『噂話』残り時間  125:51



 仁愛の就寝を確認して、僕は現場を離れた。相も変わらず彼の少女に死が訪れる様子もない。それが当たり前になってきたここ数日から、夜中は観察をやめて散歩することが多くなった。


 夜風にフードがたなびく。そんなことはないんだけど、一緒に揺らしてみるとなんだか実感がわいてちょっとだけ楽しい。生後五年目にして見つけた遊びだ。久方ぶりにやってみると、子供心というものだろうか、突然はまっては日が明けるまでやってしまうものだ。


 そんなこんなでも僕は死神兄さんを探しに出回った。遊んでいる間に時間は刻一刻と過ぎていく。僕達死神にとってはなんてことはない時間だが、ニンゲンにとっては大きな一秒だ。一人のニンゲンの死へのカウントダウンが始まった今、あまり時間は無駄にはできない(でも遊びたいときには遊びたいよ)。


 死神兄さんは動物狩りの死神を探していると言っていた。僕は20年ほど前からこの地域で活動させていただいていたが、未だ見たことはない。

 仁愛が見かけたという他の死神の存在。聞けるとしたならば、僕以外には動物狩りの死神が適正だろう。死神は『狩り場』の確保のため、転々とする者も少なくはない。僕は生まれて70年の若輩者。ずっと居を据えていた先輩であれば、情報を持っていそうだ。


 死神兄さんがこちらにやってきてもう一週間は経過していた。僕は仁愛の動向を追いかけることに夢中で探してはないが、狩りをするつもりもないと言っていた死神兄さんならもう見つけたのではないだろうか。もしかすると、既に一緒に談笑していたのかもしれない。


 その後ろ姿を見かけて、期待を込めて高らかに呼びかけた。


『死神兄さん!』

『おっと……。この声は、坊主か』


 死神兄さんは勢いよく振り返って、無い目を大きくかっ開いてた。おもてはすぐに疑問を浮かべ、疑念の目で僕を見つめる。


『まさか、坊主か?いや、明らかに違うよな』

『……どうしたのですか?』


 悪ぃね、と死神兄さんは歯切れ悪そうに呟く。


『あれから探してみたんだが、どうにも動物狩りの死神あいつが見つからなくてね。他の死神がいる気配がしたんだが……動物狩りの死神って感じじゃねえ。ここ数日前から、俺から言わせてもらえば、異様で異質な悪い予感ってやつがビンビン喚いててありゃしねぇのさ』

『他の死神……』


 仁愛が言っていた、僕に似ているような死神のことだろうか。


『それか、もしかして。あの死神かな』

『おっ、坊主。もしや動物狩りの死神を探してきてくれたんか?』

『僕は探してないんですが……死神兄さんと別れてから、僕は一度だけ別の死神に遭いました』

『……ほう』


 死神兄さんの表情が、話を続けろと促していた。


『女型の死神でした。顔がほとんど朽ちていて、ドレスのような恰好でした。服には蛇が纏わりついていて、というよりも服自体が蛇そのものみたいでしたね。かなり幾百年も、もしかすると死神兄さんよりも幾千年も永らえた上位の死神かもしれません』

『女型、それに蛇のドレス……』


 お前まさか、と死神兄さんは震え声で問いかける。


『“蛇姐”に遭った、というのか?』

『“蛇姐”?』


 死神に名前はないが、死神兄さんは『そうだ、そいつは間違いなく蛇姐だ』と女型の死神の名を連呼していた。


『出遭ってよく無事だったな。噂だけの存在だとは思っていたが、まさか実在するうえに、この地域にまで来ているとはな……』

『不躾かもしれませんが、その“蛇姐”と呼ばれている方は、有名な死神なのでしょうか?』

『有名っちゃ、有名だな。悪い意味でな』


 死神兄さんは悪名高き“蛇姐”という存在について語りだす。


『坊主、お前の言う通りだ。俺よりも何千年も先に誕生した、女型の死神。そいつのことだろう。坊主にとっちゃ以外かもしれないが、女型の死神ははるか昔から存在はしていた。そのうちの一神ひとりでもあり、現存している女型の死神でもある。女型っつーても、身体的特徴がニンゲンの女性体に近いってだけで、俺らにだって“力”があれば作れる。だが、誰もそうしなかった。何故かって?――ある女型の死神を残して、他の女型の死神が一斉に視えなくなったからだ』

『視えなくなった……消えたってことですか?』

『少なくとも、坊主が生まれるよりも多少なりとも前から、確かに俺は見たことがない。ある女型の死神っていうのが、その“蛇姐”だ。蛇を身に纏う女型の死神なんざ、唯一無二でそいつしかいねえ。そっからは噂にすぎねえが、“蛇姐”が他の女型の死神に嫉妬して消し去っただの、喰っただのっていうのが今のところの情報だ。確実なものは知らされてないが、“蛇姐”を除いて実在していないのは事実だ。狩り場の確保で争うようなくらいの死神だが、流石に一神だけ女型の死神が残されたってなると、気味悪がって誰も近づこうとはしねえな。遠い風の噂だし、存在していたであろう狩り場がかなり離れているって聞いていて気にしたことがなかったが、まさかわざわざここまできていたとはな……』

『き、消えた死神は……どうなってしまったのでしょうか?』


 さあな、もういねえんじゃねえの。死神兄さんはそのあたりだけざっくばらんとしていた。


『そもそも個体数もそう多くはない死神だ。噂が流れてから、逆に数が減ったことで仕事が捗るって不謹慎にも喜んでた死神もいた。もしかすると女型の死神が“蛇姐”以外に報告がなくて作られた逸話かもしれないし、な。ニンゲンの趣味嗜好みたいな特徴を持つ死神がいたならばやりかねん。俺は若干そうだと信じていたが、まぁ今に至っては坊主から実在を聞かされて半ば混乱しているさ』


 あ、それともう一つ。死神兄さんはぱっと思い出したかのように軽く呟く。


『俺らよりも幾千年もはるか昔に生まれたであろう死神ってのは秩序が保ってなくてな。割と自由に行動できるそうだ。要するに、ルールを破ってニンゲンの首を狩ることもできなくはないってな。昔、それで大きな事故が起きてしまったなんて話もあったくらいだ。ははっ、まぁ一度遭った坊主に言えたことじゃねえが、気を付けろよな』


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