『死神』タイム・イズ・オーバー
『……ったく。どっから出てきたんだよ』
死神は独り呟く。
『俺の大鎌も奪っちまうんか?』
凛々しく佇む死神の目線の先には、
『ウフフ。さて、どうかしらネ』
『冗談はきちぃぜ』
『この場合、私は‟死神の死神の死神”になっちゃうのかナ』
『……知らねぇぞ、蛇姐』
この町で言うなれば六番目の死神。
塗りつぶしたかのような黒い顔面に映える紅の唇が微笑む。蠢くドレスから飛び出た蛇が二対、交差させるように大鎌を携えていた。
彼の死神の死神はこの女型の死神の存在には気づいていなかったのだろう。唐突に後ろから襲われた彼女は、死神の大鎌を失ってしまい、今はこの女型の死神が手に取っている。
『見て見て。私、こんなこともできちゃうワ。幾千年生きてて初めてヨ』
『ガキみてぇにはしゃぐな。そりゃそうさ。死神の大鎌を二本も持ってるなんて、できるはずかない。死神が大鎌なんて失っちまったら、死神じゃなくなっちまう』
死神たる前提について、今は亡き死神少年は知らなかったのかもしれない。地面に転がる一人の遺体を横目に見る。首から上がとうになくなり、得体の知れない何かが覆いかぶさっていた。
『アラ。あの坊やと知り合いかしラ?惜しい子を亡くしたわネ。こうなっちゃうなら、いっそ私が食べてあげたのニ』
『…………』
遠くでニンゲンが緊急停止したデンシャから姿を現す。電子端末に声をかけながら、手元照明で辺りの状況を散策していた。デンシャに続くコンテナが一部転倒していた。それよりも先、今死神がいる傍らまで近づく。
『……蛇姐は知っていたのか?』
『ネエさんと呼んでほしいわネ。坊やはそう呼んでくれたわヨ』
『……お前は、このことを知っていたのか?死なない少女がいると坊主が言っていたことも、死神の死神が存在するということも』
女型の死神は口をへの字に曲げる。頑なに呼ぼうとしないため、少しの間を空けてからわざとらしく溜め息をついた。
『ハーァー。……可愛くないわネ。でも、そういうところ、逆にイけてるかモ』
『知ってたんだな』
『…………』
『いんや、俺は特段怒ってるわけじゃねぇぜ。ただ、あの死神の死神が言ってたことが気になってな。……俺が知ってるもう
『アラ。その話は知らないワ』
『やっぱ知ってたんか。意外と隠すの下手っぴなんだな――って、おい。おいおい!お前が鎌を振り上げてどうするんだっ!?』
『ムキーッ。もー怒ったワ。乙女を怒らせるなんて、イけない男ネ!』
『死神にそんなのは関係ないだろっ』
大鎌を振り回す女型の死神を、死神は隠し持っていたダガーナイフで丁寧に弾く。
金属がぶつかり合うような音。その音とは違ったニンゲンの悲鳴が、地上より響いて聞こえてきた。
その声を聞いてか、暴れていた女型の死神は、ふと大鎌を振りかざしたまま停止する。
『……そう言えば、そうネ』
『おっ、やっと止まった。――いやおかわりはいらねえよっ。……急に思い詰めたみてえだが。どうした?』
『私にはそんな主義はないんだケド。生きてたあの子達、誰か供養してあげたか気になっちゃっテ』
死神少年だった者の亡骸の先に『魂』が彷徨っている。『魂』は首元まで辿りついたはいいものの、頭から先が見当たらずに迷っているみたいであった。
近くに別の『魂』が傍に近づく。融合するかと思えば、どこかリードするように一緒に移動していった。
その移動先には、二つの小さな顔があった。
『…………そうだな。最初から最期まで、面倒見ることになるとはな』
死神はダガーナイフを仕舞い、『魂』の元へと近づく。女型の死神は、その背中を襲うことはなかった。
二つの『魂』が、二つの頭の近くでもぞもぞとしていた。どこか恥ずかしげな雰囲気を何故だか感じとれてしまった。
死神は近寄ってから静かにしゃがみ、大鎌を隣に沿える。『魂』が初めは驚いた様子にも見えたが、その後自ら大鎌の峰へと登ろうとしていた。
『死神だった者達よ、永遠なれ――』
大鎌で掬い取った二つの『魂』は、鎌の先に集まり雫となる。大きく広げた掌へと静かに二滴垂れた後、その手を押し当てるよう死神の胸元へとゆっくり吸収されていく。ほんわりと優しく輝いては、刹那にしてその光は途絶えた。『魂』は無事に回収された。
『…………』
死神は感傷に浸っていた。涙があればその目から漏れていたのかもしれない。死神にも、そこまではわからなかった。
間もなくして、サイレンが駅の近くで鳴り響いた。
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