7 所信表明であります
8月8日。僕が淡風にやって来て、四日目の朝。
フーチューブに上げられた僕とフクジュの戦いは、既に一千万人の視聴者を越えていた。異能能力による無法な一幕はネットを中心に物議を醸し、異能者という存在の正邪へと発展し、形だけの同情と、SFめいた悲観論と、そして暴虐とも言える批難が動画の主人公に……つまり、僕に向けられた。死ねだのゴミだのダサイだのクサイだのという言葉の暴力はまだいい。事情を知らない人たちの誤解が絶対的な事実として定着し、謂われの無い憎しみを向けられることに、僕はただただ恐怖したのだった。
まるで巨大な津波のようだ。物理法則の赴くまま、圧倒的な質量で全てを飲み込んでいく。情状も尊厳も介入は許されず、僕の存在なんてちっぽけな石ころと何も変わらない。
そしてそれは、僕個人だけの問題では無かった。津波の勢いは止まることを知らず、やがては異能者全てを飲み込む大災害へと発展していくのだが……それこそまさに、あの大淀スバラシ会の策略の序章だったのだ。
13.3インチのノート型パソコンの前に、僕と
僕とフクジュが仲良く並んで座り、フクジュの後ろに左右、僕を肘掛けにする聖子という配置で、鑑賞会は始まった。聖子の腕の骨がぐりぐりと僕の肩に食い込んで痛かったが、どいてくれと言う間もなく動画再生が始まってしまった。
30フレーム/秒の映像が動き出す。画面には生真面目で几帳面そうで堅物っぽい……ブレザーの制服と眼鏡がよく似合う、学級委員長って感じの少女が一人立っていた。白い壁を前に真正面からカメラを見ており、どんな場所で撮影されたものなのか、情報らしい情報はどこにも無かった。壁と委員長。それがこの動画に必要な全てって事だ。
深々と、ゆっくりと、丁寧なお辞儀。
「……初めまして。大淀スバラシ会の広報担当、貝川歩と申します。私達の近況と活動を、動画を通じて元気いっぱいにご紹介していきます。不束者ですが、どうぞお見知りおきを」
早すぎず遅すぎず、聞き取りやすいハキハキした口調で貝川は自己紹介した。イメージ通りの実にしっくりくる口調だが、何が“元気いっぱい”なのかはさっぱり分からなかった。何の感情も介在していない、ただただ相手に情報を与える為だけに使用される言葉。表情筋は真顔だけを目的に緊張し、怒っているような印象さえ受けた。
「さて昨今、某動画サイトにアップされた異能者暴力事件の反響を受けて、異能者への批判は批判の範疇を超え、もはや“差別”とすら呼べる様相を呈しております。それも仕方の無い事でしょう。人間の限界を遙かに超越した暴力が日常のすぐ側に潜んでいる。そう考えただけで、怒りや恐怖が平穏を脅かすのは必至であります。
しかし、それと同じだけの負の感情が、異能者にとってもまた存在します。異能能力を持っているというだけで異端視され、当たり前の事を当たり前に出来ず、喋りたい事を満足に喋る事も出来ず……十代という人生において最も貴重な時間を“私達”は牢獄にも似た不自由な環境で過ごしています。
そう、“私達”です。
大淀スバラシ会は、大淀きらら代表を初めとした異能者の集りであり、歪な社会の様相に対し、多くの悩みを抱えた異能者達の代弁者として立ち上がった自治集団であります。異能者の方もそうで無い方も、一人でも多くの方に我々の意志と理想を知って頂くために、我々はこの動画を制作、公開するに至りました。元気いっぱい、楽しい放送を心がけ致しますので、お時間の許す限りお付き合い頂ければ幸いです」
貝川は無表情にダブルピース。“ピース”の記号的意味合いをこれほどまでに無に帰す事が出来るなんて……と、僕は戸惑った。左右もフクジュも、あの聖子までもが眉を潜める。
画面の向こうの視聴者の心中を知って知らずか、貝川は何事も無く姿勢を正し、淡々と言葉を続けるのだった。
「さて、目下の問題は“バランス”であると我々は考えております。持つ者と持たざる者の差は、実は微々たるもの。ある者は少しでも高みを目指して人生を費やし、ある者は高みを羨望しつつも自分を重ねることで満足し、またある者は他者を皮肉り、蔑み、自尊心を満たして幸福を得る。全ては同じ“人”というバランスの中で起こる駆け引きで、人は隣人を見て自分の人生を選択するわけです。
そんな中、突如として人としての限界を優に超える力を持って出現した異能者は、さながらバランスブレーカーとでも言いましょうか。人々の異能者に対する批判の本質は、異能者の圧倒的な暴力だけではなく、言い逃れが出来ない程の能力の差が生み出す劣等感。即ち、自分達がもはや不要な生き物になってしまうのだという無意識下の自覚こそ、人々が異能者を忌み嫌う理由の源泉であります。屈辱をぶっちぎりで超越した、無力と絶望であります。
ですが私はあえてこう言います。
異能者じゃない人々は即ち『無能者』。
私達が人より優れた能力を持っているのは言い逃れの出来ない真実で、現実なのです。
その現実から目を背けるのは、形の無い普遍性に微睡み、夢見心地のまま安心を甘受する事が当然の権利だと思っているからでしょう。しかしそれは傲慢というもの。それが当然の権利なら、あなた方が批難する我々異能者にだって、その権利はあるはずなのですから。異能者の暴力事件を目の当たりにした無能者の人々は、利己的な正義によって我々を支配しようとしているのです。
侵略と支配。それは人間の歴史そのものであり、人間が地上に存在する限り未来永劫行われていく動物としての営みでしょう。しかし、それでも血を流すより、建設的で地道な労力が豊かな生活に繋がる事を多くの人々が知っている。実際に多くの人々がそれを実践し、人生を全うしているからこそ、未だ終末時計は零時を指していないのであります。
現代で実際に血を流しているのは、ただひとえに困窮に苦しむ人々……要するに“ケツに火がついた人々”だけ。貧困に喘ぎ、向こう数百年は確約されている地獄に絶望し、家族や子孫を憂い、奇跡に縋る思いで自分の命をかなぐり捨てる。我々はそれを悪と呼ぶが、彼らにとっては正義そのもの。死んでいくのはただただ弱者で、立場の違う者同士の正義や悪など、もはや自慰的な道徳概念に過ぎないのであります。
われわれ異能者は弱者です。個の力は無能者の方々を遙かに超越しておりますが、集の力で圧倒的に敗北している。大きな声に追いやられ、居場所を失いつつある。私達のケツには火がついているのです。異能者が生まれて早数年、ついた火は消えるどころか、ますます勢いを増している。
我々に必要なのは、住み分けであります。
前置きが長くなってしまいましたが、我々の目的を言いましょう。
我々の本拠地である“淡風島”。
この島をそっくりそのまま頂いて、異能者の独立国家として建国させて頂きます。
我々の目的は侵略ではありません。我々は無能者の方々と競おうなどと思ってはおりません。あくまで我々の大前提はお互いの生活をより良くする為の住み分けなのですから。そのための必要経費として、この島の先住民の方々に心苦しい思いをさせてしまうのかもしれませんが、そうならない努力は我々も惜しまない積もりです。ネイティブ淡風民を蔑ろにしないどころか、彼らの助けが我々にとって何よりも重要だという事も、また紛れもない事実であります。
ただし、妥協は致しません。
この島はこの動画を公開した現時刻を持って、我々大淀スバラシ会の手によってこの島独自の法秩序の施行を行います。六法全書にほんの少し異能者に関する記述を書き足すだけですが……それこそが我々の望む全てであります。
即ち、『異能者の自由と、当たり前の生活を』。
この島に住んでいる全ての異能者にその一文は約束され、その権利を侵害するものに対して我々が持ちうる唯一の武器“異能能力”を持って、それ相応の処罰を行うものとします。我が国が国として確立するまでは、報復と言い換えても良いでしょう。報復の内容は我々の裁量で決定させて頂きますが、それが傍目に度の過ぎたものであるとしても、それも我々の“裁量”の内である事を予め断っておきます。“見せしめる”必要なくなるまでは、我々も心を鬼にして、我々の正義を貫く他ありません。合理性が時に非情なものである事は、数多ある歴史の事例が証明するところでありましょう。大事を成す為に小鳥のように囀っていては、誰の耳にも届かず朽ち果てるだけであります。そんな運命を甘受するには我々は若すぎるのです。なにせ、異能者はみんな十代なのですから。
……以上が大淀スバラシ会の所信表明であります。貴重なお時間を割いて下さった事を心より感謝致します。繰り返し申し上げますが、この動画は所信表明であり、決して宣戦布告ではございません。皆様の善意あるご理解と振る舞いを願いつつ、今後とも大淀スバラシ会をどうぞよろしくお願い致します。ご意見、ご感想は、動画の詳細説明文にあるメールアドレスへどうぞ。くれぐれもイタズラは辞めて下さいね。
それでは、立場の違う人類の共存を祈って、異能者と無能者の皆様のご健勝とご多幸のあらんことを。ピース」
最後に、貝川はまたあの機械的なダブルピースをした後、深々とお辞儀をし、動画は終了した。
僕は前のめりになった体をゆっくり起こし、体重を預けていた聖子を引き剥がす。聖子はぺたん、と尻餅をつき、そのまま胡座を組んで座り込んだ。
左右は困った表情を浮かべ、聖子も口を半開きにしながら、二人とも画面から目を逸らさずにいた。フクジュは明らかに狼狽し、額にじっとりと汗を滲ませている。
内部の人間であったフクジュを除いて、三人の胸中は恐らくそう遠くないものだっただろう。こんな子供の戯れ言めいた動画、誰もがたちの悪いおふざけと考え、一笑するに違いない。でも……僕と左右、聖子の三人だけは違う。実際に連中に対して命すら危ぶまれる“攻撃”を受けているのだから、笑い飛ばすことなんて出来やしない。
それに、問題は彼らが本気で自分達の理想を実現しようとした際、果たしてその勝算は? というところだ。異能者が徒党を組んで全ての力を発揮した時、果たしてその力量がどれ程のものなのか……戯れ言が戯れ言じゃ無くなる結末を、“あり得無い”と断ずる事は誰にも出来ないんじゃないか?
「……建国宣言って……フクジュ、お前も知っていたのか?」
僕が訊ねると、彼はびっくりして慌てて頭を振る。
「し、知らない。フクジュはただ大淀さんの信者だから……言う事に従って会員を増やしていただけで……会長や副会長がこんな事を考えていたなんて少しも……そもそもこの貝川って奴も初めて見たし。俺たちはそれぞれ個人が大淀さんに傾倒していただけで、横の繋がりは薄かったんだ」
彼が嘘を言っているようには見えなかった。
「もし本当に異能能力を使って何かをしたら……どうなっちゃうんだろう?」
事態の深刻さが焦燥感となり、左右は僕とフクジュを交互に見ながら、さも心配げに言葉を紡ぐ。
「もし、じゃないわよ、あてな。こいつらはやるわ」
聖子は左右にそう言った。四日前に激しくぶつかった二人だが、仲直りもこなれているもので、いつの間にか普通に会話をしているのだった。
「こいつらはやる。アタシの予知能力がびんびんそう言ってるし……いや、そもそも予知能力なんて必要ない。異能能力なんてものがこの世に存在した時から、こういう連中が現れるのは分かりきった事よ。建国宣言とは思わなかったけどね! 異能能力なんてガキには過ぎたオモチャで、派手にぶっ放すまっで終わんないのよ。このバカみたいに!」
げしげしと聖子に背中を蹴られ、フクジュは狼狽した。
「や、やめろ……蹴らないでくれ。肋骨が痛むんだ」
「……しかし、慇懃無礼も良いとこだな。何だよ『無能者』って! 挑発も挑発。相手の顔に唾吐きかけてるようなもんじゃないか」
「そうよ! 相手に唾を吐きかけて、殴られちゃ正当防衛。予定済みの“報復”ってワケよ。そうでしょ! この! 人でなし!」
げしっ、とフクジュの背中にまた聖子の蹴りがめり込んだ。
「痛い! お、俺は何も知らないって……」
「知らないなんて言ったところで、僕たちを襲った事実がある。それも躊躇無く。お前らはこの聖子みたいに、揃いも揃ってサディスティックな連中なのか?」
僕は聖子の足をぐいっと押しのけ、改めてフクジュにそう訊ねた。
「それは……どうしてだろう。少なくとも俺は……とにかく……大淀信者だったから……」
「まあそれは……それがきららの能力って事だわ」
聖子はそう呟くと、全員の視線がそちらに集まった。
「大淀きららの能力は、カリスマ性よ。地下アイドルじゃ人気者だったけど、能力に目覚めてからのあいつの人気は異常だった。イカれたファンレターなんて当たり前、貢ぎ物だけで御殿が建つ勢いだったし、熱狂しすぎた観客が失神するところも何度も目撃したわ。ビートルズかっつーの!
グループの他のメンバーなんてアタシを含め、添え物にもなりゃしなかった。特に同性のファンには色々嫌がらせを受けたわ。『どうしてあんた達なんかがきららの隣で踊ってやがんのよ! カス! ドブス! 私と代わりなさいよッ!』っつって。アタシ以外のメンバーはみんな耐えきれずに辞めてったけど、アタシだけは持ち前の鋼鉄の意志で残留し続けて……最終的にきららと二人きりのグループになってしまった。アタシ自身はまだまだ戦うつもりだったんだけど、アタシがきららファンの一人に刺されそうになって、仕方なく解散したわ。何より、きらら自身が心底うんざりしてたしね。
でも、きららのカリスマ性はアイドルを辞めても収まらなかった。日常生活に支障を来すレベルの強烈なものだったの。危なっかしくて町も歩けない、電車なんて当然乗れない。学校に行けば生徒どころか、教師までが色目を使ってくる。家庭内でもきららを巡って喧嘩が起きる。きららは逃げ出したわ。家族から、学校から、友達から、アタシから……。
きららが生きていく道はこれっきゃないと……少なくともあの子自身はそう思ってるのよ。自分の国を作って、自分の城を建てて、お姫様になるしか無いっていう。
……でもね。ふん! アタシは一番のファンなの。最高の相棒なの。だから、アタシはきららに淡風のプリンセスなんてショボい生き方をして欲しくないのよっ」
「世界征服でもさせんのか?」
僕の言葉に、聖子はやれやれ、といった様子。
「知らねーわよ! でも、少なくとも今のままじゃ、あいつに未来は無いのよ」
聖子はおもむろに立ち上がって、僕たち一人一人を順番に見下ろす。ふざけた様子も、馬鹿にした様子も一切無い。いかにもここが分水嶺だと言わんばかりに、決意の籠もった表情で僕たちを見ていた。
「……アンタらはもう巻き込まれたって思ってるんでしょうけど、もうすぐ淡風はもっと大きな混乱に巻き込まれるわ。帰りたければ、その前にそうした方が良い。その後どうなろうと知ったこっちゃないけど……逆に、この島に居る限り、アタシはアンタらの安全を保証するわ。それは神に誓って、アタシの主義として、最後まで全うする。それがアタシの所信表明ってわけ。さ、どうする?」
「俺は帰る」
フクジュは立ち上がり、真っ向から聖子を睨み付けた。
「……カリスマ性の能力、か。なるほど。一度大淀さんから離れてみれば、まるで煙みたいにそんな気持ちはたち消えてしまった。それは能力の範囲外って事で……それでお終いなんだろうな。つまり、佐渡聖子。お前の大淀さんに対する気持ちは、能力だけのものじゃないんだろう」
「アタシの気持ちについて意見を許した覚えは無いわ!」
聖子の怒声に、フクジュは気の抜けるような笑いを浮かべた。
「ああ、そうかい……とにかく、俺にはそんな理想も意志も無い。お前達の邪魔をしないよう、島から出ていくよ。心配しなくても、この民宿の事は喋らない。高みの見物ってやつだ。外から見てる分には、この島でこれから起きる混乱とやらは、なかなか面白そうだしな」
「あっそ。帰れ帰れ。ザコが」
しっしっ、と聖子がフクジュに向けて促すと、フクジュは自分の鞄を抱え、部屋を出て行こうとした。が、何か思うところがあったのか、フクジュは出口の手前でくるりと振り返り、僕の方を見た。
「……
フクジュはにやりと笑ってそう言った。最初に見たときに高慢なところがあるとは思ったが……実際、相当負けず嫌いな奴なんだろう。
「帰れよ!」
と、僕は言った。
「ふん。せいぜい頑張りな。三人で何が出来るって言うんだ」
「三人とは限らないぞ。僕だってここに残るとは限らない」
「お前は残るよ、乖田夕。面は割れて、ネットを通じて世間に叩かれ、お前はケツどころか、全身丸焼けじゃないか。日常生活には戻れないさ」
「誰のせいなんだよ! 失せろ!」
「はっはっはっは……じゃあな」
ガラガラ、と襖を閉めて、フクジュは出て行った。
後に残されたのは、僕と左右と聖子の三人。
「クソが!」
どん、と僕が畳を叩くと、左右はびくっと体を震わせた。
全身丸焼け。問題はそこだ。
今は淡風のはぐれ旅館に隠遁しているが……もしこの状況で汐摩に帰ったら、どうなる?
動画のコメントでいくら叩かれようが死にはしないが……本当に僕を憎んでいる人間が目の前に現れたら? 夜道で殴られる可能性ぐらいあるだろうし……果たして、普通に学校に通えるのか? 進学は? 就職は?
僕に帰る場所なんて、どこにも無いんじゃないか……?
「……乖田くん……」
左右の心配そうな表情を見て、僕は頭を横に振った。彼女が僕の立場に置かれなかったのは、不幸中の幸いってやつだ。それだけは、神に感謝しなければならない。
「二つほど質問があるんだが」
と、僕は言った。
「まず一つは、お前に僕たちの安全なんて保証できないだろ」
「アタシが無事な間は保証する」
それは保証出来ていないんじゃないのか? と僕は思ったが、目に見えた水掛け論が馬鹿馬鹿しくて口には出さなかった。不必要に好意的に解釈すると、聖子にそれぐらいの気持ちがあるという事だ。
「……じゃ、もう一つの質問。僕はこれからどうすれば良いと思う?」
「そんなもん、自分で決めなさいよ」
そう言うと思った。
でも、この質問に関しては、僕は聖子を逃がすつもりは無かった。
こいつの口から左右だの大淀だのはよく出てくるが……もし僕が状況に従わざるを得ない、都合の良い尖兵だと思っているなら、こっちも馬鹿正直とはいかない。あの日の晩、珍しく素直な聖子に対して少々心を許したが、僕にだって選択の自由はあるんだ。
「神様の声が聞こえてるんだろ? お告げの一つや二つ、僕にも分けてくれたっていいだろ。それとも何か? 僕の答えなんて、既にお見通しってやつか?」
「アタシは占いババアじゃない」
「答えられないんなら、僕の答えは一つだ」
「やれやれ……気弱になった男ほど憐れなものはないわ。ねえ、あてな?」
僕を横目に嘲笑する聖子だが、左右はクスリとも笑わず、聖子をじっと見ていた。
「じゃあ、そもそもアンタはなんでこの島に来たの?」
「こんな事があるなんて思っていなかった」
「どんな事があると思ったの」
僕は聖子の問いに、上手く答えられず口を噤んでしまう。
「……こんな事があると思わなかった! こんなつもりじゃ無かった! ……そうやって諦め続けた結果、この島に辿り着いたんでしょ」
「勝手に人の人生を憶測で喋るんじゃねーよ」
「ふん! アタシの憶測を吟味する気も無いのね。アタシの能力は“憶測”で、そんなアタシに訊いたのはアンタなのに。都合が悪くなったら、それ?」
「違う、僕はただ……」
「ただ、何? 慰めて欲しかった? 抱きしめて欲しかった?」
「違う! そんなんじゃ……!」
「やめてよ、聖子ちゃん。乖田くんも……」
左右は僕と聖子の手をそれぞれぎゅっと握り、優しい口調でそう言った。
「聖子ちゃん、乖田くんの身にもなってあげて。乖田くんが困っているなら……助けてあげるのが友達でしょ?」
「乖田夕はアタシの事を友達と思ってないわ」
「友達だと思いたくて質問したんだよ!」
言ってしまって……我ながら、なんてみっともなく、情けないセリフだろう。
格好つけてあれこれ理屈立ててみても……佐渡聖子って女の子はいつでも抜き身で、いつでも核心を突いてくる。そして、気がつけば僕もこうなってしまう。
聖子はしばらく何かを言いたげにこちらを見ていたが、やがて左右から手を離すと、彼女の心の葛藤そのままに、しばらく視線を落ち着き無く動かした。何度か何かを言おうとしては、口を結んでこちらを睨む。そして何を決意したのか、いきなり僕の肩を掴むと、ぎゅっと僕を抱きしめるのだった。
左右の顔が真っ赤になるのを見ながら、僕はじんわりと聖子の柔らかさを感じる。
「……アタシは友達なんていらない」
聖子は耳元でそう囁き、僕の顔も見ず、左右の顔も見ず、そそくさと部屋から出て行った。
しばらく放心状態のまま、僕は彼女の仕草と言動をあれこれと吟味し、彼女の行動と言葉の真意を勘ぐった。しかし、真意は絡まってダマになった糸のように、正体の分からないものだった。きっと彼女自身にも説明らしい言葉は出せないし、全てはドロドロに溶けた感情の混ざり合った結果でしかない。それが佐渡聖子なのだ。
所在なく、なんとなく窓の外に視界をやる。
そこには、昼下がりの平和な淡風がパノラマで広がっていた。
海を挟んで広がる半島の山肌に、びっしりと立ち並ぶ建物。どれ一つとして同じ形のものは無く、方向もバラバラを向いている。
もう使われていない、骨組みだけの造船所跡地に目を奪われる。ぽつんと朽ち果てた佇まいに自分を重ねて、つい感傷に浸ってしまう。後ろに広がる街並みと乖離した様が、妙に心に突き刺さるのだ。
乖離。そう、乖離だ。
僕は今、明らかに世間と乖離している。
日常から離れていくにつれ、増大していく孤独と不安。
フクジュの言葉通り“全身丸焼け”になってしまっている僕は……
驚いた事に(あるいは当然ながら)、かえって清々しさを感じていた。
息苦しい渋滞から一人だけ脱出できたような解放感。
貝川の……連中の言っていた事は、紛れもない事実だ。
僕たち異能者は、普通の人たちと一緒に生きる事なんて出来無い。
住み分けなんて事が出来るならそれは素晴らしい事だろう。
じわじわと炙られるように苦しめられるなら、いっそ脱出が必要なのだ。
でも、脱出した先に一体何が……?
“良いこと”なんて、どこにあるっていうんだ……?
理想が幻のように目の前に現れては、消えていく。
蜃気楼の様に消えていった空想の後、脳裏に掠めるのは、聖子の柔らかい体の感触。
そして彼女らしい口の悪さでありながら、どこか寂しい言葉……。
「……乖田くん。ちょっと散歩しない?」
左右が言った。
それはきっと、今の僕にとって最高のひらめきだったのだろう。僕は小さい溜息をつき左右に微笑むと、どちらともなく立ち上がり、二人で部屋を後にするのだった。
そして、この最高のひらめきが結果的に最低のひらめきとなってしまったのは……決して彼女のせいではない。何の気なしに散歩に出かける時、誰一人として町がゾンビまみれになっているなんて、想像するはずも無いのだから。
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