『反応』残り時間  XXX:XX



 ――死神の仕事。一つ、場合に応じてすぐ済ませること。


 死神は限られた時間で『仕事』をこなさなければならない。別に誰かが決めたわけではない。偶発的にそうなっているだけだ。それは虫が光に集う習性があるように、夕立前の燕が低空飛行するように、一定のルールが存在していた。夜中のニンゲンが就寝する前、時刻でいうと22時頃からほとんどの死神が活発に動き始める。


 正直僕には細かい理由はわからない。ルールを逸脱してしまってもお咎めはないと聞く。僕はまだ見習い。生まれて70年ほどの生を受けた死神だ。70年という時間はニンゲンには一生に近い期間であるが、死神にとっては大地に若芽が生えた程度にしかすぎない。


 死神は神様から誕生する。その時大鎌を渡され、『役目』を告げられた。そこからは本能的に仕事をこなす。蛹を破った蜂が女王様に奉仕するのと似た感じだ(別に最上位の神様のところなんて用もない限り伺いにも行かないけど)。

 『役目』――大鎌を持って限られた時間内にターゲットへと姿を現し、目に見えない跡を残すこと。これは鎌を首にかけることによって刻まれるもので、それが刻まれた者は427時間以内には生命活動が急停止される。その終わり方は実に様々であるが、だいたいは老衰や発作による心肺停止、もしくは事故死という自然な結末に導かれる。


 ニンゲンの社会という世界が広がるにつれ、死際も様々に変化した。昔は事故死という環境干渉作用が多かったそうだ。現在も事故死は絶え間なく起こっているが、ここ数十年で急増したクルマという人工物による死はごく最近になって増え始めたらしい。さらには、ニンゲンの道具を使った多彩な方法で他者から死を贈られるという。ニンゲンがニンゲンを殺めていく時代。他の動物の習性とは大きく異なり、実に興味深いことではあるが、未だ見習いである僕がその変遷をこの目で見てきたわけでもないため、歴史の多くは知らない。


 その鎌がかけられて427時間以内という半端な数字は僕にも理解しがたいものがある。ただ、その痕を残されたニンゲンのほとんどは翌日かそのまた翌日か、長くて三日の命といったものだ。タイムリミットは当てにしない方がニンゲンには好都合だろう。死神に出会ったからと家族に会いに行く途中で事故死、なんてこともなりかねないので、遺言を伝えたければ紙にでも書いた方が確実で手っ取り早い。


 ……とは言っても、そんなことをするニンゲンはまず居ない。ニンゲンが、自分が明日死ぬということを予知できるわけがない。そのうえ、死神は姿こそ見せるものの鎌をかけ終えたら死神に出会った分だけの記憶も刈り取るため、そのことすら忘れてしまう。気づいたら死んでた、なんてことが起こるのだ。自然の摂理への収束。あの427時間というのは、鎌をかけられたニンゲンが過去最長に生き延びた時間であると言う死神かみもいる。過去に先輩がしでかしてしまい、ニンゲンにも死神の存在が知られてしまったようだが、噂程度で済んでるだけこちらもサクサクと仕事が捗っており、今のところ支障はきたしていない。そして、それはこの先にも影響は及ぼさないだろう。


 先の坊主頭の男であれ、そうであった。死のレッテルを貼られたら最期、男は知らず知らずのうちに恨みを買われ心の甘えを突けられ、通りすがりのニンゲンに容易く切り捨てられた。切り捨てた彼らもまた、この先次第では死神の鎌が近づくやもしれない。


 ちょうど三ヵ月程前の出来事だ。そう言えば、そろそろ僕は働かなければならないのだろう。


『……はぁ』


 正直、気が進まない。この地一帯はあまりにも平和すぎる。ニンゲンにとってはいいことなのだろうが、僕にとっては死活問題であった。

 時刻は22時と半分を過ぎようとしていた頃。死神たるもの動かねばならない。なんもしないで堕落的な生活を送ってもよい。しかし、それはそうと黙って放っておいてくれる程優しい世界ではなかった。この間だって半年程度お休みしたらこっぴどく忠告されたし、今回だってあまりうだうだしていられない。やらねばならないものはやらなきゃいけない。

 だからと言って、むやみやたらにそこら中の首をばっさばっさ斬っていくのは違う。死神の使命に反する行動だ。そんなことしたものなら、いや、そもそもそうできないように死神ぼくたちは動かされてる。


 絶好の『狩場』たるものは先輩死神らが居を据えている。『狩場』なんて言葉をニンゲンが聞くにはとても語弊があるが、僕達もまた生命バランスに貢献するべくそうしているのであって、善良な一般市民にはなんら危害を加えることはない。安心、なんて言葉を死神が言うべきではないだろうが、普段生活している分には何ら問題はないことだろう。


 つまるところ、僕には今何もできなかった。ぷかぷかと空を回っては、いつものように“誤った生命”の気配を探している。例の坊主頭の男を仕留めた別の男でも探そうか。


『…………』


 だがしかし、そう簡単にいるものではなかった。彼もまた運命に導かれるがままに殺めたのだろう。それが自然であると世界が決めたなら、この“誤った生命”反応は示されないであろう。


『そうそう、こんな“誤った生命”反応なんてないよー……』


 それは一瞬だった。

 光が迸るような、風が吹き抜けるような感覚。

 僕が理解するにはあまりにも早すぎたのかもしれない。僕は生まれてまだ70年程の死神。こんな経験は初めてであった。


『――っ!』


 何か、おぞましいものがいる。


『な、なんだ……?』


 だが、その気配もまた刹那にして消え失せる。

 辺りを見渡したが、あの感覚は戻ってこなかった。背筋をなぞられるような、死神が一切抱かないであろう悍ましい何かが。


 しばらく付近を探し回ったが、その気配とやらはどこにも見当たらなかった。超スピードで追い抜かれることはニンゲンの芸当とは思えまい。とはいえ、それは確然たるものとして、ニンゲンからの“誤った生命”反応であった。


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