『  』残り時間  1/X



「言ってる意味よくわかんないけど……そんなこと、私に聞く?」

『そうか。……そうか』


 仁愛の言葉に頷かされてしまう。


『話を戻そう。正直、推論の域を出ない。だからこそ、僕は一度、君の口から答えを聞きたい』

「…………」


 仁愛はあまり興味がなさそうであった。


『どうなんだい……?』

「しにがみさんに、いきがみ、か。それでわたしはニンゲンですらないかもしれないって?しにがみさんにもわかんないことがあるんだね。……うん。そうね。半分正解で、半分間違いかな」

『……何をするつもりだ』

「別に。しにがみんさんに答えただけよ」


 再び一歩前へと踏み込む仁愛。ふとしゃがみ込んでは、プラットフォームの崖に座り込んだ。足を適当にぶらぶらとさせてから、よいしょと身勝手に線路の中へと歩み寄る。


「誰もいない線路を歩くって、ちょっとだけ憧れがあったの。太陽が眩しい昼間だったら、なおさら青春。なんてね」

『……何をするつもりなんだ』


 仁愛は答えない。

 僕は嫌な予感がした。ここに来た時もそうだった。


「私は待ってあげただけよ。まだ時間じゃなかったし、退屈だったし。もう、そろそろじゃないかな」

『仁愛……』


 線路上の小石を蹴る。仁愛はまだそこを離れようとはしない。


「私ね。しにがみさんがきて、いつかしぬんだなって。そう考えてたの。別に死にたかったとか、そういうのじゃないよ。なんていうか。覚悟……かな。しにがみさんも、毎日見てて、期待してたんでしょ?私が死ぬところを」

『…………』

「それでも、来なかった。また、しにがみさんに呆れられて、どこか行ってしまうんじゃないかなって。私は、それがだった。もうこりごりだった」

『…………』

「だから、決めたの!」


 仁愛はくるんとこちらに向き直った。僕と死神兄さんの双方を見つめる。二神ふたりは横に並んでその場に立ち尽くしていた。


『首痕があって、俺のことが見えてて……なるほど。坊主が言ってた、死なないニンゲン。ニンゲン……?坊主の推論もまだ不明瞭だが。ぶっちゃけると、信じちゃなかったぜ。こうして実在してるとは』

『仁愛、君は……まさか……』


 微細な揺れを検知した。始めは小さかったものが、段々と感じ取れるものに。それは視覚的に前方から姿を現そうとしていた。


「もう、そのレッテルはおしまい。」


 鉄の箱が、勢いを落とさずここを通過しようとしていた。ニンゲンを運ぶ時間はとうに過ぎていたが、この時間であっても運行していることが頭から抜けていた。


『…………ぅ』


 仁愛は迫りくる光の方へと向いた。逃げる素振りはない。振動が仁愛の身体も震わす。元から、震えていたのかもしれない。


「これで、いいんでしょ……」


 小さな背中が、影になる。強い光を浴びており、その顔から表情は伺えない。


『――違うっ!』

『坊主、お前……っ』


 死神兄さんが動き出した僕を止めようとしていた。死神兄さんの手が、一瞬だけ空を掻いて、僕のマフラーだけを掴んだ。

 僕はそれでもお構いなしに仁愛の方へと進んでいた。


 止めたかった。少女の暴走を。


 失いたくなかった。今までの日々を。


 死んでほしくなかった。たとえ僕が、死神だとしても。


『坊主――っ!』


 死神兄さんの叫び声がした気がした。それも騒音でかき消されてしまう。

 マフラーはするりするりと首から外れていった。結び方は教えてもらったけど、やはりうまくはいかなかったんだ。


 全身を前のめりにして、仁愛に近づく。大鎌が少しだけ鬱陶しかった。持ち替えるよう、一瞬だけ大鎌を手放す。


『お前……』


 死神兄さんの声が遠くなる。


 勝手な行動はよせと警告しているのだろうか。

 言うことは聞けない。先輩だとしても。




 今、仁愛を止められるのは、僕だけしかいないんだ――。




『――坊主……何故。なんで、お前の首に、そのがあるんだ?』


 え……?


『……フフっ』


 間もなくして、重力が、僕を殴った。


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