4 うるさい太陽

 聖子しょうこは鞄からノートパソコンを取り出し、どかっ、と乱暴にテーブルに載せる。バッテリーを繋ぎ、電源を入れると、デスクトップには壁紙も見えないぐらい、ありとあらゆるアイコンやらファイルやらが氾濫し、彼女の性格の一端を覗かせていた。

 そもそも、この部屋にしてからがそうだ。たった三時間過ごしただけなのに、開きっぱなしの鞄、飲みかけのペットボトル、おやつの残骸、座布団、淡風の観光誌、歯ブラシ、携帯の充電器、何かのサプリメント、例のパンツ、例のフクジュと、デスクトップ同様散らかし放題だ。

 きっと彼女の脳内……つまり、感情やら思考やらも、同じように散らかっているのだろう。それとも、もしかするとこの散らかりっぷりに彼女なりの規則性があるのか。彼女にとってはこれこそが“機能美”ってやつなのかもしれない……なんて、擁護するつもりも無いけれど。

 こちらの戸惑いを意に介す事なく、彼女はぽりぽりと頭を掻きながら喋り始めた。

「まずは、アタシの考え……戦略ってやつね。その参考資料を乖田かいだに見せる。アタシの想定とそれほど違わない現象が、淡風で、強いては日本中で起きようとしている。その火種になるのが、この動画よ」

 彼女が開いたのは、有名動画投稿サイト『フーチューブ』。その中の比較的新しく、勢いのある動画が“フー・イズ・ナウ”として紹介されるのだが……彼女はそのフー・イズ・ナウにピックされてある動画の一つを、目にも止まらぬ早さでクリックした。

 動画の内容は……遠まきで顔は分からないが、一人の青年がクラウチング・スタートの格好で走りだそうとしている。何かを叫び、破裂音と共に走り出し、あっと言う間にフレームアウト。撮影者が慌てて被写体を追うが……カメラが捉えるのは、被害者と加害者が重なり合って倒れている光景だった。野次馬の騒ぎ声を最後に、断ち切られるようにバッサリと動画は終了した。

 もちろん、僕はこの青年の正体をよく知っている。

「……ばっちり撮影されてるってわけか」

 顔こそはっきりと映っていなかったものの、見る人が見れば、この動画の人物が誰なのか気づく者もいるだろう。一人が気付けば二人、二人が気付けば四人、八人、十六人……

 事の重大さがゆるゆると絶望へとエンコードされていく。

 覚悟はしていたが……とにかく、事実を事実として受け止めるしかない。

「……で、この動画がお前の“戦略”とやらにどう関係するんだ?」

 聖子は楽しげに、動画の再生数を指さす。

「ねえ、見てよ。この再生数。一万、十万……百万ちょいだって! たった数時間でよ? 明日にはゼロが一個増えてるかもね。よっ! 有名人!」

「有名人になんてなりたく無かった。撮影者をぶん殴ってやりたい」

「そりゃお生憎サマだわ。この動画を上げたのはアタシなんだ」

 僕は自分の耳を疑った。

「……は?」

 聖子は、ぽんぽん、と僕の肩を叩く。

「大丈夫大丈夫。視聴数で稼いだ広告収入は正当なギャランティとしてアンタに分配するから。パンツの弁償代を差し引いてね!」

 言葉が見つからなかった。ただただ理解が及ばず、怒りすら沸かない。

「……投稿なんて……なんでそんな事をする必要が……?」

「だって、どうせ上がっちゃう動画だし。アタシ以外のどこの誰とも知れないハイエナが、この特ダネで荒稼ぎするのは我慢出来ないからよ。何人の野次馬が動画撮影してたか、アンタ自分で気付いてた?」

 僕は震える手でおはぎをひと囓りし、コーラを飲んだ。

 とてつもない組み合わせなのに、味なんて少しも感じない。

「……“上がらなかったかもしれない動画”だったのに」

 僕の声は震えていた。

「物覚え悪ぃーわね! だから言ったじゃんよ。正解は“ほとんどの場合上がる動画”よ。“上がらないかも”なんて幻想に逃げちゃダメ」

 わあああ、と僕は無意識に叫び、畳に転がった。

 行き場の無い感情に胸が張り裂けそうになり、そうして発散する他無かった。

「ぐっ、カハッ! ……ぐぅぅぅ……ううううう……そ、そうだ! しかもお前……僕や左右あてらが死にかけてたのを……見てたのか!?」

「うん」

 悪びれず、聖子はそう言った。

「助けろよっ!」

 聖子は指を頬に当て、難しそうな顔をする。

「アタシもそう思ったんだけどさ。『助けなくていい』って言われたのよ。悪気があったわけじゃないし……あんま怒んないでよ」

「……助けなくていいって……誰が?」

 僕の言葉に一瞬、聖子は表情を硬くした。何か思うところがあったのか、それは言葉になることなく、彼女の中に飲み込まれたようだ。

 代わりに、思い切りうさんくさい微笑みを返す。

「ま、いいじゃない。細かいことは」

「……そうかよ」

 僕は立ち上がり、座ったままの聖子を見下ろす。

「利害関係は一致しないな。というより、僕はお前と組みたくない」

 聖子は胡坐を組んだまま、じっとこちらを見ている。何かを問いかけるようでもあるし、僕の行動を見据えているようでもある。

「……どこ行くの?」

「知らねえよ」

 と、僕は部屋を後にしようとした。

「大淀スバラシ会は、アンタを捉えてるわ」

 彼女は言った。

「左右あてなも。アンタに助けて貰わなきゃ……」

 ……左右を出汁に使う根性が気にくわない。

 僕はずかずかと聖子の方に近づき、彼女に顔を近づけた。彼女は少しも引かず、挑戦的な視線をこちらに向けている。

「命の恩人だからな。心配しなくても、助けるさ。“左右あてな”はな」

 そして僕は、今度こそ部屋を出て行った。最後に見た聖子の顔は、駄々が通らなかった子供のようにぶすっとしていた。部屋を出てドアを閉めた瞬間、部屋の中で、ばこん、という物音がしたが、それは彼女が投げつけたペットボトルか何かだと思う。もちろん、相手にはしなかったけれど。


「ふざけんじゃねえぞ、あのクズ! 何が『助けなくていいって言われた』だ! 助けなくていいわけあるか! しかも動画投稿なんてて……コケにしやがって!」

 アドレナリンが僕を好き勝手に操縦し、ただただ自動的に歩を進めさせる。あと一秒あの部屋に居たら、僕のアドレナリン・パンチが奴の顔面に炸裂していた事だろう。退室という手段を用いる冷静さが残っていたのは、聖子にとっては運の良い出来事だった。

 ……実際、僕は自分がどこに行くべきか決めかねていた。

 様々な状況や憶測が絡み合い、正しい判断が見えてこない。病院が得策じゃない理由は分かったが、果たしてそれが左右のためなのだろうか? 僕が問題に巻き込まれたくないだけじゃあないのか?

 ……目下、一番“巻き込まれてしまっている”のは、他でもない僕だ。動画に映っていた僕は、異能能力を行使して他人に危害を加える犯罪者。逆に考えれば、僕だけが加害者になれば、全て丸く収まる話だ。左右が恩人だから助ける? 綺麗ごとで、覚悟の無い言葉だ。今すぐでも僕が犠牲になれば、彼女を助ける事が出来るはずなのに。

 自分の発想に、思わずギクリとした。

(待て、良くない。良くない考え方をしている……僕だけが加害者になれば? 僕が捕まったら、家族は? イノーが犯罪者の温床なんて言われ方をするかも。他人を救うために自分を犠牲にするなんて……他人を救えるのは、自分を守れる人間だけだ。短絡的な考えは良くない。だいたい……僕が何をしたって言うんだ? いつもそうだ! 僕は何もしていないのに……普通にしているだけなのに、何もかも上手くいかないんだ。どうして僕だけが犠牲にならなきゃならないんだ、馬鹿馬鹿しい!)

 気が付けば民宿のロビーにいた。玄関に並んだ靴を一瞥し、自分のスニーカーを手に取る。受付には誰もいなかった。

 玄関の扉を開けると、体を包み込むように熱気がまとわりつく。昼下がりの淡風はうるさいセミの声も止み、観光地とは思えないぐらい静かだった。うるさいのは太陽だけだ。

 ……ここは淡風のどの辺だろう? さっきまでいた民宿以外は、古ぼけた民家や、生活に根付いた店ばかりで、観光地から離れた場所のように見えた。見たことも無い風景は、一層不安をかき立てる。人が人たらしめる全てがその人の記憶なら、今の僕は自分自身すらあやふやだ。

 もやもやとした心を払うように、当てもなく歩く。かんかん照りの暗中模索。

(……しかしまあ聖子の奴、よくも偶然あの喧嘩を見ていたもんだな。左右あてなと佐渡聖子は、どこで待ち合わせするつもりだったんだ? “たまたま”なのか? たまたま僕たちが異能者に襲われるタイミングに、たまたま居合わせた? そんな偶然あるか? 普通。

 ……一つ仮説を立てよう。つまり……『佐渡聖子は知っていた』。僕と左右があのアホのフクジュに襲われる事を知っていた。大淀スバラシ会の存在を知っていて、連中の目的を、スバラシ会が僕と左右を“ふるい”にかけるって事を知っていた……それなら全ては繋がるぞ。奴は僕と左右を売ったんだ。スバラシ会に僕たちの存在を喋ったのは聖子で、僕たちは奴の蜘蛛の巣にまんまとハマッたわけだ)

 しばらく歩くと、建物の数が疎らになり始める。空き地、もう使われていない物置、人が住んでいるのかすら怪しい古ぼけた民家。どこか虚ろな軒並びを横目に、曲がりくねった道を進むと、ようやく視界の広い場所に出た。田園風景に一本の車道が走り、更に遠方に山脈が見える。逆を見れば海だ。

 夏の強烈な日差しに脳をじりじりと焼かれるような錯覚。ぼんやりとした意識の中、僕は夢想を手繰り続ける。

(だが……理由は? これら全てが佐渡の罠だったとして、一体、何のためにそんなことを? 奴は左右の事を親友と言っていたが……左右だってあのザマだぞ。彼女を危険な目に遭わせる事を承知で話を漏らしたのか? ……まあ、あいつが左右を本当に親友と思っているかさえ怪しいけど。あいつの言葉は全部嘘。あいつの立ち回りを見ていると、そう思った方がしっくりくるぞ)

 暑さか、見えない状況のせいか、次第に息苦しさを感じてきた。僕は喉の渇きを癒やそうと古ぼけた自販機の前に立ち止まり、ポケットを探る。

「しまった……サイフ忘れた」

 名残惜しく自動販売機のお茶を眺めた。買えないと分かった途端、喉の渇きが激化したような気がした。仕方ないな、と自分を慰め、歩き始めようとしたその時……

 ちりんちりん、という軽やかな自転車のベル。

 振り返ると、小麦肌で髪の短い、眠そうな目の少女……いや、少年がこっちを見ていた。少年だとすれば、別に髪が短いという事は無いと思うが……さらさらとした髪は、彼の中性的な顔立ちを助長させているようだった。彼はじっとこちらを見ていた。

「あれ? もう大丈夫なんですか?」

 少年はアイスを頬張りながらそう言った。勘違いかと思い後ろを振り返ってみたが、他に誰もいない。間違い無く僕に話しかけている。

 彼は言葉を続けた。

「気絶したままウチに運ばれて来た人ですよね。僕、民宿の息子。放出(はなてん)渚って言います。中学一年生」

 ああ、なるほど、と思った。こっちがお花畑にいる間に出会っているワケだ。

「夕。乖田夕。お陰さんで、もう大丈夫だよ」

「良かったです」

 渚という少年は、特に気まずそうな雰囲気も無く、眠たそうな目をぱちくりさせながらこっちを見ていた。食べかけのアイスが溶け、腕を伝ってぽたぽたと垂れている。その一滴が彼の日に焼けた太ももに落ちたが、彼は別に気にしていないようだった。

「これ、今日のみなさんのお夕飯なんです。近くの漁港で水上げされたばかりのハモ。美味しいですよ」

 と、彼が指さすのは自転車の荷台に積まれた発泡スチロールの保存ボックス。

「なにせ急なお客さんだったから。手が足りなくて、僕が仕入れてきたんです」

 都会と島育ちの温度差だろうか。あるいは、民宿育ちで赤の他人に慣れっこなのだろうか。渚は初対面の僕に対して、何の遠慮も壁も無いようだ。どこかぼんやりとした口調や表情が、一層人慣れた感じを醸し出していた。

「そりゃご苦労さん。夕飯、楽しみにしてるよ」

 と、僕は言った。

「傷だらけの人も大丈夫なんですか? 発着場では大変だったらしいですけど……大淀スバラシ会に襲われたんですよね?」

 “例の事情”を世間話のように口にする。

 思わずぎょっとしたが、彼はこちらの警戒をかき消すように、にっこり笑って手を振った。

「大丈夫です。僕は味方だから。だって、僕も異能能力者ですから。能力ったって、別に大したものじゃないけど……」

「そうなのか!?」

「え? はい。聖子先生がウチに来たのも、話が早いからでしょうし」

「聖子の知り合いなのか……聖子“先生”?」

「うん。聖子先生」

「あいつ、先生なのか?」

「ううん。僕が勝手にそう呼んでるだけです」

 あ、そう。と僕は思った。

 二人がどういう関係なのかは、今はどうでもいい。それに、興味を持ったら負けな気がした。

「あんな性格破綻者のどこが先生なんだよ」

 渚は苦笑いした。

「あはは……まあ……でも、人は見かけによらない、みたいな」

「人は見かけによるって、聖子自身が言ってたぞ」

「暑いと言ったら寒いと言うし、楽しいと言ったらつまらないって言う人なんです」

「それを性格破綻者って言うんだよ」

「はは……そうかも」

 渚は気の抜けたような感じで一笑すると、最後の一口を頬張り、アイスの棒を荷台にちょこんと乗せた。真面目な奴だ。棒切れ一本、僕ならその辺にポイ捨てしていただろう。

「……じゃ、日差しが強いんで、お気をつけて」

 渚は自転車のペダルを踏み、僕に手を振りながら民宿の方へと走り出した。

「……あ、その……ありがとうな!」

 こんな状況の僕たちを、泊めてくれるだけで『ありがとう』だ。

 渚はちらっとこちらを振り返り、爽やかな笑顔を浮かべた。

 僕や、ましてや聖子とは違う、いかにも純朴で、毒気の無い振る舞い。同じ異能者とは思えない程、のんびりとした性格の持ち主だ。聖子の事を“先生”呼ばわりしている事を除けば、なかなか良いやつそうだった。迷惑ついでに、小銭も借りれば良かった。

(聖子先生……か。あいつは……一体、何者なんだ? 佐渡聖子。一体、何を考えてるんだ、奴は……僕の事を“手駒”なんて言い方しかけてたのを……しっかり聞いてたぞ、畜生め! 民宿に帰ったら、やはり徹底的に絞り上げないと……ハモを食べながらな)

 と、心の中で毒づいていたその時。

 がしゃん、という自転車のこける音が、渚の通り過ぎて行った方向から聞こえた。

 思わず振り返り、現場へ小走りで近づいてみる。

(……なんだ?)

 ちょっと路地に入った場所に、自転車はあった。横転したまま、余力でくるくると回転するタイヤ。荷台の発泡スチロールも当然地面に転がり、どじょうのようなにゅるっとした魚が四匹、無造作にアスファルトにぶちまけられていた。

 不思議なのは、渚の姿がそこに無かった事だ。

「渚? 渚ー? あああ……何やってんだ、ハモが……」

 僕は慌てて近寄り、周りを見渡す。

 が、やはり渚の姿は無い。

 仕方ない。僕は腹を括り、ぱくぱくと口を動かしながら虚空を眺める魚たちを、必死にかき集めた。素手で掴もうとするとにゅるんと滑り抜けるので、自分のシャツの裾を笊のように使って、一匹一匹ボックスの中に放り込む。

「おっとと……ほっ!」

 どちゃっ、とボックスの中に放り込まれるハモ。

 少々乱暴な扱いにはなってしまったが、連中は一匹として死んでおらず、なんとか鮮度は守られるようだった。が、ボックスの海水はあらかた流れていってしまい、このままではこいつらもすぐに死んでしまうだろう。それは今日の夕食のクオリティの低下と、渚の善意に傷をつけてしまう事を意味する。

「……渚? おおーい! どこに行ったんだー? 魚捕まえたぞー!」

 返事は帰って来ない。

「何なんだ、全く。どうすりゃいいんだよ、この魚……僕が持って帰ればいいのか?」

 途方に暮れてしまう状況。

 額から落ちる汗を拭い、一息つくと、遠くに見える海にふと心が奪われる。

 ゆらゆら長閑に揺れる青い絨毯。

 出来れば何事も無く、この島を楽しみたかった。当初の予定通り、左右と二人っきりで大淀スバラシ会を調査したかった。“学校の七不思議”ぐらいのニュアンスで、ちょっとしたスリルとミステリー、そして仄かに香る淡いロマンスに胸を躍らせながら。

 ……そんな僕の願望を嘲笑うように、状況は俄に切り裂かれる。

「ぼーっとしてんじゃないわよ。“どじょうすくい”!」

 いかにも高慢な罵声が路地に響いた。

 振り向くと、そこには声から想像に難くない、いかにも高慢そうな女が立っていた。肩まで伸びたウェーブがかった金髪は、前髪だけぱっつんに切りそろえている。身長一四〇cmほどのまごう事なきチビスケだ。偉そうに腕を組み、吊り上がった目でこちらを見下す姿は、さながら女ガキ大将って感じだ。

 異常なのは彼女の身長だけではない。このクソ炎天下に一体どういう神経をしているのか、ゆるキャラの着ぐるみを来た二人組が彼女の両脇に立っていた。片方はタマネギ、もう片方は緑色の巨大な物体。緑色の方は、モチーフが何なのかさっぱり分からない。二匹とも、真ん中のチビスケより明らかにデカかった。

 あからさまに異常な三人組だが、僕がこいつらを“敵”だと確信したのは、タマネギが渚の首根っこを掴んで持ち上げていたからだ。彼はぐったりとして、完全に気を失っているようだった。

 タマネギが手を離すと、どさっ、と渚は地面に転がった。

「なんだお前ら」

 僕は嫌々訊ねてみる。

「あたしの名前は紫電ノノ。こっちのタマネギ風のキャラクターはタマぞう。こっちの緑色の……」

 紫電ノノが喋り終える前に、僕の拳はタマぞうの目と目の間、ちょうど眉間の辺りにめり込んでいた。ぐにゃり、とタマぞうの顔面が歪み、二mほど背後に吹き飛ぶ。卵形のフォルムも手伝い、景気よくごろごろ転がった後、着ぐるみはぱったりと動かなくなってしまった。

 よし、と僕は思った。タックルだけじゃなく、“瞬発力”に合わせてパンチをぶち込むことができた。少しずつだが、能力を制御でき始めている証拠だ。手首を少々痛めてしまったようだが、慣れればもっと上手く殴れるかもしれない。

「……んあっ!?」

 真正面から不意打ちを食らうなんて予想もしていなかったらしく、ノノはワンテンポ遅れて事態を飲み込んだ。

「あにすんのよっ!? 前口上の途中で!」

 じんじんと痛む右手を庇いながら、騒ぐノノを睨み付ける。

「……大淀スバラシ会だろ? 分かってるんだよ。やっぱり来るんだな、畜生! 三対一はだるそうだから、とりあえず一人退場してもらった。チビスケも、そっちの緑の奴も、こいつみたいに痛い目を見たくないんなら……」

 啖呵を最後まで言い切る事は出来無かった。

 先ほどぶちのめしたはずのタマぞうが、凄まじい勢いで起き上がり、今度は僕の顔面に拳をめり込ませたのだ。

「ぶぐあっ!」

 二m……いや、三mは吹っ飛んだだろうか。ごろごろ転がり、天井と地面が交互に視界に映る。

 ガンガンと頭の中で鳴り響く耳鳴り、そして激痛。

 鼻の骨が折れたらしく、鼻血と涙が止まらない。

「うあああ……ああうあう……!」

「チビってお前、誰に抜かしてんのよっ!? 舐めんじゃないわよ! タマぞう! あわおじ! やっちまえ!」

 おーっ! とでも言いたげに拳を上げると、二匹のゆるキャラがこちらに襲いかかってきた。

 半ばパニックになりつつ、這いずりながら距離を取る。

「フクジュのカタキ……は、どうでもいいけど、大淀スバラシ会を舐め腐ったオトシマエ、きっちりつけてやるわ! なーっはっはっはっはっはっは!」

 ノノの馬鹿笑いを聞きながら、僕は慌てて立ち上がり、襲いかかる二匹のゆるキャラに備えた。

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