『延長』残り時間 -24:49



 あれから一日が経過した。


 朝日はいつものように仁愛の全身に浴びせるような光を注ぐ。残り時間の制限を解き放った少女のルーティンは相も変わらずであった。すぐに着替えを済ませて外に出る。


 襟がしっかりとしたブレザーをぱたぱたと払う。仁愛は階段のステップを軽はずみで降りて、ツウガクロへと入った。


 [ジテンシャからの突撃による脳震盪……0.00%]

 [クルマの介入による全身衝突……0.000%]

 [通り魔の存在……0.00%]


 仁愛がこちらを振り向いた。今日は僕はそんな気分ではなかった。首を横に振る。仁愛は不思議そうな表情をして、ずっと後ろ歩きしてから、ようやく前に戻った。このときも、危険は現れなかった。


 ニンゲンが少ない通り道。ジテンシャもクルマも入ってくる気配はなかった。蛍光色のベストを羽織う老いたニンゲンは、暇そうに足元にあった小石を蹴る。仁愛は「こんにちはー」と流れるように声をかけてはそそくさと歩いていった。


 鎌をかけた時間は最早意味を成していない。強いて言うならば、仁愛と出会って450時間が経った。仁愛は、あとどのくらい生きていくのだろうか。


「やっほ」

「あら、おはよう」


 大通りを真っ直ぐ進んだ校門手前で、仁愛は別のニンゲンまで駆けていった。僕が傍にいなかったからだろう。登下校途中でニンゲンと会話している姿は久々に見かけた。

 二つの姿はそのまま玄関に吸い込まれていった。


 ガッコウに入ってしまうと、僕は何もする術はない。探検もしつくしたし、外在的要因も調べつくした。それでもなお、彼の少女には何も訪れないのだ。隅々まで掃除された部屋のように、余すところない。


 こんなことが実際に起こり得てしまった。450時間前の僕は、それを予想できただろうか。いや、それよりももっと前、例えば前回の仕事の時にだって考えたことがなかった。死神の『死』の刻印が、未遂であることに。


 だが断言するには早計だとも考えていた。僕はいたって冷静だ。


『……そういえば』


 冷静になると、別のことを邪推してしまうのは僕だけだろうか。


 ふと、思考に耽る。仁愛に鎌をかけたが、仕事は完了していない。この任務は完了してやっと認められる。これでは、僕はずっと仕事は完了しないまま仁愛を観察する者になってしまうのだろうか。


 いや、待てよと思い返す。以前僕は仕事をあまりにもほっぽっていたら怒られたではないか。この場合、僕が仕事を完了したのは約五ヵ月前になる。このままでは、再度上から御叱りを受けてしまう。


『まずいんじゃないか……?』


 もう一度あんなに怒られてしまうのは御免だ。きちんと責務を果たさねばなるまい。

 だが、どうするのが正しいのだろうか。僕は確かに一人のニンゲンに鎌をかけた。見えない傷痕だってきちんと残したのだ。それが未だに完遂してない。もう一度、今度は別のニンゲンに手をかけておくべきだろうか。


 冷や汗が垂れる。そんな表現が適切だろうか。今までにない事案なのだ。早急に、別のターゲットを探す必要がでてきたかもしれない。もしかすると、次のニンゲンもまた同じく『死』に至るまでの経過が長くなるという恐れがあるのだ。長くても三日程度の経過観察が崩されてしまった。

 仁愛の『死』を確認できれば早いのだが、それを待っていて今に至るのだから。


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