『 』残り時間 100/07
『――‟死神”以外の存在、ネェ……』
随分と過去に遡る。
僕の問いかけに蛇姐さんは静かに復唱していた。隠しきれない口角が嬉しそうな反応を示している。
『急になんでそんなことを気にするのかしラ?』
『いいじゃないですか。最後の質問に答えられないのであれば、僕もこれ以上は聞きません。ですが……何かご存じみたいですね』
『アラ。顔に出ちゃってたかしラ。顔なんてとっくに消したつもりだったのニ。これは良くないわネ』
『知っていることを、話してください』
あの時の僕は、とりわけ深く考えてもいなかった。
蛇姐さんは死神兄さんよりも大先輩な死神だ。死神兄さんからじゃ聞き出せないこともあるかもしれない。昔、疑問に思ったことを投げかけてみたのだ。
その一つの思い付きが、僕の考えを大きく変えるものになるとは当時は思いも寄らなかった。
『“死神”以外の神様ってことでショ?それは勿論いるわヨ。私達の生みの親の<世界>だってそうじゃないノ』
『<世界>……。死神の死を決定してくれる神様ですね。僕は知っていても見たことがないです』
存在だけが知らされている死神の諸元にして全ての決定権を持つ神様――<世界>と呼ばれる者。どこに住んでいて、どうやって僕達死神が残した傷跡と『死』とを結びつけているのかまではわからない。だが、どこにでも存在はしており、どこからでも役目を働き、そしてどこにも姿は現さない。
『<世界>の他には?死神以外の存在はいないのでしょうか?少なくとも、たった70年だけでは見たことがないです』
『さあネ。いるんじゃないのかしラ』
『何故、未だに曖昧な答えをするのでしょうか?』
『坊やが言う通り、死神から見えることはないからヨ』
『なるほど』
『……そう言えば、一度だけ<世界>を見たことはあるわネ』
『えっ』
蛇姐さんは『アラ。つい喋っちゃいそうだワ』と小さく呟いた。
『目の前で他の子が生まれる瞬間を目撃したとか私からは言えないわネ。その時はすぐ隠されちゃったケド。いつだったかしらネェ。ウフフ、久しぶりに思い出しちゃうとつい口から漏れちゃいそうだワ。ウフウウフフフフ……』
『そうですか。情報、ありがとうございます』
『アラ。私は死神から見ることはできないとしか言ってないワ。それも、存在しているならばネ。私は坊やより長く過ごしてきたおネエさんだから、そうと言い切れるワ。他には何も喋ってないと思うケド。万に一回でもうっかり口を滑らせるなんてことをしたなら、ばれちゃってるわネ。ウフフ、ウフウウフフフフ……』
『それで十分です』
『これ以上喋っちゃうと、坊やに身包みごと剝がされちゃって襲われちゃいそうだワ。イヤン……ッ』
『でも、強引なとこ、嫌いじゃないわヨ』とぼやいてから、すぐに姿を消し去った。前みたいに、スカートのように垂れ下がっていた蛇が大きく翻り、うねりながら自身を喰らっていた。
『死神以外の存在……<世界>…………』
僕の独り言に答えてくれる者は既にいなかった。
『<世界>から、神様が生まれる……』
ぱっと思い付きの質問だったが、有力な情報が得られた。
死神は神様――<世界>から生まれる。同様に、他の神様だって生まれてくるはずだ。
『見えない……いや、待てよ。見えてないのは勝手な判断でもあって、相手からは見えてる可能性だってあるのか』
<世界>なんかが良い例だ。
僕が仕事をほっぽった(わけじゃないけど)その時、<世界>は僕の元へと急にやってきた。実際には、そんな記憶があるかも程度で、怠惰の罪としての恐怖を植え付けられたと言った方が正しいかもしれない。これからはサボっちゃダメなんだって、心に刻み込まれてしまった。
これだって、本来お互いが見えてなければバレないはずだった。でも、<世界>は僕が働いていないことを知っていた。
『死神には見えないというより、気付けないといった表現が正しいか……?』
思考を言語化してさらに巡らせる。
『蛇姐さんの証言を信じるならば、<世界>は
死神は他の死神を視認することができる。狩場を争うことがあって、その争いを避けるためにも。
見せられない理由として何が挙げられるだろうか。死神にはメリットではないデリケートなところだろうか。
『死神以外とは干渉を避けるためだろうか。別業者へと変に介入しちゃうのは齟齬が生じちゃいそうだし』
死神は死神だけで全うすればいいということか。
『もしくは、逆に――……』
逆に。何だろう。
ふとした思いつきで引っ掛かりを感じた。
何が逆なのだろうか。
干渉?介入?違う。もっと、大きい大前提がある気がした。
『――……死神』
死神の存在。“誤った生命”に『死』を宣告する者。
そうじゃない存在がいたとすれば?
『――……
生神の存在。正しき生命に『生』を延ばす者。
そんなものが、この世に存在してしまうのだろうか――。
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