シリアルキラーの讃美歌

シリアルキラーの賛美歌 1

 美しく着飾った人形は、ちょこんと椅子に座り、うつろな瞳でこちらを見つめている。

 高揚している。新たに自分の手で生み出された芸術品を前にして、どうしようもなく気持ちが高ぶっている。気付けば、歌を口ずさんでいた。


 主よ御許に近づかん

 いかなる苦難が待ち受けようとも

 汝の為に我が歌を捧げん

 主よ御許に近づかん


 サビの高音が頭から突きぬけ、天井にぶつかって部屋中に拡散し、興奮と幸福が隅々まで行き渡る。



「おい志村、大丈夫か?」

 同僚の安岡が僕の顔を覗き込んでいた。この距離に近づかれるまでぼうっとしていたのに今気付く。

「隈、酷いぞ」

「あ、うん。寝不足で」

 指された目元を人差し指でなぞる。

「疲れてんのか?」

「まあ、ちょっとね」

 歯切れ悪く応える僕をいぶかしがりながらも、それ以上追及することなく安岡は自分のデスクに戻っていった。心配してくれるのはありがたいが、僕の悩みは他人に話せるようなものではない。一体誰が信じる? 一時的に殺人鬼になっていた、なんて。



 生まれつき、変な力があった。

 眠っている間に意識が体を飛び出して、起きている人の体に入り込むのだ。入り込めるのは眠る前の二十四時間以内に顔を見た人からランダムで選ばれ、入り込むとその人が抱くあらゆる感覚、感情や思考、五感に到る全てを等しく感じられる。

 これまでは、別段不都合なんか無かった。むしろドラマを感情移入して見ているようで、刺激的な娯楽だった。

 だが、昨夜は悲鳴と共に目を覚ました。これまでとは一線を画す異質な夢、人を殺す夢だったからだ。

 何かの間違いだと思いたかった。だが、再び眠ると同じ夢を見そうで、朝まで眠ることが出来なかった。

 無音の空間が恐ろしくて、TVをつけた。何かで気を紛らわせたかった。早朝のニュースは相変わらず景気の悪い情報ばかりを垂れ流している。その中に、一件の殺人事件が報じられた。警察の手を逃れ続ける、四件もの殺人を犯したシリアルキラーの続報だ。複数の地域で発生時期もばらばらながら、連続殺人と考えられているのには理由がある。

 殺害された被害者は髪をカットされる、ドレスを着せられるなど身だしなみを整えられ、被害者宅や廃屋に飾られた。まるで子どもが着せ替え人形をドールハウスに飾るように。

 また、ほとんどの被害者が首や胸などの急所を凶器で的確に刺され殺害されている点から、人体の構造に精通した人物である可能性が高いと専門家が喋っている。

 アナウンサーが持つパネルにこれまでの犯行が時系列ごとに並べられ、背後にある巨大なスクリーンには地図が映し出されていた。点々と赤い印が犯行現場なのだろう。パネルとスクリーンを指差しながら、アナウンサーは被害者たちの経歴や写真、特徴を上げていく。プライバシーがいくらうるさくなろうと、犯罪の関係者は被害者、加害者関係なく、顔を晒されるものなのだと妙な関心をしてしまった。

 その後もアナウンサーが彼女らのことをさも自分の身内だったかのように悲壮な表情で説明し、解説者たちが真相究明という免罪符のついたメスで被害者を解体していく。

 モニターに新たな被害者とその犯行現場が映し出され、アナウンサーが新たな解説用パネルを取り出した。新たな被害者となった女性の顔写真を見て、僕の消し去りたい記憶が記憶野から呼び戻され、二度と消えぬ傷跡を脳に刻んだ。


 殺人鬼が近くにいる。

 僕が入り込めるってのはそういうことだ。記憶に無くてもそいつの顔が視界には入っていたって事だからだ。

 可能な限り視界を狭めて行動することを心がける。二度とあの夢を見ないために。おぞましい物を見た恐怖からではない。もちろんそれもあるが、それ以上に、夢の中の自分は誰かを殺害することに興奮と感動と快感を覚えていた。夢が覚め、起き上がった僕の顔に張り付いていたのは、恐怖によって歪んだ泣き顔ではなく、満面の笑みだった。これ以上あの夢を見たら、本当の僕まで狂ってしまうんじゃないか。僕が僕でなくなるかもしれない恐怖に、僕は怯えた。


 悪夢から一週間。

 努力の甲斐あってか、殺人鬼の夢は見ない。僕の努力以外に、殺人鬼の犯行があれ以降沈黙しているのも関係している。


 昨今のシリアルキラーは異常だ。


 TVのコメンテーターが犯人には矛盾があるとコメントを述べた。

 シリアルキラーは殺人を犯す快楽以上に、その結果が世間に与えるインパクトを楽しむ愉快犯的側面を持っている。そのために被害者を着飾り、世間に主張しているのだから。だが犯人は、一度犯行を終えると完全に沈黙する。愉快犯であるなら次々と犯行を起こし世間を騒がせるだろうに、それをしない。時系列を見れば、最初は二年前の春だ。一人暮らしをはじめたばかりの女子大生が、アパートで殺害された。

 このコメンテーターの発言を受け、別のニュースのためにゲストとして招かれていた医師が「まるで病気の潜伏期間のようだ」と呟いた。ベテランのアナウンサーはそれを聞き逃さず、すかさず話を振る。TVにでる経験が浅いのか、緊張し、少しどもりながらも、医師は自分の考えを話す。

 医師曰く、人間を殺害出来る人間は一種の病気ではないか、というのだ。

「生物は、ライオンの子殺しなどの例外を除いて、同属を殺す事はない。人間も同じ生物として、また教育等により形成された倫理観によって、例外、たとえば軍や警察の任務などを除いて、同属を殺せないようになります」

「その一線を越える事が出来る人間は、倫理や生物として備わっていたブレーキが壊れた、一種の病気だ、ということでしょうか?」

 アナウンサーの問いかけに「一概には言えませんが」と話を続ける。

「この犯人は、定期的に人を殺害している。つまり犯人には、どうしても人を殺したい衝動が生まれ、殺害した瞬間に衝動は収まる。一定期間は落ち着いていて、何らかのトリガーによって再び衝動が生まれる、という周期を繰り返しているのではないか、と思ったわけです。殺人の衝動を実際の殺人で押さえ込むなんて、酷い矛盾ですが」

「何らかのトリガー、というのは?」

「色々です。時間の経過もそうですし、他の事件による衝動の誘発なんかが上げられます。タバコの禁煙中に煙を嗅ぐと無性に吸いたくなるのと同じですね」

 アナウンサーは医師に礼を良い、まとめに入った。犯人はまた行方を眩ますだろう、しばらく事件も起こらないのではないかと締めくくる。だろう、だなんて推測でも、近々で犯行が行われないとTVに出ている有名人が発言すると、世間一般の人々は多少の安心感を得られるのだろう。

 だが、僕は知っている。近くに殺人鬼がいる事を。意識しないように心がけても、体は過敏すぎるほど恐怖に敏感で、僕の意志を無視して悪夢を見てもすぐに起きられるよう臨戦態勢を整え続けた。過度な緊張は体に無理を強いて、隈は日に日に濃くなり、頭もぼやけ、遂に体力に限界がきた。

 張り詰めていた緊張が緩み、瞼を閉じた瞬間黒い波が押し寄せ、意識を攫っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る