『 』残り時間 XX:XX
『――仁愛っ!』
駅のプラットフォームにあたる場所。毎日のようにデンシャと呼ばれる鉄の箱がニンゲン達を運ぶために出し入れされる地。その箱にニンゲンを乗せるため、ニンゲンの足場は少し崖と呼ぶには浅すぎる段差のようなところに位置している。そのプラットフォームの段差の上に、少女――仁愛は独り突っ立っていた。
小さな影。小さきニンゲン。いつもの紺色の制服に、今日は赤いマフラーを身に着けている。僕には遠目からでもすぐにわかった。
「しにがみ、さん……?」
力無く仁愛は答える。
「なんか、久しぶりね」
『……ああ』
呼吸を整えて、ゆっくりと応答する。
仁愛の言葉には、どこか熱が冷めたようなものを感じ取れた。
「いつもはお部屋で起きるまで待ってて、着替え中も覗かれようとして。一緒に登校して、ガッコウで別れて、でも終わったら迎えに来てくれて。そして一緒に帰って、また離れて。ご飯食べて、おやすみして。何年もずっと暮らしてたわけじゃないのに、当たり前のような生活になってた」
『……そうだな』
「時には変なこともあったり、気まずいこともあったり。あっという間だったね」
『何が、言いたい』
僕がやっと口に出せた言葉はそれだけだった。そうじゃない。聞きたかったことはそれじゃないんだとわかっていても、まだ思い切りがつかなかった。
「懐かしみを憐れんでたのよ。情緒に触れさせてもいいじゃん。もう二度と味わえないかもしれないんだから」
『何をしようとしてる。まさか……』
僕にはなんとなく識ることができてしまった。彼女は今、とてつもなく『死』に近づこうとしている。
『君は死ぬべき存在ではない』
「しにがみさんが止めるの?なんか、面白いね」
仁愛がクスっと笑った。どこか切なげだった。
「しにがみさんとの生活は楽しかったよ。いつもと違って。でも、やっぱりわたしはここにいちゃいけないんだって。二度もしにがみさんと出会って改めて知ったの。だから……邪魔をしないで」
一歩、崖に近づく。咎めようとするニンゲンはどこにもいない。
『待って、仁愛』
ニンゲンの代わりか、咄嗟の反射か。死神であろう僕が、仁愛の死を止めようとしていた。
『僕は君に、言いたいこと――いや、言わなければならないことがあるんだ』
「……何よ、今更。告ったりなんて、しないでね」
『告白、か。僕が伝えたいことは、そうかもしれない』
「…………」
仁愛の目が一瞬だけ大きく見開く。それはすぐに元に戻った。
「初めて――いや、二回目だっけ――会った時にも言ってたね。今度は、きちんと言ってくれるの?」
冗談交じりの仁愛の言葉は、僕が理解するには困難を有した。
『多分、違う。僕は、君がどうして死なないのかについて、僕なりの解釈を聴いてほしいんだ』
「……そっか」
これは自己満足だった。
推論の域を出ない。一人の死なない少女について。
答えは導き出されなくたっていい。自論の正誤だけわかればよかった。
もう一度、肺に空気を循環させる。生理現象がいらなくても、こうすることが一番落ち着くんだって僕の無い身体が告げていた。
呼吸はやがて、口から言葉となって出てくる。
『仁愛。君は……君という存在は、そもそも、ニンゲンではないと僕は結論付けている――』
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