『刺客』残り時間 -65:51
僕を通り抜けたダガーナイフは、全速力で走りながら振り返った男の目元を深く抉った。
「うわあぁ!?なんでぁ、前が見えねぇ!」
男が自分の身に起きたことを認識する前に、続けてもう二、三本のダガーナイフが男の喉元に刺さる。遅れて脳天を貫いた一本が、男の身体をそのまま倒した。
『――よっと』
流れるような動作で、一つの影が男の腹を脚で踏みつけた。踏める足がないせいで、足首が刺さってしまっているようにも見える。足首から下がない死神はこちらを一瞥した。
『……うん』
『あいよ』
言葉数少なくとも、目の前に現れた死神兄さんには伝わった。このまま僕がやる理由もない。すぐに処理する方が良いと死神兄さんも英断したのだろう。死神兄さんが、首輪状に取りついた首元に大鎌をそっと構える。抵抗しようと、男が死神兄さんを掴もうとするが、その手には何も握ることができない。
『あぁ、ゔわぁあっ――…………』
断末魔は叫ぶことすら忘れてしまった。
切り上げの時に死神兄さんは首元についていたダガーナイフを一気に宙へと舞わせた。それを華麗に全て空中で受け止める。本数を確認してから、ローブの中に仕舞っていた。男の額に刺さったダガーナイフは自然と消滅を始めていた。
『ありがとうございます』
『……珍しいな。こんなヘマを犯すなんてな』
『そうですね。僕の実力不足です』
男の元へと近づいてみる。右腕を上げたまま、男は固まっていた。口から溢れたよだれが静かにダラリと垂れる。奪っていた革製品も転んだ際に落としてしまったのだろうか。僕にはあまり価値があるようには見えなかった。
『坊主が追っていたのは、この男だったのか?違うよな』
『違います。先程見つけた者です』
『……だな。俺はたまたま騒ぎを見かけてきたもんだが、何があったんだ?』
『ただ僕が逃しただけです。ニンゲンを侮ってました』
『そうか、そいつは災難だったな。ところで坊主、一つだけ気になることがあるんだが。今追っていたのはどうした?』
死神兄さんの方へと振り向く。追っていた者とは、以前会った時に会話した時の内容だろう。地べたに転がっている男とは別の、僕の
『まだ死を確認できてません』
『……なんか、今日の坊主はちょっと変だな。何かあったのか?』
怒っているわけではない。純粋に疑問を覚えたのだろう。死神兄さんには隠し通せなかった。今まで黙っていただけだが、これまでの経緯について語る必要がでてきた。
僕は素直に口を開いた。とある“誤った生命”に出会ったこと。少女仁愛のこと。模範的な日常を送る少女のこと。未だに『死』と結びつかないこと。時刻にして500時間近く程にまで達しそうなこと。死神兄さんは無言で頷いたまま、最後までしっかりと聞いてくれた。
『……なるほどな。坊主、もしかしたら、新しい伝説を作っちまったかもな』
死神兄さんは最初にそう答えてくれた。乾いた声で笑った。僕を元気づけようとしてくれたのかもしれない。僕は複雑な気持ちになった。
『死神兄さんは、あの427時間生きたニンゲンのことや、その時の死神のことは存じてますか?如何様にして生きて、そして最期はどうだったのかって』
『流石に自分で経験したわけでもねえからな。俺が見た中で四日くらいだったかなぁ、長くても。噂程度だし普通に死んだんじゃねえかとしか考えたことねかった』
『そうですよね。知ってたら話しますからね』
『ただ、死ななかったニンゲンが今までにいないんだ。死ぬにせよ老衰、なんてオチは――坊主が追っているのが少女っていうなら尚更――流石にないとは思うが。まさか、首に傷をつけわすれたなんてことも』
『何度も確認してます』
『だよなぁ。まぁ坊主のことだし、そこはしっかりしてることは信用できるな』
『その少女を見てほしいですが、“誤った生命”反応は死神兄さんにはわからないんですよね』
お、良く知ってるな。教えたっけと死神兄さんは嬉しそうに言った。蛇姐さんからの情報だとは言わない方がいいだろうか。ここは相槌を打っておいた。
『これだけは断言できる。過去に長引いた事例もあるし、現にたまたま坊主の標的が最長記録を更新している。だが、必ずや
死神兄さんの目は笑っていなかった。これだけには絶対的な自信があるのだろう。死神の尊厳とも言える。これが失われてしまっては、死神としての存在意義が無くなるからだ。
僕は目を逸らした。死神兄さんを見つめることが少しだけ慄いてしまった。僕は何かに怯えてるのだろうか。これは、少女の『死』だろうか。
だが、僕にだって尊厳もある。死神として、仁愛に『死』を宣告するべきであると。
視線を落とすと、転がっていたものが視界に入った。生を受けているこのニンゲンが余命を過ごすために復帰するには時間がかかりそうだ。僕は少しだけ屈んて、顔についていたそれを一つ、右手に収めた。
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