『平平』残り時間 407:11
少女の朝は早くもなく遅くもなかった。
昇り始めた日の光が僕の身体を透過して部屋に差し込む。少女は普段のルーティンワークを回すように顔を整え、朝食を取り、白い衣に袖を通す。ふと日の光を見ては、やはり眩しいのか目を細める。窓は開かれたまま、遮光カーテンによって少女の姿は隠された。
暫くして少女は住処より姿を現した。整った襟のある紺色のブレザーを身に纏い、折り目がくっきりとあるスカートが舞っていた。小さなごみ袋を抱えては、指定されたであろう場所へと丁寧に運ぶ。途中道で出くわしたニンゲンの老婆を見かけては、同じごみ袋を代わりに受け取り同じ場所へと置く。「いつもありがとうね」と少女は感謝された。
[異臭で卒倒し気絶後窒息死……0.0%]
鎌をかけてからもうすぐで一日が経過する。経験則とはなるが、大抵のニンゲンは鎌をかけて24時間が経過するタイミングで一気に死への可能性が高まる。普通は真夜中に業務するためいつもとは感覚が異なるが、その死への可能性に関しては変わらないだろう。長くて3日程の命だ。一日経つまではまだ時間があるが、もうすぐで僕の業務は完了するであろう。
だが、ここまでの段階に来てもなお“誤った生命”についての情報が何も得られなかった。至って普通の少女。今はスキップ気味に歩道を歩んでいる。ツウガクロと呼ばれる道でもあり、例のニンゲンによる創造物クルマが入れないとされる安全な歩道だ。異例として暴走し突入するクルマもあるが、上空から眺めていてそのようなことが起こる気配は一切ない。『外在的要因』による死の可能性は高いにせよ、それが少女へと結びつく点へとはまだ辿りつかないようだった。
[ジテンシャからの突撃による脳震盪……0.07%]
[クルマの介入による全身衝突……0.2%]
[通り魔による逆恨み……0.0%]
少女はおぼつかない様子で歩いていた。その様子を見て、ツウガクロに立つ蛍光色のベストを着たニンゲンが「キョロキョロしてちゃ危ないよ」と窘める。ごめんなさい、と素直に頭を下げる少女。その後は再び軽はずみの歩調で大通りに差し掛かった。
少女の紺色に纏う衣と同じ衣のニンゲンが現れ始めた。そのニンゲンらは、みな同じ一つの四角い建物を目指している。
「おっはよー!」
「あら、おはよ。早いのね、今日は」
「そう?いつも通りだよ。アハハ!」
「な、なんかやけに元気ね」
少女は別のニンゲンと会話しながら目的地へと進んでいった。歩道の横を、大きなクルマが通り過ぎる。ジテンシャを漕ぐニンゲンが後ろを追う。そこに一切の危険は生じず、普段とは変わらぬ日常が流れていく。
目指した先はガッコウと呼ばれる教育施設だ。多くのニンゲンは生涯の約四分の一程の時間を有してまで、このガッコウにて先人より知育を受ける。ニンゲンによってはさらに自ら時間をかける者もいるという。これも生命活動のためとは聞くが、ここまでとは当初は信じられなかったほどだ。他の生命体と見比べてもなお、食と性以外を求める崇高な生物はいないだろう。
[ガッコウの倒壊による下敷き……0.0%]
ガッコウには同じ年頃のニンゲンが多量に集う。そのほとんどが個に対して関わりがない。争いは起きそうなものなのだが、これといって大事が起こることはほとんどなかった。
[階段からの転落……0.022%]
少女の姿は玄関へと吸い込まれる。別のニンゲンもまた一緒に付きまとい、階段へと向かう。会話が弾んでいるのか、少女の歩調はとても軽い。躓くような様子は無かった。
ガッコウの最上階まで登り、少女は共にしていたニンゲンと別れを告げ別の方向へと散った。とある一室へと入る。
ガッコウの教養であるジュギョウはもう間もなく始まった。ニンゲンが規則正しく整列している。少女は窓際の一番後ろの席に退屈そうに座っていた。
ジュギョウなるものを繰り返してニンゲンは知識を貯め込んでいく。このように真面目に聞くものもいれば、寝る者もいた。あの少女は、不真面目ながらも聞いているようであった。ふと、窓の外に目をおいやる。鳥か何か見つけて、パァっと目を見開いて、ニコッと笑った。視線の先はこちらの方向にあったように思えた。
[昼食時に毒物混入食品を摂取……0.0%]
[他のニンゲンとの喧噪による打撲……0.0005%]
鎌をかけてから24時間が経過した。それでも少女の身には何も起こらず、受動的にジュギョウを聞き流していく。退屈そうにしては、チラチラと外の様子を窺う。時折、ニコッと笑顔を見せた。それが何を意味するかは僕にはわからなかった。
ガッコウ内では比較的安全であり、現状『外在的要因』は人為的要因であった。この少女にはニンゲン関係において比較的安全な位置に類するように思われる。休憩時もグループの輪に入ったり、物の貸し借りの様子も確認できたりしている。異性間でまたニンゲン含む生命体は関係が変わるとのことだが、少女は元々異性に興味がないのか、異性からも何かをけしかけるようなことはなかった。
そんなこんなで少女のガッコウ生活の一日が終わりを迎えようとしていた。響き渡る電子音と共に、蜘蛛の子散らすように各々が別の目的地へと向かっていく。少女は独り、帰路についていた。
[ジテンシャからの突撃による脳震盪……0.14%]
[クルマの介入による全身衝突……0.5%]
[通り魔による逆恨み……0.002%]
歩行しながら少女は何かを探すように、空を見上げてはキョロキョロと見渡していた。傍から見ても非常に危ない様子だ。しかしそのせいか、向かってくるニンゲンは皆、少女を避けて通り過ぎていく。この地方特有の行動らしいが、ニンゲン同士による衝突を回避するのが上手だという。それを知ってか知らないのか、少女はずっと上を見渡しながら、途中信号ではきちんと立ち止まっていた。前方から来たクルマが大回りして少女を避ける。ジテンシャは、そもそも姿を見かけない。まるで、少女から危険が避けているような、そのようにも僕は読み取れた。
一方で少女は、探していたであろう何かを発見できたのかわからないまま、何事もなく元の住処へと戻っていった。
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