『観察』残り時間  425:43



 死神は観察することを好む。


 僕も例外ではなく、事前事後に関係なく経過を見ることが多い。ニンゲンは、時たま「誰かに見られている」と思うことがあるらしい。それは死神が興味か殺意か、はたまた怪しい反応を感じたかでそのニンゲンを観察していたからかもしれない。


 首に見えない傷を付けた少女の動向を僕は遠巻きにしばらく眺めていた。我ながらも突然鎌をかけたもので、少女がどのような生活を送り、どうやって日々を過ごしていたかは何も知らなかったのだ。

 僕は70年程しか活動はしていないが、幾ばくかのニンゲンの最期を見てきた。その中で、ニンゲンのいわゆる少年少女に該当するものは余り多いとは言い難い。先輩死神ならばなお数は多そうだが、そもそも少年少女には“誤った生命”反応を示すことが少ないのだ。


 ニンゲンの少年少女時代は活気盛んであり、健康体でもある。そのため病にかかる可能性はほとんどないといっても過言ではないだろう。元から病を患っているのであれば話は違うが、そもそも病人である少年少女が“誤った生命”である場合ケースが少ないこともある。

 要するに、強いて言うならば、『内在的要因』よりも『外在的要因』の方が可能性が高いと思われる。『外在的要因』とは誰しもが予測もできない死、例えば第三者によるクルマ等がもたらす事故死が該当する。


 この日は少女にとって休日のようであり、今『外在的要因』による死を迎える可能性は――隕石落下相当の悪運を呼び寄せない限り――ほぼゼロに等しいだろう。それでも僕は、この異質な少女を知るために、観察することを続けた。


 [調理時に包丁で自分を刺す……0.0%]


 鼻歌混じりに少女は台所へと向かい、おもむろにエプロンを腰に纏う。ニンゲンの三大欲求にあたる「食」を満たす行動を取るようだ。

 ニンゲンの「食」への拘りはとても大きい。中でもリョウリという行為でその「食」を贅沢に彩るそうだ。ニンゲンが生み出した包丁というもので食材を切り刻み、加熱や煮沸といった様々な調理法を取ってリョウリという創作物を生み出す。


 もちろん、その包丁は切れ味が良いほど多くのを斬ることができる。対象だ。ニンゲンがニンゲンを殺める際にもまた使われることがある。これがほとんどのニンゲンの住処にあるのだ。危険が身近にあるというのに、それ以上への「食」に対する執着が勝るのか、それを目的としてはほとんど利用されない。他の生命体には見ない生体でもある。


 ただ、その包丁で身を切り刻むには何らかの理由が必要であろう。少女は、あの時死を望んではいたものの、身近にあると知りながらも自害しなかった何らかの理由があるはずだ。今ここで、僕が死への誘導フラグを立てたからといって、急に思い立って包丁を自分の身に向けるなんてことはありえないだろう。

 その意図に従う素振りは見せることなく、少女は気ままにリョウリを続ける。野菜を切り刻み、鶏卵を割り溶いて、熱した平たい鉄の鍋に広げていく。きれいに舞うよう米を炒めつけ、器へと丁寧に盛り付けをし、後片付けまで流れるように終えた。嬉しそうにリョウリの創作物を見つめ、合掌してから摂取し始めた。凶器となりうるものは、既に少女によって安全な場所に戻されていた。


「はっふ、ほっふ……ん~っ。今日も上出来!」


 満足げな「食」の実感を覚える少女を遠目に、僕は観察を続ける。


 執行した当日に死を見たいほど僕は強く望んでいるわけではない。例え『内在的な死』の可能性がゼロとは限らないとしても、初日から死に結びつくほど世界はうまく動いてくれないだろう。


『そんなことより……』


 僕は“誤った生命”であるはずの少女の生活にしてはあまりにことを不思議に思えた。いたって平凡な、一般的なニンゲンの生活。少女は今、器を片して勉学に励んでいる。机で唸り続ける少女の何が、あのおぞましいオーラを放ったのだろうか。まだ半日も経過していないため、即断するには早すぎるか。そう考えつつも、ただただひたすらに日常生活している一人のニンゲンの子供を観察していった。


[シャーペンで首筋を刺す……0.0%]

[充電中のスマフォからの電気ショック……0.006%]

[睡眠時の無呼吸または圧迫による窒息……0.013%]


 死への可能性はどこにでも点在している。しかしながら、その点と対象へと結びつくにはなんらかのきっかけが必要とされた。それは首に見えない傷をつけることでもなく、死への誘導フラグでもない、決定的な何かだ。世界は丁寧に点を選ぶ。たった一点だけ。それだけで、全てが収束する。ニンゲンは一生に一死であるから。


 この少女はどのような死に際を迎えるのだろうか。コードが首に絡まってしまうのだろうか。はたまた、風呂場で昏睡し溺れてしまうのだろうか。


 あれからしばらく遠方より眺めていたが、やはりというべきか、少女は何事もなく一日を終えようとする。それはまるで、死には遠い退屈な日常のようにしか見えなかった。


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