竹盗物語

七式

竹盗物語

「かぐや、かぐやはいずこか」

かぐやが月に帰った三年後の事であった。男は変わり果てた町の中、声を張り上げた。活気ある町並みは静まり返り、人の影すら疎らである。男は帝の元に急いだ。我が故郷の変わり様は、かぐやはいずこかと。

「かの変わり様は何事か」

鬼気迫る男の気迫と懐かしき家臣の姿に帝は大層驚いた。帝は旅の無事を喜ぶと同時に、都の変貌について話した。男が五つの宝を求め旅立った後の都の様子を。

かぐやを迎えに月から使者が来た事。

月の使者に我が国は無力であった事。

かぐやという光を失い人々からも光が失せた事。

「そして我が心も」

語る帝には以前の悠然さは無く別人の様にさえ思えた。脱け殻のようであった。

「かぐやは望んで月へ参ったのか」

「推し量れぬ。されど諦めにも似た物を感じた。我は、月の者であるという」

「悲しきかな。月より降り、かの様な悲しき物を持ち帰ったか」

男は帝に一礼し部屋を出る。

「いずこへ」

「かぐやを奪りに」

都を後にした男の肩に紅に染まった燕が降りる。

「久方ぶりの故郷は」

微笑の混じる問であった。

「廃れておった。人も町も」

「それで、どこに行かれるのじゃ」

「竜神の元へ。月への案内を頼もうとな。この珠も還さねばならぬ」

振り返りも立ち止まりもせず、男は答える。燕は飄々と男の周りを飛び。

「酔狂な男じゃ。竜神を便利なよろず屋扱い、頭から喰われても知らぬぞ」

男は燕の戯れ言に返しもせず、ただ竜神の住む山へ向かった。山は霧に包まれていた。生い茂る木々でさえ、側に寄らねば解らぬほどである。霧の中、男はただ歩き続けた。迷わず歩いているのか、迷いながら歩いているのか。山に入る頃より、燕は男の肩から離れずにいた。軽妙な口数も今や固く閉じられる。本能が教える。異形の世に足を踏み入れたのだと。

「迷うてはおらぬのか」

燕が耐えきれずに零す。

「見えたぞ」

そこには小さき祠があった。

「居るのであろう」

男が告げると祠を囲む様に、竜神であろう蛇の身体が姿を現れた。二重三重と廻された身体は強大であり、男の背丈を優に越える。

「人の子よ、よく姿を表せたものだ。」

「久しいぞ。主は変わりないようじゃな」

禍々しくも神秘的な姿を現した竜神に対し、男は嬉々として言葉を交わした。

「我が牙を折り珠を持ち出した狼藉、忘れてはおらぬか」

「牙は刀にしてしもうた。珠は還す。」

竜神から禍々しさが消える。

「還す。珠を求め神に刃を向け、自身の生命すら削りし得た珠を還すとは」

「珠を求めた者が失せた。我はその者を奪りに月へ行かねばならぬ。竜神よ、主は月への道を示せるであろうか」

「その者、月の民であるか。人の子よ。その者を奪り何を求める」

「知って欲しいのだ。月の民が穢れの地と呼ぶ物が、穢れながら美しい物である事を。籠から見える世は果てしなく広がっている事を」

男の話を聞く竜神は先ほどの禍々しさは消え失せ、流れる水の様に穏やかであった。

「月の民が言うたのであろう。我が慈しみ、我を慈しむ人が穢れの者であると。変わらぬものよ」

「月には行けぬのか」

「我は竜神ぞ。容易な事よ。月の民を奪りに行くか、面白き人の子よ」

竜神は男に伝える。

珠と鉢を持ち不死の山へ向かうよう。

月の満ちる夜、珠が月への道を示し

鉢は男を運ぶ舟になろう。

玉の枝が求める者を指し示し、裘を纏えば月の民の妖術も防げよう。

その者は奪われるのを望んでいたのやも知れぬと。

月満ちる夜。

「不思議なものぞ。かぐやは居らずともそこに居る様じゃ。月がよう見える」

薬と手紙の焼かれた地。かぐやの思いが焼かれた地。

「その様な物で月に届くのか。竜神に担がれたのではなかろうか」

燕が囀ずる。

「竜神の事じゃ。面白き事の起こりよう。もう時期ぞ」

月が男の真上に昇る時、珠が青い光になり月に向かい流れだす。鉢を持ち光に乗せる。鉢は光に浮かび、その姿を広げた。

「摩可不思議奇々怪々。燕よ、月へ参ろうぞ」

男は笑みを浮かべ、呼ぶ燕は呆気に取られていた。鉢に乗ると光の川を流れだした。地を離れ瞬く間に雲を抜ける。

「宙を舞うとはこのような物なのか。流れる星になった様じゃ。燕よ、そなたが羨ましいぞ」

燕は男の懐で震えていた。鉢が月に着くと男は自身の産まれた地を見る。青く大きくそして、美しい。我が地は穢れてなどおらぬと改めて確信する。

「月は石の地であるな。誠に月であろうか。かの美しい姿からはおよびもつかぬ」

「殺風景じゃ。確かに穢れてはおらぬが、これでは穢れようが無いのう」

「そう言うな。かぐやはいずこかのう」

玉の枝が男を呼ぶ。枝は何かに引かれる様であった。かぐやがその先に居るのであろう。男が枝に導かれた先に、地面取り付けられた扉があった。扉は石であろうか鉄であろうか、妙な重さを感じる物であった。扉の先には奥へ続く道があり、道は異様に明るく灯されていた。男は道を行く。どれほど奥へ行ったのであろう。先ほどと同じ扉があり男は迷いなく開いた。

そこは異形の光景であった。広い部屋には人が溢れんばかりであった。その中心は僅かばかり高くなっており、一人の女が寝ていた。その頭上には巨大な水晶があり、そこには男の知る風景が浮かんでいた。人々はそれを眺めている。僅かな動きも見せず。

場を理解した男に様々な感情が溢れる。羨望を込め穢れと呼ぶ月の民に。その民の慰み物されるかぐやに。男は怒り、泣き、そして喜びが混じりながらかぐやの元へ寄る。

「そなたは何時まで籠に囚われておるつもりじゃ」

かぐやを抱き抱え、男が叫ぶ。

「かぐやは我が貰いうける」

水晶に浮かぶ光景が消え、ようやく人々が男に気が付いた様である。人々は落ち着いた物腰でこちらからは目を離さず、何かを言い合っていた。一人が手をかざすと矢の様な光が男を襲った。裘をひるがえしそれを受けると光が弾け飛ぶ。男は自身とかぐやを裘で纏うと、人並みを縫うように走り出す。無数の光が男を襲うがそのどれもが弾け飛び、光の塵に変わる。扉まで来た男であったが扉は閉じられていた。

「うつけが。早ようなんとかせい」

懐の燕がそう捲し立てた。男は刀を抜き扉に突き刺し、切り上げ降り下ろす。扉がするりと切れ割れる。

「目の覚める切れ味じゃ。御見事竜神よ」

来た道をかけあがり、月の表へ出た。表では四方八方に月の民が居た。ゆらりと男を囲もうと動くそれを振り払い、男は鉢の元へ急ぐ。変わらず光の川に浮かぶ鉢に乗り込み、男が月に向かい突きを放つ。それは月に巨大な傷を残し、衝撃により鉢はまた流れだす。

「肝を冷やしたぞ。ほとほと無鉄砲な男じゃ」

「我もじゃ。さて帰ろうぞ」

月には無数にうごめく人の姿があった。男は遠のく月と人の影を眺めていた。自身の見慣れた月になるまで。

鉢が地に降り立つと、男は地に寝転ぶ。帰ってきたのだと空に浮かぶ月を再度眺める。

「そなたが拐ってくれたのか」

かぐやは鉢から降りると僅かにふらつきながら男の隣りに寝転ぶ。

「月から奪ってきた。迷惑であったか」

「いや、望んでおった」

そう静かに答えるかぐやは月を見ていた。

「ここでも月しか見ぬ気か」

かぐやを起こし男は周りを見るよう目配せする。今まで寝転んでいた場所は花に溢れていた。

「ここは穢れの地であるか」

「我はそうは思わんわぞ」

「では行こうぞ。月から見たがこの世はまだまだ広そうじゃ。まだ見ぬ物も溢れておろう」

「今度は暖かい所がよい。月は少し寒くてな」

「燕はそう言っておるが、どうじゃ」

「我も共に行けるのなら」

そうして、二人と一羽は月明かりの灯る世界を嬉々として歩いてゆく。

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