シリアルキラーの賛美歌 6
安岡は割れた窓から身を躍らせ、地面に激突して死んだ。また、安岡に殺された飯塚だが、警察が奴の部屋を家宅捜索したところ、これまで殺された被害者女性の遺留品が数点発見された。被害者の髪を切り落として保存していたのだ。また廃屋には僕が夢で見たドレスの他、撮影器具にナイフやロープなどの凶器が発見された。廃屋に着飾るためのドレスなど、これまでのシリアルキラーと多くの共通点を持つことからから、警察は飯塚をシリアルキラーだと断定した。飯塚の個人パソコンには、彼の日記に加えて、満面の笑みを浮かべた飯塚と、人形みたいなぎこちない、涙と固い笑みを浮かべた被害者が並んだ写真が保存されていた。
気持ち悪くなるような狂気が満ちた日記から要点だけ抜き出すと、飯塚は自分の好みの人間を拉致しては恋人同士のように記念撮影を行い、満足したら彼曰く一つになる。しばらくは一つになった被害者との思い出に包まれて静かに暮らし、思い出が薄れたら新しい素敵な出会いを求める。TVなどで素敵な出会いが報じられるのを見ると、寂しさで胸が締め付けられ、出会いを強く求めてしまうらしい。これが、定期的に殺人を犯していた真相だ。いつかの医師が言った通り、奴は人を殺すために求めてしまう、殺人病とでも言うべき病気だったのだ。たとえ捕まっても再び殺人を犯すだろう。死ぬことが、おそらく唯一の治療法だ。
また、医師の言葉を裏付けるように、司法解剖にまわされた飯塚の脳を、医療映画にもなって広く世間に知れ渡った死亡時画像診断で調査した結果、脳の中で衝動や感情に関係する前頭葉の一部が肥大化しているのが判明した。これが原因では無いか、と報道されるやいなや、瞬く間に殺人病は世間に広く認知され、物議を醸すことになった。
もしかしたら、安岡も同じ病に侵されていたのかもしれない。事件の前まではあんなに良い奴だったのに、いきなり人を殺せるなんて、やっぱり病気が原因としか思えない。
安岡を突き落とした響子さんは、僕の証言もあって正当防衛が認められ、罪に問われることは無かった。だが、人を殺した事実に変わりは無く、会社にいられなくなった響子さんは辞職し、一年後、僕と同じ苗字になっていた。
「あなた。ちょっとそれ運んでくれる?」
「はいはい」
彼女に言われるがまま、僕は荷物を運ぶ。妻となった今も、上司だった頃と同じで僕は彼女に頭が上がらない。それはそれで、幸せなんだけど。
僕も彼女と同じく会社をやめ、Iターン転職して引っ越すことにした。田舎なら、彼女もまだ暮らしやすいと考えたのだ。物価も家賃も安いしね。そして今日、まさに新しい住居に引っ越してきたところだ。
新しい生活を始めれば、きっと彼女も幸せになれる。根拠も無く、僕は確信していた。
「どうしたの、考え事なんかして」
ふわり、と彼女の香りが鼻腔をくすぐる。左腕に、彼女の体重がかかる。抱きつかれたのだ。たったそれだけでこれ以上ないくらいの幸福を感じる。
「どうもしないよ。ただ、幸せだな、って」
一年前のあの事件の事から考えたら、天と地の差だ。二人とも死んでいてもおかしくない状況だったのだから。
「響子さんと、愛する人と一緒にいられるのが、こんなに幸せだなんて思わなかったよ。あなたと結婚できて、本当に良かった」
過去に一瞬、安岡と付き合ってるのかと勘繰ったこともあった。家まで送ってるなんて奴が言うから。でも、彼女はそれを否定した。今までそんな女らしい扱いをされた事はありません、と少し膨れながら。反対に、僕は嬉しかった。彼女にとって家に送られるのも、付き合うのも結婚するのも、僕が初めてということになるからだ。
「あの事件が」
感慨に浸っていたからだろうか、ぽろっと考えが口から飛び出た。
「…え?」
「あの事件があったから、僕は響子さんと一緒になれた。不謹慎な事を言ってるのはわかってるけど。あれがなければ、僕はいまだに響子さんの部下で、遠くから眺めているだけだったかもしれない。飯塚や安岡に礼を言う気にはならないけど、あってよかったと、少し思ってる」
そうね、と響子さんが相槌を打った。
「私も、あって良かったと思うわ。ほら、映画でもあるじゃない。危機的状況を乗り越えて、男女は結ばれるってパターン」
「響子さん、それ、シリーズの二作目だと別れてるやつだよ。縁起悪いよ」
苦笑しながら指摘しておく。不吉なことこの上ない。僕たちの人生はシリーズ化しない。ハッピーエンドのエピローグが永久に続く一作のみだ。
「そうだっけ? とにかく、良かったのよ。世間的に見ても。高宮君は可哀想だけど、飯塚君は、世間を騒がせてたシリアルキラーだったんでしょ? 死んだ人に対して悪口はあまり言いたくないけど、死んで当然の罪を犯していたわ」
もちろん、法で裁かれるべきだと思うけど。彼女は付け足した。珍しく、声に少し怒気がこめられているようだ。
「何より、あなたと会えたから」
ぎゅ、と僕の腕を強く抱きしめてくる。僕の体が暖かい何かに満たされていく。
「あなたの能力にも、感謝しないとね。そのおかげで、私の危機を察知できたんでしょ?」
「うん。そうだよ」
「でも、そのせいであなたにはかなり無理を強いていたのよね。飯塚君の意識と共有してたなんて大変だったんじゃない?」
「大丈夫だよ。確かに、不安と恐怖で泣きそうだった。けど、響子さんを守りたかったから」
「…ありがとう」
彼女は照れたように顔を伏せた。
「今でも覚えてるわ。真面目なあなたが会社で居眠りしてたんだもの。朝礼の時は酷い顔してたし。ストレスか悩みを抱えてて、私の管理責任かと思ってたんだけど」
彼女は勘違いをしている。それは響子さんが狙われていると知る前の話だ。だから一応、訂正する。
「あの日の居眠りの原因は、飯塚が被害者を殺したところを見ちゃった後の話だよ」
シリアルキラー事件最後の被害者である女性が殺される瞬間だ。思い出したくもないが、思い出したくないと思えば思うほど、脳に焼きついて離れない。その事を話すと響子さんは「そう、大変だったわね」と子どもにするように僕の背中をさすってくれた。
「早く忘れましょう。これから幸せな生活をおくって、記憶の片隅に追いやっちゃいましょう」
異議なしだ。彼女こそあの事件のせいで死にそうになって、仕事まで失ったのに。彼女のポジティブさに、僕は救われる。
「大丈夫よ。あなたが悪夢を見る事は、もうないんだから」
「そう、だね。犯人は捕まったわけだし」
ただ、ふと疑問が浮かぶ。
「今思えば、飯塚って美人なら誰でも良かったのかな?」
響子さんはもちろんだが、被害者たちも当然美人だった。だが、タイプがかなり違う。響子さんはちょっとクールだけど明るくてハキハキした感じで、被害者は幸薄そうな、陰のある女性だった。ニュースでも言っていたが、交友関係があまりなく、家族とも疎遠だったらしい。髪型も、好みのファッションも違う。美人という以外、全て正反対だ。顔だけで人を好きになるのを僕は否定しないが、同じ男としてどこか引っかかる。後で自分好みに着飾るから、顔以外は頓着しなかったのだろうか。
「響子さん?」
腕を抱く彼女の力が強まった。顔を向けると、彼女が口元に手を当てて隠している。
「どうかした?」
「だって、美人だなんて、面といわれるとその、ちょっと照れるんだけど」
どうやら口が緩んでいるのを隠しているようだ。照れる彼女も可愛い。
「照れなくても良いのに。響子さんが可愛いのは事実なんだし」
「照れるわよ。年上に向かって可愛いだなんて。やめてよ」
「やだ。もっと言う。可愛い。世界一可愛いよ響子さん」
もう、と耐え切れなくなった彼女は頬を膨らませて離れていってしまった。からかいすぎただろうか。僕としては言い足りないくらいなんだが。だがまあ、本気で怒ってるわけじゃないだろう。その証拠に、彼女の綺麗な歌声が届いた。上機嫌になると彼女は歌を口ずさむことがある。
主よ御許に近づかん
いかなる苦難が待ち受けようとも
汝の為に我が歌を捧げん
主よ御許に近づかん
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