神は隠さない 5

「今度は、大人の女性が?」

 朝食の席でするものではないと思うが、話の流れで、僕は悪夢の話を彼女に打ち明けた。

「うん。前は子ども、…ほら、子どもが行方不明になってるニュースがあったでしょう。覚えてる?」

「この市内での出来事よね。うん。覚えてる。今朝もやってたし」

「あの子が殺されているのを、見た」

 沈黙が食卓に満ちる。

「間違い、ないの?」

 彼女が尋ねる。疑っているから尋ねたわけじゃなく、確認のためのものだった。頷いて肯定すると、響子さんは軽く顎を引いて硬く瞼を閉じ、大きく息を吐いてから、再び僕に向き直った。

「犯人の目星はつく?」

「いや、さっぱり。僕の生活範囲内にいる、という事しか」

 ついでに前に考えていた事を彼女に話す。

「確かに、子どもならまだしも、大人の女性を運ぶとなると、それなりの準備は必要よね。力も道具もいるだろうし」

「そうだよね。だから単純に男性の方が可能性としては大きいかな、とは思うんだけど。この市内だけで、それが可能な男性がどれだけいる事やら」

「可能性だけで言えば、あなたでも、そして私でもやろうと思えば可能よね」

「そうか、女性でも、台車とか、キャリーバッグとか使えば可能か」

 可能性だけで話すと際限がなくなる。別方向からのアプローチが必要だ。

「…他に何か気づいた事はある?」

 響子さんも同じ考えに至ったらしく、他の要素を求めた。前に考えた事以外でとなると、今日の夢の内容はどうだっただろうか。違いは、今度は子どもでなく成人だということだが。

「殺された女性は、どこかであった事がある気がする。アイマスクをされてたから、顔をきちんと見たわけではないから絶対、とは言えないけど。声とか、聞き覚えがあるんだ」

「市役所の人? それとも、お店、コンビニとかスーパーなんか、よく行く所の店員さんとか?」

「市役所、かも、しれない。確証はないけど」

 他に気づいた事を何とか上げようとしたが、全く思いつかなかった。

「気になったことを聞いても良い?」

 響子さんが顎に指を当てながら尋ねる。

「犯人は一人なの? それとも二人以上いる?」

「それは、おそらく一人。他の人間を見た事ないだけなんだけど。でも、二人以上の犯行じゃないな、とも思ってる」

「理由は?」

「女性を殺すとき、少し抵抗された。例えば二人いれば、一人が押さえつけて、もう一人が子どもの時と同じように首を絞めれば良い。けれど犯人は助けを呼ぶ事もなく、このまま弔うしかないって考えたんだ。それ以降は、夢が途絶えてどう弔ったかわからないけど」

 弔う? 自分で話していて気になる単語が出た。響子さんも同じように気になったのか、弔う、と唇だけ動かした。

「その単語の意味は後で考えるとして、もう一つ関連して聞きたいのは、同じ犯人か、別々の犯人かってこと」

「同じだと思う。殺害場所が同じだった。殺人犯の共同殺害現場とか、ない、って信じたい。考えるだけでも怖いし」

「確かにね。でも、そっか。一人か…」

 思案顔をして、俯く彼女。

「どうしたの響子さん。何か気になる事あった?」

「気になるというか、ちょっとだけ、変だなって思って」

「変?」

「今のあなたの話。殺された女性って、拘束されてたのよね?」

「うん。手足を縛られてた」

 背中の後ろで手を合わせ、両足を揃えて、あの時の女性の姿を自分で再現する。

「後ろ手に縛られてたのよね。そんな状態の女性に反抗されても、男性なら自分の体重で押さえ込めない?」

「あ…そっか、そうだよね」

 たとえどれだけ体を揺すられようと、平均的な男性の体格、体重であれば馬乗りになってしまえば押さえ込める。男性に限らず、同程度の体格であれば、女性でも可能なはずだ。

「犯人は馬乗りになっても押さえ込めないほど華奢な体格ってこと?」

「もしくは、力任せにできない、したくない理由でもあったか」

「出来ない理由は、例えば怪我とか、病気とか?」

 怪我や病気の人間が犯行に及ぶとは考えににくいが。

 なら、したくない理由なのか。連続殺人犯の中には、オリジナルのルールを持つ人間がいる。殺した相手の髪を蒐集するとか、着飾るとかだ。なるべく死体に傷をつけたくないなどの理由があってもおかしくはない。けれど、そこで引っかかるのは、弔うという言葉だ。死者を弔うといえば、葬式を開いて、火葬して、墓に埋葬することが連想される。海外なら土葬か。僕としては、犯人のルールは死体の傷などよりもこっち、弔うほうに重きを置いているような気もするけど。

「理由の如何はともかく、力も体格も劣るとすれば、犯人は、どうやって子どもや女性を誘拐したのかしら?」

 さっきまで話していた、自分の推測した前提が崩れていく。

「強引な手段が無理だとしたら、例えば薬とかで眠らせたとか?」

「あり得るわね。けれど、それだと眠った、あるいは気を失った相手を運ぶ事になるけれど、人を運ぶにも体力がいるわ。力の入らない人間を運ぶのは、かなりの重労働よ?」

「さっきも話に出た、台車とか、キャリーバッグとか」

「可能性はあると思うけど、無理もあるわね。いつ、どこで、どうやって、が問題になるわ」

 その通りだ。台車に積むにしろ、キャリーバッグに詰め込むにしろ、人の目がない事が絶対条件だ。どうやってその場所に誘い込めたのかがまず関門。顔見知りでもなければ誘い込めるはずがない。そして、夢の中では被害者はどちらも犯人の名前を言わなかったし、前からの知り合い、という風でもなかった。赤の他人が、犯行に及んだ可能性が極めて高い。ならば人に見られる前に素早く犯行に及ぶしかないのか。でもそれだと、華奢ではないか、という推測が成り立たない。あっちを立てればこっちは立たず。

「矛盾ばっかりだ。力で抑え込んで殺す事は出来ないのに、攫うには力技しか考えられないなんて」

 それも、全て可能性を前提とした可能性ばかりだ。幾ら考えても埒があかないのは当然と言える。人物像から探るのは不可能ではないかと匙を投げる。

 ならばと、他の切り口を探す。気になるのは、殺人現場だ。人が騒いでも誰も来ない場所。廃墟、山奥、いくつか考えられるが、この地域で身近なのは家だ。一軒家が多い地域なので、場所には事かかない。地下室でもあれば防音は完璧だ。となると、一人暮らしの人間の可能性が高いか。他に家族がいたら、犯行は難しいだろう。もちろん、これは犯人が単独犯という僕の推測を前提にしているものだが。

「ねえ」

 犯人の情報も話も出尽くして、少しの無音状態が続いた後、響子さんが口を開いた。

「どうするつもり?」

「どう、って?」

「犯人を探すの?」

 単なる質問、というには、言葉に不安と心配が多分に混ざっていて、表情もそれに準じたものだった。前に、犯人を探そうと動いて痛い目に遭っている。ただ、あの時とは状況が少し違う。前は必要に迫られてこちらから動いただけだ。

「探すのは、継続するけど、積極的にどうこうしようとかは考えてない。そもそも手がかりが今のところほとんどないしね。警察に通報する事もできないし」

「そう、ね。夢の話をされても、なんて、一蹴されるだけよね。証拠を掴んだ訳でもないし」

「とりあえず、いつも通り俯いていくよ。出来るだけ人の顔を見ないようにすれば、悪夢からは逃れられるし」

 人の意識と共有する条件は、眠る前の二十四時間以内に顔を見た人からランダムに選ばれる。人の顔を見なければ、意識を共有することはない。

「気に入らないわ」

 憤まんやるかたない様子で、響子さんは言った。

「どうして私の夫が、俯いたままなんて、そんな窮屈に過ごさなきゃならないの?」

「…ありがとう」

「もし目の前に犯人がいたら、懲らしめてやるのに」

 響子さんは、そう口を膨らませた。

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