2 異能バトル

 ちょっと変わった女の子の登場まで、少し時間を頂きたい。というのも、淡風に着いた瞬間、さっそく事件が起きたのだ。

 ……それはこの島で起こる数々の事件の、ほんの幕開けに過ぎないのだけれど。

「おえっ……ゲボォッ!」

 フェリーが淡風に着いた途端、僕は朝食に摂ったサンドイッチを海に全て吐き散らした。視界を涙で滲ませ、胃液に喉を焼き、自分の脆弱な三半規管を呪いながら。

「大丈夫、乖田かいだくん? オレンジジュースならあるけど……」

 左右あてらが僕の背中を擦りながら、優しく声をかけてくれた。僕は遠慮もなく、彼女の持っていたペットボトルを受け取り、ごくごくと喉を洗い流した。間接キスという甘酸っぱい体験は、いささか酸味が強すぎたが、それは胃液の味に他ならない。

「……はぁ……はぁ……悪い……」

 フェリーで格好つけていた自分が馬鹿みたいに思える。

 ペットボトルのラベルに書いてある占いのコラムが視界に入った。ラッキーアイテムは、黄色い花。去勢の残骸がぷかぷかと海面に浮かんで僕を嘲笑っているが、放射状に広がる様はさながら黄色い花のようだった。

「ごめんね、気が回らなくて。フェリーはほんの三十分ぐらいだし、大丈夫かなって……」

「はぁ……左右が……謝る事なん……別に……」

 とかなんとか殆ど言葉にならない言葉をグチグチ言っていると、突然、僕の手からオレンジジュースが取り上げられた。

「!?」

 飲み足りない! なんて言う間もなく、理解すら追いつく暇も無く、代わりにひんやりとしたミネラルウォーターを手渡される。

「こっちの方がいいよ。柑橘系の飲み物は胃酸の分泌を促進させるから」

 聞き慣れない声。

 顔を上げると、そう変わらない年頃の男……つまり高校生ぐらいの奴が、いつの間にやら僕らのすぐ側に立っていた。まるで最初からそこにいたように、音も無く、気配も無く。ゲロに夢中になっていた僕たちは、不意を突かれて思わずぎょっとした。

 男は人当たりの良さそうな笑顔を浮かべていた。チェック柄の半袖シャツに、短パン。さらさらした髪は男にしては長すぎるぐらいで、ちょっと風が吹けば視界が隠れてしまっている。その度に彼は髪をかき分けていて、胡散臭いし、見ていて暑苦しかった。

「あ、ありがとうございます」

 驚きながらも最低限の礼を欠かさぬよう、左右はそう言った。

 僕も会釈をし、そそくさとペットボトルのキャップを開け、彼の親切に甘える。突然で図々しい贈り物に面食らったが、買ったばかりのキンキンに冷えた水は、素直にありがたかった。

 勢いよく胃袋に流れ込んでいくミネラルウォーター。ささやかな幸福感に、僕は深いため息をついた。

「あの、お代金を……」

 左右が財布を取り出そうとリュックを下ろすが、彼は左右の動きを制するように手のひらを見せた。

「いいっていいって。それより……君らは、本州から?」

「そうです。汐摩から……」

「ま、知ってるんだけどね」

 と、彼は言った。

 妙な返答が、空気を濁すように違和感に染まる。

「……?」

 僕は思わず項垂れていた首をもたげる。

「……知ってる?」

「うん。だって、このフェリーに乗って来たんだから」

 と、彼が指さすのはでかでかと掲げられたフェリー乗り場の看板。

 “汐摩から淡風往復便。片道三十分1200円”。

 僕と左右は気の抜けた笑いを浮かべた。

「はは。そっか……」

「二人で、何をしに?」

「観光がてら、親戚に会いに来たんです」

「ふーん。ま、それもお察しだね」

 と、彼は言った。

「何か縁が無いと、貴重な夏休みにこんな島になんて、なかなかねぇー……」

 彼はどこか自嘲気味にそう言った。

 それは彼の観察眼なのか、あるいは島民だけが分かるセオリーなのか。何もかも見透かされているようで不気味だし、左右も少し困惑しているようだった。

 僕はちょっと皮肉っぽく彼に訊いてみた。

「探偵にでもなりたいのか?」

「ちょっと考えれば分かるよ。他にも当ててやるよ」

 男は、長すぎる髪をかき分ける。

 覗いた目線が射貫くような鋭さでこっちを見ていて、思わずはっとさせられる。

 彼は順番に僕と左右を指さした。

「君らは兄妹でも、いとこでも無い。苗字で呼び合ってたからなぁ」

「正解」

「カップルでもない」

「……理由は?」

「目線をあまり合わせずに喋ってる」

 ちら、と僕は左右の方を見た。当然、二人の視線はぶつかり、気まずい思いをする。

「……せ、正解」

「となると、もともと二人ともこちらに住んでいて幼馴染だ、とか……それなら二人とも親戚がこの島に居ても不思議じゃ無いし。でも、それも違うな。だって君、フェリーで酔ってたもんな。この島に住んでたなら、船に乗る事なんて少なく無いし、もう少し対処できてるはず。酔い止め薬を飲んで、ミネラルウォーターの一つも持参してる。だろ?」

「……まあ」

「小さいフェリーを舐めない方が良い。揺れまくるから」

「ああ、うん。帰りは気をつける……よ」

 僕は体調がマシになったのを感じ、ゆっくりと立ち上がった。

 彼の探偵ごっこに付き合うのも良いが、初対面の相手にズケズケと踏み込まれるのはあまり心地のいいものじゃあ無い。左右がどう感じているかは知らないが、正直言って“無遠慮だな”って言うのが本音だ。

 僕は「ありがとう」と言いながら、貰ったミネラルウォーターをリュックに入れた。その間も、彼はじっとこちらを見ていた。

「目的は親戚に会うだけじゃなくて、別の共通の目的を持った二人。だろう?」

 僕たちは思わず、ぎくりとした。

 『僕たちは異能者で、この島のカルト集団を調査に来ました』なんて言葉は絶対に口が裂けても言えない。ただでさえそのカルト集団とやらにピリついた島民たちの神経を逆撫でしてしまうし……淡風は広い島だが、悪い噂が広まるのに“広さ”なんて関係ない。異能者の地位向上が僕たちの最終目的だが、島民にとって白いネズミも黒いネズミもどちらも同じなのだ。

 特に左右のお父さんには多大な迷惑をかけてしまうだろう。同情を餞別に、地域コミュニティからは疎外され、孤立する。異能者の親は、異能者自身と同じぐらい苦労するのを、僕も左右も良く知っていた。

 僕たちの目的や存在がバレる事は、僕たちだけの問題じゃ済まなくなるのだ。それだけは、絶対に避けないと。

「別の目的。だろ? 趣味か……それとも、何か捜し物かい?」

 彼の言葉にこれ以上付き合うつもりは無い。

「本当にただ、遊びに来ただけなんだよ。それ以上の理由を求められても、答えられないものは答えられない。あまり道草食ってる暇も無いんで。じゃ。水ありがとうな」

「遊びに来ただけなのに、道草を食う時間も無いのかい?」

 僕は苛つき、語気を荒げた。

「人を待たせてるんだよ! さ、行こう。左右……」

 と、左右の手を引っ張って歩こうとした瞬間……。

「痛っ!」

 僕が左右の手を握ると同時に、彼女は悲鳴を上げた。

 左右の手は2cmほどぱっくりと肉が裂け、血が噴き出している。

「なっ……!?」

 左右は傷ついた手を抑えながら、後ずさりし、困惑した表情でこっちを見た。ポタポタと滴る鮮血が淡風の大地に赤い斑点を描き、まるで日常を非日常が上塗りしている様に見えた。

 僕は思わず自分の両手を見た。十年以上見慣れたいつもの手。ナイフもカッターも持ってないし、爪だって切ってある。

 かまいたちか何か? ていうか、かまいたちって本当にあるのか……?

 とにかく、止血しないと。

 慌ててリュックを下ろし、フェイスタオルを取り出す。

「……と、とりあえずこれで止血を!」

 左右は戸惑いながらも、僕の差し出したタオルに手を伸ばす。

「……きゃあっ!」

 が、タオルに触れた瞬間、彼女の無事だった方の手もザックリと切れる。僕は唖然とした。一体なんの偶然や超常現象が重なれば、こんな事が?

 通行人……他の観光客や島民たちも、左右の悲鳴を聞きつけてこちらを伺っている。

 最悪だ。

 目立たず騒がず怪しまれず、普通の高校生を装うことが、僕たちの絶対の掟だったはずなのに……。

「……だ、大丈夫だから。行こ! 乖田くん!」

 左右も同じ事を考えていた。

 とにかく、悪目立ちだけは避けないと……!

「待ちたまえよ!」

 僕たちが走りだそうとした瞬間、例の男が声を上げる。

 さぞ目の前の惨状に驚き、困惑していると思いきや、男は不敵な笑みを浮かべ、いっそ左右の苦しんでいる姿を楽しんでいるようにすら見えた。

「……何だよ。てか、何笑ってやがんだよ!」

「くくくっくく……いや、ふふ。“イノー”の異能者も大した事ないなぁって思ってさ」

 背筋に凍り付くような悪寒が走る。

「……何?」

「“イノー”の乖田夕くんに、左右あてなさん。こんな島まで、わざわざ不毛なボランティアごくろうさん! ってね」

 得意げな口調で男は言った。

「おま……最初から知っていたのか……!?」

「だから言ったじゃん。『知ってるんだけどね』って」

 ショックに強ばる左右の表情。僕の顔も似たようなものだっただろう。開いた口が塞がらないとはこの事だ。

 こいつの口ぶり、目の前の不可解な現象。全てがピンと張った一本の糸で繋がる。僕たちが“イノー”の人間である事を知っていただけでなく、彼は……こいつは恐らく、“異能者”だ。そしてこの島で僕たちを待ち構えていたという事は……。

 カルトの連中は、僕たちの事を知っている?

「自己紹介が遅れたね。俺は“大淀スバラシ会”のメンバー、フクジュ。ご察しの通り彼女……左右さんの体が傷ついているのは、俺の異能能力によるものだ。でも、左右さんを傷つけたのは乖田くん、君だよ」

 大淀……?

「……つか、僕が傷つけたってどういう事だよ!?」

 フクジュはいよいよ自身の残虐性やら攻撃性を隠そうとはせず、にたにたと不快な笑みをこちらに向ける。

「言ったまんまだよ。君が傷つけているわけじゃないが、“君のせいで左右さんは傷ついている”んだよ」

 理解に苦しむ押し問答。

 異能者になってから想像した事は一度や二度では無い。だが、決して現実になることは無いと思っていた。

 つまりこれは……バトル?

 漫画で良くある“異能者バトル”が始まっているのか?

 フクジュはこちらの困惑なんて気にもせず、言葉を続けた。

「俺はこの能力を“呪い”と呼んでいる。俺の“おまじない”が効いてるアイテムを所持している人間は、自分自身を不幸にする。左右さんが傷ついたのもそのせいだ。不幸に捕らわれた君自身が傷つくのではなく、左右さんが傷ついたって事は……君にとってその方が“不幸”だって事さ。さぞさぞお優しい事で。それとも、彼女に気でもあるのかい?」

「うるせえ! 何だ、呪いって……おまじないが効いてるアイテムなんて、いつのまに……」

 と、言いかけて僕ははっとした。

 こいつから受け取ったアイテム……それは、一つしかない。

 僕は慌ててリュックに手を突っ込むと、先ほど入れたフクジュのミネラルウォーターを取り出す。これが呪いのアイテムに違いない。

 これが戦いだって言うのなら……このまま後手でいるわけにはいかない。そう思った僕は、思い切り振りかぶると、フクジュ目がけてペットボトルを投げつけた。

 凄まじい勢いでフクジュの顔面に向かって飛んでいくプラスチックの物体。

 が、間一髪のところで命中はしない。

「クソッ!」

 僕の能力の説明は簡単だ。

 瞬発力。慌てて家を出ると、壁に激突して重傷を負うほどの瞬発力だ。

 自分では上手く制御できず、目の前の人間にペットボトルもぶつけられない、融通の利かない能力だが……それにしても、力の加減はしたし、この距離で外すとは思わなかった。

 とにかく、呪いのクソッたれアイテムはこれで海の彼方だ。これを人生最後のポイ捨てにするから、今回だけは勘弁してってところだ。

「べらべら喋って墓穴を掘るなんて、悪役らしいじゃねーか。でもこっちは正義のヒーローになる積もりなんて無いからな! 付き合ってられるか。いくぞ、左右!」

 と、走りだそうとした瞬間。

 僕は何も無い地面でつまずき、転んだ。

 顔面から激突し、突然の衝撃に目の前に火花が散る。

「あいたっ!」

 乖田くん! という左右の呼び声。激しい耳鳴りのせいで、すぐ近くなのに随分遠くから聞こえる気がする。

 野次馬たちはいよいよ僕たちの異変にヤキモキし、何人かはこちらに近づく素振りを見せた。僕の転倒がよっぽど滑稽だったのか、カメラで写真を撮っている者までいる。

 事態はどんどん悪化していた。

「くっそ……い、行くぞ!」

 慌てて立ち上がり、走り出そうとするが……。

 僕の足はもつれ、ヘタクソなアイススケートのように勢いよく転んでしまう。

 ごちん、と硬い音が頭の中に響く。

「痛てええー! ……くそっ……なんでこんな……」

「効いてる効いてる」

 にやにやと薄ら笑いを浮かべるフクジュ。

「……ま、まだ“呪い”が? 他にもアイテムが……!?」

 まだ呪いが続いている。ペットボトルがフクジュの顔面に命中しなかったのも、もしかするとそのせいかもしれない。

 リュックを漁り、ポケットを調べる。

 が、全て自分の所有物。

「……アイテムなんてどこにも……うっ!?」

 ぎくり、と衝撃が走る。

 フクジュに貰ったミネラルウォーターを僕は飲んだ。

 つまり、呪いのアイテムは堂々と食道を通過し、僕の胃袋の中にたっぷりため込んである、という事になる。

 それらが全て体内から排出されるまでの時間は?

 もう一度フェリーに揺られて吐き出せとでも!?

「だーっはっはっは! 焦ってる焦ってる」

 フクジュの爆笑。ムカツクどころの騒ぎじゃない。

「別に酔狂で俺はこの能力を君に教えてるわけじゃないんだよ。呪いにかかった人間がワケも分からず苦しむ様も面白いけど、この能力の真価は、呪いにかけられた人間をこのフクジュが屈服させる事にある。呪いの唯一の対処法を知った人間は、フクジュに逆らえない」

 フクジュは言った。

「即ち、ラッキーアイテムの存在。ラッキーアイテムに近ければ呪いの効力は弱まるし、遠ざかれば不幸は激化し、最終的には死に至る。これは脅しだけど、本当だよ。ちなみにラッキーアイテムは……“フクジュ”。このフクジュだけが、君を不幸から守ってあげられるってワケさ」

 フクジュはそう言うと、くるりと背を向け、僕たちから遠ざかった。

 途端に、ばしっ、という音とともに僕の足下に亀裂が走る。

 ゆっくりと傾き始める地面。

 フクジュの姿が遠ざかって行くにつれ、フェリー発着場のコンクリートはバシバシと音を立て、加速的に崩壊を広げていった。

 フクジュの不幸が、大地から海へと僕を引きずり落とそうとしているのだ。

 立ち上がろうとしても転んでしまうし、救いの望みである左右は僕を助けるどころか触れる事すら出来無い。

 こんな状態で海に落ちたら……再び大地へ戻れるような“幸運”が、果たして僕に訪れるだろうか? 答えはNOだ。

 遠くからフクジュが叫ぶ。

「フクジュに従属するなら生きられる。でなければそのまま、『淡風フェリー発着場きっての大事故』に巻き込まれて死ぬがいいよ! はーっはっはっはっは! あ、ちなみにタイムリミットは君が死ぬまでじゃなく、僕に助けを乞う事が出来るまでだ。不幸すぎると、それすら出来ないからね。“大淀スバラシ会”は会員募集中! でも、決断力の無い無能は必要無い。これはその“ふるい”みたいなもんさ。それじゃ。イノーのお二人さん。また会えたらいいね!」

 コンクリートの亀裂が広がり、ぐらり、と地面が傾く。

 異変に気がついた野次馬達が、身動きを取れずにまごつく僕に向かって叫んでいる。何人かは慌ててこちらに走ってきたが……視界に映るのは、バナナで足を滑らせて転ぶ者、フェリーの桟橋で足を踏み外し海に落下する者、通りすがりの自転車にぶつかる者、割れたガラスが足の裏に突き刺さる者、突然猛り始めた飼い犬に噛みつかれる者。僕の不幸を成就させるために神様が仕組んだような、偶然の大連鎖。

 誰も僕を助けるために近づけない。

 死の気配がミリ秒単位で迫ってくる。

 一時的にフクジュの奴に従属し、起死回生を測る? このまま奴のペースでカルト集団の元へのこのこついて行って……連中に逆らえないまま、ミイラ取りがミイラになんて事になるんじゃ? 何より、これだけコケにされて服従するなんて、悔しさに腸が煮えくりかえる……最初から気に入らなかったんだ、何となく!

 が、全ては死と釣り合う天秤じゃあない。それほど目の前で起こっている現象は、リアルで切迫している。

 こんな時にふと思い出す、オレンジジュースのラベルに書いてあった占い。ラッキーアイテムは“黄色い花”。“フクジュソウ”って、黄色い花だっけ……? ラッキーアイテムは、フクジュ……? そんなの、クソったれ過ぎる! でも……。

 もうダメだ! と腹を括り、大声でフクジュの名を呼ぼうとしたその時。

「……んぐぐぐ!?」

 声が出ない。

 声も出ない恐怖、というやつだろうか?

 従属の暇も無く不幸は激化し、既に猶予が無くなっていたのか?

 地獄の鬼がすでに僕の片足を掴んでいたのか……!?

 でも、そうじゃなかった。

「……うぅっ……くっ……か、乖田くん!」

 手を血まみれにし、苦悶の表情を浮かべながら、あろうことか、左右が僕の口の中に手を突っ込んでいたのだ。

「んぐぐごご(何してんだよ!?)」

 理解が追いつかず、ただただ混乱する僕。

 不幸のかまいたちはざくざくと左右の体を傷つけ、傷は彼女の頬やまぶたにまで達し、おまけに鼻血も出ていた。血の斑紋が、地面に広がっていく。苦痛のせいか、彼女の手はガタガタと震えていた。このままでは僕が海に落ちるより先に、彼女の体が持たない。

 離れろ馬鹿!

 と言おうとした瞬間、左右の怯えていた目の奥に、きらりと決意の光が見えた。

「……ごめんね、乖田くん。ちょっとだけ我慢して!」

 言うが早いか、突如、胃袋に叩き付けられる違和感。

 僕の腹は妊婦のように膨れあがり、破裂寸前の激痛が体内を襲う。

 続いて、海水の不快な味と臭いが口内を、意識を埋め尽くし……フェリーが到着し、淡風の海を汚したのと同じように……。

 僕は再び、嘔吐した。

 嘔吐の瞬間、左右がネックレスをしている事に僕は初めて気がついた。

 こぢんまりとした黄色い花……それは“ひまわり”をあしらったものだった。夏らしく、爽やかで、可愛らしいアクセサリーは、彼女に良く似合っていた。

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