『  』残り時間  1



『前から不思議だったんだ。仁愛のことが。君が、死なない少女だということ以外にも。死神ぼくから見て違和感を覚えざるを得ないことがしばしばあった』


 真夜中の駅のプラットフォーム。

 赤いマフラーに顔をうずめて立ち尽くす少女に、僕なりの自己満足を告ぐ。


『まず、君は死神の姿が見えていたみたいだ。それは直接そっちから聞いたね。仁愛は僕よりも前に死神に出会ったことがあると。その死神が記憶を残したまま、どこかへ行ったんだと』

「…………」

『――坊主っ。急に慌てて、どこに……』


 死神兄さんが駆け込んできた。追いかけてきてたみたいだ。仁愛は死神兄さんの方をしかと認めた。そしてすぐに、無表情に戻った。半開きの瞼は、笑顔に満ち溢れていた少女とは別のニンゲンとも印象付いた。


 死神兄さんもまた、仁愛に視線を送る。目を合わせて、ちょっとだけ首元を見ては元に戻す。次いで僕に視線を投げかけてきたが、それ以上は何も言わなかった。


 無言は了承の意だと汲み取って、僕は独擅場で語る。


『次に、君は一回怪我をした。僕から言わせてもらえば、明らかな死を逃れた結果の怪我だった。……それはともかく、怪我の治癒があまりにも早かった。ニンゲン技とは思えないほど。勝手に治ったとは言われたものの、僕には納得がいかなかった。でも、仁愛を観察し続けて、一緒に過ごすようになってから、それが仁愛にとっては普通なんだと思い込んでしまった』


 マフラーを小さな右手で握ったまま、仁愛は目を逸らす。


『ある時、ちょっとしたきっかけがあったんだ。普通が普通じゃないと思い返せるような、そんな話を聞いた。そして、僕は一つの仮説を立ててみた。死神の死を超えるなんて、もしかして、死神以外の力が作用したんじゃないかって』


 一呼吸置く。この場にいたは終始無言で耳を傾けていた。


『僕の仮説。それが、生神の存在だ。死神の死とは相反する、ニンゲンに生を全うさせる存在。死神ぼくたちがニンゲンに死を贈るように、生神は生を贈る。正しくは、死から遠ざける、と逆説的に表現するべきかな。死はどこにでも点在しているし、また、死神によっても導かれる。それを相殺する役割のあるのが生神だ』

「…………」

『……坊主。お前、何を言って……』


 死神兄さんの声は少しだけ震えていた。信じられてないのかもしれない。仮の話だとしても。だが、僕だってそうだと思わなきゃ、今までのことが納得できないのだ。


『そしたら、僕には納得できなかったことが段々埋まっていったんだ。僕もこれが正しいとはすぐに思わなかった。事実、まだ本当なのかはわからない。仮定の段階。生神がいれば死から遠ざかる。日常じゃそんな唐突に事故なんかには遭わない。大きな決定因子には、相殺されるか、力関係でどちらかが勝る。僕が見習いという観点も踏まえれば、仁愛が怪我をしたという形に収束したのも納得がいく。その怪我も悪化せずに短期間で治った。そして君は、過去にも似た経験があったのじゃないか?前に出会ったという死神も、それがわからずに去ってしまった。生神は、死神には見えない存在なのだろう。それもそうだ。生と死。水と油なんて喩えじゃ生温いほど、真逆のもの。街中で出会ったら喧嘩どころかこの世を巻き込んで戦争だって勃発するだろうね。だから、お互いが隠されたんじゃないかなって』


 でも、その異常は現れてしまった。


「……今日のしにがみさんは、おしゃべりだね」

『……それもそうだな』


 仁愛は否定をしなかった。肯定もしてない。ほんとは、何も知らないのかもしれない。巻き込まれただけだっていう可能性もある。


『坊主……。お前は、こいつが生神だと思ってるのか……?』


 死神兄さんの台詞に、僕はすぐには首を縦に振らなかった。


『仁愛は、初めは巻き込まれたんだと思う。生神と死神が関わってるだけのただのニンゲンだとも考えた。……それだと、僕が抱えている疑問が一つだけ解決されてないんだ』

『疑問?なら、さっき坊主は納得してたじゃねえか』


 違う。僕にはわからないことが一つだけ、ずっと残っていた。


『……これは、死神達ぼくたち側の問題かもしれない。仁愛が、どうして君から“誤った生命”反応を見せているのか、ということだ』



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