『兄弟』残り時間  317:51



『あっ、死神兄にいさん。お久しぶりです!』


 その姿を見かけて、すぐさま僕は駆けつけた。投身が細長く、凛々しくも空中に佇む姿勢。足首から下はとうに欠けており、フードは完全に外しているため骸骨頭が丸出しだ。軽やかに風になびくようなローブの内側には、ダガーナイフがびっしりと詰まっていることも知っている。


 死神兄さん。僕がそう勝手に呼ぶ存在であり、その名の通り僕が義兄のように慕っている先輩死神だ。死神同士に血の繋がりはなく、ニンゲンでいう家族関係とはまた少し違うが、僕に『仕事』を伝授してくれたのは死神兄さんだった。死神兄さんの『仕事』は、無知の当時から見ても手癖の塊のようであったため、覚えるのに苦労した。


『よう、坊主。俺も声を掛けようと思ってたところだぜ。元気だったか?』

『元気って……死神ぼくたちは何を基準に元気って言えばいいんですか』

『はっは。坊主は変わってないな。ニンゲンはどの地域に行っても久しぶりに会った友にはこのように声を掛けることが多いんだ』

『へぇ。これもまた勉強になります』

『ったく、いちいち大袈裟なんだから』


 照れ臭そうに死神兄さんは頭蓋骨をコリコリと掻く。


 そういえば、と思い出しこれまでの仕事について伝えた。


『一人でも続けることができました。やっぱり、かっこよく決めると清々しいですね!この間だって難しい台詞を入れたら、これは決まったって実感しましたし』

『お、おう。俺がちょい前までやってた技、まだやってたんだな……』


 死神兄さんが何か独りごちる。僕には上手く聞き取れなかったが、取り繕うような咳払いをして話が流された。


『そうそう、そうだ。坊主にも会いたいとは思ってたんだが、もう一神ひとりの姿が見えてなくてな。俺はちょっとそいつも探してたんだ』

?』


 あれ、知らないのかと死神兄さんは首を傾げた。僕は20年程このあたりを居住としていたが、他の死神を見かけたことは全くない。


『すぐにわかるようなやつなんだが。そいつは動物狩りの死神で――』


 こんな感じに毛むくじゃらでな、と身振り手振りで特徴を告げてくる。僕にはその姿に一切の心当たりがなかった。


『いなかったかと。それに、ここら一帯で僕が見つけた“誤った生命”反応は一度も消えたことがなかったですよ』

『いいや、そいつはニンゲンを狩らないやつなんだ。他の生物を、な。ニンゲンはニンゲン以外の別の動物と生活することがある。その動物はニンゲンほど知恵や知能がないが、ニンゲンを主と認めて共同生活することで守られていると感じているそうだ。見たことはあるだろう』

『確かに、一緒に住んでいるところは見たことありますけど。でも、それとどう関係が?』


 そこがそいつの面白い着眼点でな。そう言って死神兄さんは続ける。


『ニンゲンが自ら望んで共存しているが、知恵や知能がないためか、稀に逸脱してしまう動物だっていてしまう。主であるニンゲンを殺めるような、自然の理に反する可能性もな。つまり、ニンゲンと共存しているが“誤った生命”になりうる動物ってなわけ。それ専門の死神が、動物狩りの死神ってやつだ。別にニンゲンを狩ったってもいいらしいぜ。なんなら逆に俺らがやろうと思えばできなくもない。これだけでやっていくとなると、なんせ専門すぎて活動圏をだいぶ広げないとやっていけないだろう。だがそいつ、ちったぁ奇妙でな……って死神同士言える立場じゃねえが、ニンゲンを狩らないって昔宣言しやがって。そこからほんっとにニンゲンには手をかけたことがねぇんだ』


 死神兄さんは遠い目でふっと微笑みかけていた。僕にはその年月が計り知れないことだけしかわからないが、ニンゲンでいう親友のような存在であることは十分に知れた。


『ここが穴場だって伝えたのはそのことだ。死神は同じ狩場を好まない。仕事が減っちまうからな。それでそいつはニンゲンを狩らないから、ニンゲンを対象として仕事ができる坊主をここに配属させたってわけだ』

『なるほど。僕がここを他の方に追い出されなかったのは、その動物狩りの死神先輩のお陰でもあったのですね』

『お前が生まれる少し前くらいから、もうすぐ幕引きかもしれないってぼやいてたっけなぁ。仕事が段々減ってきたって。ニンゲンも増えて環境もガラリと変わった。俺にはよぅわからんが、あれから看取ることの方がほとんどとか言ってたし、移動したのかもしれねぇな』


 死神は狩場を確保せねばならない。収穫の見込みがなければ、それは必然的な行動だろう。


『いないならいないで自分で探そう。……そんなことより、だ』


 死神兄さんは僕に向かって指でちょんちょんとつついた。


『お前、ちゃんと働いてるんか?』

『な、何を急に……?』


 半笑いで死神兄さんは僕を見つめる。彼の少女の死が長引いていることがバレてしまったのだろうか。


『先程報告した通り、きちんと責務はこなしてます』

『いや何、昨晩深夜までずっとこのあたりで観察してたみたいだったが。“誤った生命反応”がここから河川の方向にあったことを知らなかったようだな』


 そうなの!?と僕は大声を出してしまった。


『全くわかりませんでした。仰る通り、観察をし続けていたもので』

『ほどほどな反応だったからな。気づいてなかったみたいだし、とっくにおこぼれは頂戴しちゃったぜ』


 僕の狩場で横取りをしてしまったことを言及しているのだろう。元々ここは死神兄さんの紹介の地である。それに死への誘導フラグはいわば早い者勝ちであり、危険な因子を早く摘むに越したことはない。

 だが、少女の動向を気にするあまり、他へと反応が鈍くなってしまっていたのは事実だ。これは不覚であり失態であった。


『まぁ、俺はしばらく動物狩りの死神を探すことに専念するってこった。刈り取ったやつも面倒見るつもりもない。ゆっくりニンゲンを探すが良いさ』

『大丈夫ですよ、今追ってるので』


 はは、余計なお世話だったな。死神兄さんは軽く笑い受け流す。


『刈り取ったニンゲンを観察しないなんて……死神兄さんには珍しいですね』

『そうか?確かに、坊主には死ぬまできちんと見てろよとは伝えたかもしれんが、長い間やってたらそんなに最期を看取るようなことは少ないぞ』


 それに、と死神兄さんは続ける。


『この大鎌で首に見えない筋を入れりゃ、ニンゲンは必ず死ぬからな』


 断言するかのようにきっぱりと言い切る。当たり前だ。前々から知っているはずだった。だがその台詞は、未だに死を迎えていない少女を抱えた僕にはとても刺さる言葉でもあった。

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