軒家にお住いの住民が犯人と仮定して、車の連れ去りを検討した時も出たけど、やっぱり無理やりは難しいでしょうね。だから、被害者は自分から犯人についていったと考えるしかない。自分からついていく状況って何?」
「子供相手なら、お菓子とか、おもちゃとか?」
「いやいや、子供なめすぎよ。どれだけ高価な代物目の前にぶら下げられても、知らない相手についていくはずないわ。家でも学校でもそう教育されるでしょ」
「てことは、信用できる相手ってこと?」
「うん。顔見知りのはず。おそらく、市役所の女性職員の方とも」
そこで、引っ掛かりを覚えた。その彼女と犯人との会話を思い出す。彼女は犯人に向かってこう言ったのだ。
『何が目的なんですか』
他にもいろいろと、一方通行ではあるが話しかけていた。その話し方が、なんとなく他人行儀な感じがしたのだ。顔見知り相手なら、もう少し砕けたしゃべり方をするのではないか。
「他人行儀…なるほど」
「僕の所感だし、参考にならないかもしれないけど」
「いいえ、そんなことないわ。彼女が普段どんな話し方だったか、明日確認してもらってもいい?」
「もちろんいいけど、役に立つかな?」
「ええ、とっても。場合によっては、かなり絞れるかも。もちろん、これまで私たちが話し合ったことが正解、っていう前提条件付きだけど」
そうは言うが、かなり自信があるようだ。
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