第9歩 『子鬼王』

 気がつくと、私はそこにいた。

暗い部屋。

壁に点々と蝋燭の炎が揺らめいているだけで、他に明かりはない。


ーーー私は・・・・・・そうだ。レイさんがお屋敷にいらっしゃって・・・。


 彼が寝たのを確認し、自室に戻って、それからの記憶が無い。

ここが何処なのか、人はいないのか、確認するために立ち上がろうとするが、上手く立てない。

 腕が動かせない。

フラエの両手は背中で結ばれていた。

 硬い、ロープ。

とても、ほどけそうにはなかった。

なんとか、上半身だけを起こし、辺りを見回す。

 部屋は、かなりの大きさだった。

蝋燭はずっと奥まで続いている。

部屋、というよりは大広間、といった方が適当だろう。


 「うむ・・・・・・・・・うぅ・・・?」

声を出そうとしたが、上手く発せられない。

頬に布の用な感触。

フラエの口にはキツく猿轡さるぐつわがしてあった。

 ここまで来ると、答えは一つだろう。

自分は、誘拐されたのだ。

「んぅっ、・・・ふぅ・・・!」

背中を嫌な汗が流れる。

 誰に?何の目的で?

手を縛る縄を地面に擦りつけ、どうにか外そうと試みる。

その時だ。


ガチャンっ!


 大広間の奥の方で、何か、音がした。


ガチャンっ!


 まただ。


ガチャンっ!


音は段々と大きくなっていく。


ガチャンっ!


「ふぅ・・・・・・!うぅ・・・・・・・・・!!」


心臓がバクバクと鳴り始める。


ガチャンっ!


 そして、“それ”が現れた。


 蝋燭の光に照らされて、浮かび上がる“それ”の体躯たいくは、優に人間の大人の身長を凌駕りょうがしていた。

いや、そんな物ではない。

フラエの前に現れた“それ”は、例えるとすれば、民家1軒の高さ。大の人間2人半もの巨体をしていた。


「あぁ・・・・・・うぅ・・・・・・!!」


フラエの体が震え出す。

その震えを察したかのように、“それ”がニィッと『笑った』。


 ◆◆◆


 “それ”には自我があった。

通常、モンスターに自我はない。

本能のみで生きている。

自我がある。それは、つまり、簡単に言えば『強い』ということだ。

自我あるモンスターは戦闘の度に学ぶ。強くなる。

故に、他のモンスターをまとめ上げる王となる。


 “ゴブリンの王”。


 人々はそいつを怖れる。

そいつの獲物である棍棒は、一振りで家1軒を破壊するという。


 ◆◆◆


「ひっ、ふぅ・・・!!」

逃げようとするが、立てない。

フラエの目に、“ゴブリンの王”の持つ棍棒が飛び込んでくる。

フラエは理解した。

自分はあれで叩き潰されるんだ、と。

すっと、震えが止まる。


ーーーあぁ、私、殺されるんですね・・・・・・。

   でも、きっと一瞬です。

   あの、誰もいない広いお屋敷で一生を

   終えるよりも、いっそ、ここで殺された

   方が・・・・・・・・・。


  確かに、少女はこの後殺されるだろう。

だが、少女は知らなかった。

ゴブリンというものを。

なぜ、ゴブリンが女性を襲うのか。


 “ゴブリンの王”の背後から、数体のゴブリンが出てきた。

彼らは、フラエを取り囲んだ。


 「んっ?んぅ・・・!?」

そして、一体がフラエの着ていた衣服に手をのばした。


そのまま、容赦なく破り捨てる。


 「んううっっ!!んっ!?」

白い柔肌が露わになった。

頬が羞恥のあまり、真っ赤に染まる。

少女の白い長髪が扇情的に乱れる。


 そうだ。これが、ゴブリンが多くの女性を襲う理由。ゴブリンは、女性の貞操をやぶり、いたぶり、辱め、慰み者にする。


 「っ!!いあっ!!・・・・・・・・・!!」

手足をバタバタと振り回し、必死に抵抗するが、すぐに捕まる。

 一体の手が、フラエの胸にのびた。


 少女の目から、すっ、っと雫がこぼれ落ちた。


「うっ・・・・・・・・・んぅっ、うっ」

涙が後から後から出てくる。

それでも、ゴブリンは止まらない。

ゴブリンの汚れた手が、フラエの胸に触れようとした。

フラエは、ぎゅっと目をつぶる。

その瞬間ーーーーーーーーーー







「うあぁああぉぉおおぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおあぁあ!!!!」






 怒号と共に、ゴブリンの体が吹き飛んだ。

そして、フラエの体が持ち上がる。

ゴブリン達から離れたところで、フラエの体はもう一度地面についた。


 フラエはつぶっていた目を開ける。


 

 そこには、『彼』がいた。


 灰色の髪の奥で静かに燃える瞳で“ゴブリンの王”を睨み付ける【少年】の姿がそこにはあった。















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る