第一話 乙女の園で体験授業 えっ! こんな学校?
月曜、現地へ到着後。
「……確かに女の子ばっかりだけど、これはある意味詐欺ではないでしょうか?」
「校舎の雰囲気も私の想像と全然違ってびっくりさせられたけど、クラスの雰囲気もまたびっくりだよ」
予想外の展開に修平と智景は呆気に取られた。
新宿から夜行バスを利用して早朝六時頃に三宮へ到着。
そこからお迎えの車に送ってもらって朝十時半頃にようやく辿り着いた、二人が通うことになった学校の周辺は、山あいの民家ぽつぽつ、清流が穏やかに流れ、のどかな田園風景が広がるド田舎だったのだ。
とはいっても村ではなく町でもなく市ではあるようだ。
柑馬市立屋那沢(こうましりつやなさわ)小学校と、同じ校名の中学、高校が隣接していた。ただ、二〇年ほど前から市立鴨郷(かもさと)小学校、市立柑馬中学校、県立雅吹(みやぶき)高校の分校扱いになっているらしい。
小学校の校舎は木造二階建て。明治八年創立。修復工事は今までに何度もされているものの、外観は創立当時とほとんど変わってないそうだ。
そんなこんなを二人は小学校の校庭で車から降りた時、送ってくれたこの学校の教師の一人、地味な甚平&もんぺ姿で濡れ羽色の髪が煌く、二四歳の和風美人な阿佐森恵(あさ もりえ)先生から聞かされた。
「お二人の名前、この子達にはもう伝えてあるんよ。みんな、東京の子達に自己紹介してあげてね」
彼女に案内された、小学校舎内の六年生クラスとして使われていたらしい教室。
そこには、
「修平お兄ちゃん、智景お姉ちゃん、はじめまして。あたしの名前は小笠梅乃(おがさ うめの)です。小五です」
ほんのり栗色なおかっぱ頭をいちごのチャーム付きダブルリボンで飾り、丸顔でくりくりした瞳、広めのおでこ、一三〇センチあるかどうかくらいの小柄さがより幼さを引き立たせている子。
「うち、梅乃の姉の柚歩(ゆずほ)じゃ。中二。東京者(とうきょうもん)のお二人さん、よろしくねっ♪」
背丈は一四〇センチ台後半。面長垂れ目で、野性っぽさを感じさせるほんのり茶色がかった髪色のウルフカットが特徴的な明るくて活発そうな子。
「わたし、梅乃と柚歩の姉の継実(つぐみ)といいます。高校一年です」
背丈は一五〇センチちょっと。丸顔で縁無しのまん丸な眼鏡をかけ、濡れ羽色の髪を赤いリボンで三つ編み一つ結びにしていた、大正時代の女学生っぽさが感じられる清楚で大人しそうな子。
合わせて三名の素朴な感じの児童生徒が。彼女達は一旦起立して自己紹介してくれた。
教卓すぐ目の前の席に柚歩。
約一メートル距離を置いて運動場側窓際一番前の席に梅乃。
柚歩のすぐ後ろの席に継実。
「全校児童生徒、これで全部ですか?」
修平が驚き顔で尋ねると、
「うん、今は小笠さん三姉妹で全部よ。少人数だから、学年関係なくみんな同じ教室で学ばせてるの」
阿佐先生はきっぱりと答える。ちなみに彼女は小学校と中学社会科、高校地歴・公民科の教員免許を持っているとのこと。
「……俺の学校の部活として認められる最低人数より少ないわけか」
「でも、教室他にもいっぱいあるし、運動場もすごく広いね」
智景は窓の外をちらっと見た。
「一番多かった昭和三十年頃は、小学校だけで児童数四百名以上いたらしいから」
阿佐先生が伝えた。
「典型的な過疎地域ってわけか」
「確かにめちゃくちゃ不便な場所だもんね。私にはこんなとこ住めないよ」
「不便とは失礼じゃね、東京者。東京にも檜原村とか小笠原村とかここよりもずっと不便そうな場所あるやん」
柚歩がぷくっとふくれて不機嫌そうに突っかかって来た。
「ごめんなさーい」
智景はとっさに謝る。
「柚歩は、地元愛が強くて東京に対抗意識持ってるみたいよ」
継実は微笑み顔で伝えた。
「うちは徳島よりも東京の方が田舎だと思っとる。徳島は村一つしかないんじょ。東京なんて未だ村ようけあるやん。原宿だって駅の西側は森やん」
柚歩はきっぱりと主張する。
「確かに東京も都全体で見れば、田舎はいっぱいあるな。小笠原は日本一遠いし、一般人は行けない南鳥島と沖ノ鳥島もあるし」
「さすが修平お兄さん、潔く認めてくれた。超優秀な高校の子だけはあるね。あの智景って子、きみの彼女?」
「違う」
「即否定じゃね。智景お姉さんは修平お兄さんのことどう思ってはるん?」
柚歩はくすっと笑って智景にもじっと見つめて質問する。
「弟みたいなものかな? 修平くんはそんなにしっかりした男の子じゃないし」
智景は柚歩と目を合わせたまま、少し照れくさそうに答えた。
「おいおい」
修平は苦笑い。
「確かに見た感じ、智景お姉ちゃんの方がしっかりしてそうだね」
「東京者のお二人さん、恋人同士やなくてもめっちゃ仲良さそうじゃ」
梅乃と柚歩はにこにこ笑いながら呟いた。
「松永さん、車に乗せてる時も久野木君の体調気遣ってあげたりして本当に姉と弟って感じだったわ。座席二つ用意しておいたから、好きな方に座ってね」
「私、窓際がいいな」
智景は梅乃のすぐ後ろの席に座る。
「じゃあ俺、こっち座るよ」
修平が廊下側、継実から約一メートル横に離れた席に座ろうとしたら、
「あの、すみません」
継実に申し訳なさそうに机を智景の席に向かって少し遠ざけられてしまった。
俺、警戒されてる? まあ、気持ちは分からなくもないけど。
修平はちょっぴりショックだったようだ。
「ごめんね修平お兄さん、無類の女好きの男が来るって聞いて、継実お姉さん警戒してはるんじょ」
「あの、俺、女の子は確かに好きだけど、スカート捲ったり胸触ったりしたいっていやらしい気は全くないから。女の子が周りにいるって雰囲気が好きなんだ。癒されて目の保養になるというか……俺男だけど男だらけの環境にいると威圧感覚えて落ち着かないんだ」
「なぁんや。修平お兄さん、気弱じゃわ。継実お姉さん、この人は百パー安全じょ」
「継実お姉ちゃん、修平お兄ちゃんは絶対すごく優しい人だよ。怖がるのは失礼だよ」
「継実ちゃん、私と修平くん、双子の姉弟のように物心つく前からずっと付き合ってるから、修平くんは女の子にエッチなことする男の子じゃないって確信出来るよ」
「確かにそうみたいですね。申し訳ないです」
継実は修平の顔を三秒ほど見つめると、安心して席を元の位置に戻してくれた。
「あっ、いや、俺べつに、気にしてないから」
伊月先生、誤解を生むような伝え方したな。
修平は伊月先生にちょっぴり苛立ったようだ。
ほどなく、壁上部設置のスピーカーから郭公の鳴き声が聞こえて来た。
「さあみんな、授業始めるよ」
阿佐先生が告げる。
「あれ、チャイムなんですか?」
「変わったチャイムだね。私キンコンカンコン以外の初めて聞いたよ」
修平と智景はちょっぴり驚いたようだ。
今、時刻は十時四〇分。この学校での三時間目の授業が始まったわけだ。
「みんなパソコンで授業受けるんだな」
「情報の授業かな?」
修平と智景は興味津々で三姉妹の机の上を見渡す。
「わたしは今日の三時間目は古文です」
「うちは理科じゃ。だるいじょ」
「あたしは算数だよ」
「わたし達、教室で行う授業の大半は本校など町の学校から送られてくる配信映像で授業を聞いてるの。いつでも何度でも繰り返し見れるので、マイペースで進められるよ。授業で分からないところがあったら、メールで質問を送ってるの」
「すごいじゃろ? これで教育環境は都会の学校と変わらないってわけじゃ」
「あたし、これで町の学校の同じ学年の子達と毎日触れ合ってるからこの学校でも寂しくないよ。ちなみにネットは光だよ。屋那沢地区全域で完備されてるの」
ノートパソコン画面に、どこかの学校の教室での授業風景が映し出されていた。
「教室の造りは明治だけど、授業は最新鋭なんだな」
「ギャップがすごいね」
「これは東京の学校の負けじゃろ?」
柚歩は得意げに問いかけてくる。
「負けっていうか、これぞ田舎の小さな学校ならではの工夫だなって思った」
「もう、修平お兄さん田舎バカにしたな」
「いや、バカにはしてないよ。むしろ感心した。こういう方法で授業が出来ると、阿佐先生は楽ですね」
「まあ楽ね。ただ、柚歩ちゃんはちょっと目を離したら2ちゃんねるやニ○ニコ動画の閲覧とか授業と全然関係ないことするから、しっかり監視しとかないといけないけどね」
阿佐先生はそう伝えて、柚歩の席のすぐ側に移動する。
「阿佐先生、うち、いつも真面目やーん」
「どこがや。久野木君と松永さんは、好きな科目やっていいわ。地歴・公民以外教えられないけど」
「それじゃ俺は、数学でもやるか」
「私は英語やろうっと。私のクラスの月曜三時間目は英語だし」
修平と智景は豊鴎高校で使っている教材と課題プリント、筆記用具を取り出し自主学習をし始めた。
「修平お兄ちゃんって、理数科だから数学と理科が得意なんだよね? この算数の復習プリントついでにやってぇー」
ほどなく梅乃は席を立って修平の側へ移動してくる。
「あの、梅乃ちゃん、自分の力で解いた方が絶対いいよ」
「えー」
「私もその方がいいと思うな」
「久野木君と松永さんの言う通りよ。梅乃ちゃん、自力で解きなさい」
阿佐先生は優しく注意。
「はーい」
梅乃は素直に自力で計算問題を解き始めた。
「うちも学力は超優秀だっていう東京者のお二人さんに、数学と英語の宿題頼もうと企んどったんじゃけどな」
「こらこら柚歩ちゃん、人に頼っちゃダメよ」
阿佐先生は少し眉をひそめてまた注意。
「私はそんなに学力優秀じゃないよ。そういえば後ろの壁、よその学校の子達と写ってる写真がたくさん貼られていますね」
「町の学校と交流会もしてるみたいですね」
智景と修平は後ろを振り返って眺める。
「月に一回くらい、わたし達が町の学校へ行ったり、町の学校の子がここに来てくれたりするふれあい会を開いてるの」
継実が伝えた。
「先生が小学校入った頃にはすでにこういう取り組みは行われてたんよ。よその高校生がここへ来てくれたのは久野木君と松永さんが初めてよ。二人とも近づいてご自由に見てね」
阿佐先生からそう言われ、
「お花見とか川遊びとか飯盒炊飯とか餅つきとか雪合戦とか、みんな楽しそうだな」
「これも田舎の少人数な学校ならではだね。継実ちゃん、字、すごい上手」
修平と智景は席から離れ、三姉妹の習字や梅乃の図工の工作物なども併せて五分ほど観覧して、自主学習を再開した。
☆
十一時二十五分。次の郭公の鳴き声チャイムが鳴ると、
「これから休み時間だけど、月曜四時間目はみんな体育だから、久野木君と松永さんも体操着に着替えて運動場ね」
阿佐先生はそう伝え、教室から出ていった。
「あの、柚歩ちゃん、まだ脱ぎ始めないで。俺、廊下で着替えてくるよ」
制服吊りスカートの紐を外そうとした柚歩の姿が視界に入ってしまった修平も、旅行用鞄を持ちすみやかに教室から出ていく。
「修平お兄さん、紳士じゃわ。うち、男の子に下着見られてもそんなに気にならんじょ」
「修平お兄ちゃん照れ屋さんだね」
「修平君、本当に性欲の低そうな大人しそうな男の子で良かった♪」
「修平くんエッチな写真が載ってる本は一冊も持ってなかったよ。画像も」
他のみんなは感心して、体操着へ着替え始める。
「そんじゃ智景お姉さん、修平お兄さんに風呂や着替え覗かれたり、おっぱい揉まれたりしたことはないん?」
「一度もないなぁ」
「ありゃりゃ、ちょっと拍子抜けじゃ。ほなけどやっぱ年頃の男の子やけんきっと妄想して」
柚歩がそう呟いてにやけると、
「柚歩、修平君に失礼よ」
「あいてぇっ」
継実におでこを平手でペチンッとけっこう強く叩かれてしまった。
「私にとって修平くんは同性のお友達みたいにも付き合える存在だよ。柚歩ちゃん、まだブルマなんだね」
「うちの学校、指定の体操着はないんじゃけど、ブルマのが動きやすいけんね、幼稚園の頃から愛用してるんよ」
「私は恥ずかしくてブルマなんて穿けないよ」
「ブルマ恥ずかしいかな? うちは渋谷とか原宿におるあの派手な服装の方が恥ずかしく感じるじょ」
「渋谷・原宿系のファッションは私も変だと思ってるよ。この学校の制服、冬服はセーラーなのかな?」
「ほうじゃ、中高ともにセーラーなんじょ。今はおらん男子は学ラン。昭和三十年頃からデザイン変わってへんみたいじゃ」
「そうなんだ。私の高校の冬服は男女ともブレザーだよ。中学の時もブレザーだった」
「智景お姉さん、セーラー服は時代遅れでダサいって思っとるじゃろ?」
「そんなことないよ。セーラー服も憧れるよ」
「あたしも早く中学生になってセーラー服の制服着たぁい。修平お兄ちゃんももう着替え終えてるみたいだね。廊下にいないや。運動場もう乾いてるかなぁ?」
黄色のライン入り半袖クルーネックシャツ&青のハーフパンツに着替えた梅乃が教室から出た時、
危ねぇっ、ゲジゲジ踏ん付けるとこだった。智景ちゃんが見たら絶対発狂するだろうからあそこの箒で遠くへ除けとくか。
修平はすでに運動靴に履き替え、昇降口から外へ出ようとしていた。
他の三人もそれからほどなく体操着へ着替え完了。
「私おトイレ行ってくるね。確かこの階の一番奥だったね」
「うん、わたし達、先に運動場で待ってますね」
継実は緑のライン入り半袖クルーネックシャツ&青のハーフパンツの組み合わせ。
「なるべく急ぐよ」
智景は豊鴎高校の夏用体操着、青のライン入りVネック半袖シャツ&白のハーフパンツ姿で教室から五〇メートルほど先の女子トイレへ駆けて行った。
「……えっ、和式の、ぼっとん!?」
個室内を眺め、智景は顔を引き攣らせて嘆く。
「他はそうじゃないよね?」
恐る恐る、他に三つある全ての個室を確かめてみた。
「……全部、和式ぼっとんだ。これでするしかないのぉ?」
そして肩をがっくり落とし、落胆する。
「このトイレ、昭和三十年頃のままらしいけんね」
後を追って来た柚歩に伝えられた。
「あの、柚歩ちゃん、男子トイレの個室も、和式ぼっとんなのかな?」
「あったり前やん」
「えー。体育館横と、東校舎と、中学校と高校の校舎のトイレは?」
「そっちももちろんオール和式ぼっとん♪」
「この学校、それしかないのぉー。柚歩ちゃんは和式ぼっとん、嫌じゃないの?」
「うん、全然。慣れてるし。洋式より好きじゃ」
柚歩は爽やかな笑顔できっぱりと伝えて個室へ。
「落っこちたらどうしよう? 穴見ないようにしなきゃ。手がにゅって出てきそうだよ」
智景はすぐ隣の個室に入ると、おっかなびっくり便器を跨いでハーフパンツと水玉模様のショーツをいっしょに脱ぎ下ろし、腰を下ろした。視線は前方の仕切り壁へ。
次の瞬間、
「きゃっ、きゃあああああっ!」
智景は大きな悲鳴を上げた。思わず仰け反って後ろに倒れそうになる。
「智景お姉さん、どないしたん?」
後ろの個室から問いかけられる。
「壁に、大きなヤモリさんが張り付いてて。それに、サニタリーボックスのふたに大きなガまで」
「よくあることやけん、気にせずに」
「気になるよぅ。わぁっ、動いたぁ!」
「うちんとこも今、床にバッタが一匹おるじょ。下の隙間通って智景お姉さんのとこへ移動するかもね」
「柚歩ちゃぁん、恐ろしいこと言わないで……このトイレ、ウォシュレットも、音消しボタンも付いてないんだね」
「そんなのいらんじゃろ、べつに」
「いるいる。ないと気持ち良く用足せないし、用足したあとすっきりしないもん」
「東京者は贅沢じゃね」
「いやいや、みんなそうしてるし」
智景が嘆いていると、柚歩が勢いよく用を足している音がしっかり聞こえてくる。それが止むやトイレットペーパーをカラカラ引く音も。
私の音も絶対外まで丸聞こえだよね。恥ずかしい。
智景も尿意に耐え切れなくなり、早くここから出たいという気持ちも相まってとうとう用を足した。
「ふぅ」
と一息ついてトイレットペーパーを千切ろうとしたら、
「きゃっ! トイレットペーパーに、テントウムシさんが」
びくーっとなって手を引っ込めてしまった。
「テントウムシくらいでびびらんでも。かわいいじゃろ?」
すでに個室から出ていた柚歩はくすくす笑う。
「かわいいけど、テントウムシさんも突然目の前に現れたらびっくりするよ」
智景はテントウムシがいた場所を避けて千切りとり、お小水でぐっちょり濡れた恥部を拭き拭きしていく。
「柚歩ちゃん、トイレットペーパーは、穴にそのまま落としていいの?」
「オーケイじょ」
「ありがとう。流す場所がないって凄い違和感。いやぁ、このトイレ、恐ろし過ぎるよ」
智景はげんなりとした様子で個室から出て来た。
「そのうち慣れて楽しくなってくるって」
柚歩はにっこり微笑む。
「それは絶対ないと言い切れるよ」
智景はこの先が思いやられるといった心境だ。
「智景お姉さん、和式に慣れとくと山ん中とかでお花摘みしたくなった時便利じょ」
「アレのことだよね? 私もしそういう状況になっちゃったら、漏らす方選んじゃうと思う」
「おう、通じたか」
「授業で、先生から聞いたことあるから」
「ほうか。ところで智景お姉さんは、阿波おどりの本場は高円寺のじゃと思ってへん?」
「徳島のが本場だと思ってるよ。阿波は徳島の旧国名だし」
「よかったじょ。東京者は高円寺のが本場じゃと思っとる人多いらしいけんね」
二人はそんな会話を弾ませつつ手洗いを済ませ、急いで広々とした運動場へ。
「修平お兄さん、うちのこと嫌らしい視線で見んといてね」
紺のブルマ&赤のライン入り半袖クルーネックシャツ姿な柚歩は、上目遣いでお願いしてくる。
スポーツブラが透けて見えるぞ。
目に映ってしまった修平は、
「見るわけない」
とっさにぷいっと顔を晴れ渡る空に向けた。彼は上は智景と同じく夏用、下は冬用のネイビーブルーのトレパンを着用した。
「修平お兄さん、うちと五〇メートル走勝負しよう!」
柚歩は準備運動の屈伸をしながら誘ってくる。
「べつにいいけど」
俺、短距離走苦手だけどそんなに遅いわけじゃないし、二学年下の女の子には負けないだろうと思い、勝負に乗った修平。
「ここがスタートラインね」
継実が木の枝で引いたスタートラインに柚歩と並ぶ。
「こっちも準備オーケイよーっ!」
阿佐先生がそこから五〇メートルの距離をメジャーで測り、ゴールのラインを枝で引いてくれた。
「修平くんも柚歩ちゃんも頑張って」
「修平お兄ちゃんどれくらい速いのかな?」
智景と、計測係の梅乃もゴール付近で待機。
「位置について、よぉい、ドンッ!」
継実の合図で、二人はスタートした。
修平の方が反応は早かったが、
「はやっ!」
あっという間に柚歩に先を行かれてしまった。
「柚歩お姉ちゃん7秒05、修平お兄ちゃんは、8秒03」
「柚歩ちゃんすごーい。私、9秒台がやっとだよ」
「中二の女の子で7秒ちょっとって……男子高校生の平均より速いぞ」
あっと驚く智景と修平。
「自己ベスト更新出来て嬉しいじょ。この辺じゃ速く走れんと命に関わるよ。ツキノワグマやイノシシに襲われることがあるけんね」
柚歩はにこにこ笑う。
「恐ろしいこというなよ」
修平は困惑顔。
「いや、本当のことなんじょ。ていうか、東京だってアキバから二キロくらい北にクマやライオンやトラが出るじゃろ?」
「ああ、確かに出るな。檻の中だけど」
柚歩の突っ込みに、修平は笑ってしまう。
「梅乃ちゃん、7秒92ね」
梅乃もちゃっかり阿佐先生に計測してもらった。
「やったぁ! 自己新記録だぁ!」
ぴょんぴょこ跳ねて嬉しがる梅乃。
「梅乃ちゃん、おめでとう!」
智景はパチパチ拍手する。
「梅乃ちゃんも、俺より速いのか。小五の女の子なのに」
修平はかなりショックを受けたようだ。
「男子高校生で五〇メートル8秒切れないのは、情けないな」
阿佐先生は爽やかな笑顔で率直に言う。
「修平君、わたしは9秒台だから気にしないでね」
継実は優しく慰めてくれた。
「修平お兄ちゃんは、運動苦手なんだね」
「あー。小学校時代から苦手なんだ。中学でも体育は5段階の3が最高だったし」
「修平お兄さんの高校、勉強ばっかりしてスポーツ苦手な子多そうじゃね」
「いや、俺のクラスは、スポーツも万能なやつ多いぞ。理数科は中学で何か部活やってないと推薦してもらえないし。俺はパソコン部だったからな」
「私は文芸部だったよ。私も運動すごく苦手」
「ほうなんじゃ。確かに東京者のお二人さん、文化系って感じの顔つきしてはるわ。修平お兄さん、今度はうちと相撲しよう!」
「やめとくよ。年頃の女の子と相撲はさすがに取れないから」
「そんなこと言って、うちに負けるんが怖いんじゃろ?」
「いや、そんなんじゃない。俺のが身長二〇センチ以上高いし、勝てるとは思う」
「じゃあ勝負しようよぅ。一回だけ。ねっ♪」
柚歩にウィンク交じりでお願いされ、
「修平お兄ちゃん、柚歩お姉ちゃんとお相撲取ってー」
梅乃に服を引っ張られせがまれ、
「分かった、分かった」
修平はしぶしぶ承諾。
「どんな取組になるのかな?」
智景は期待する。
「修平君、体格的に有利だから今度は勝てるかも」
継実はさっきと同じ枝を使って運動場に直径四メートルくらいの土俵を描いた。そのあと真ん中付近に二本の仕切り線も忘れずに。
「あたしが行司さんやるぅ」
梅乃は軍配団扇代わりに校庭隅に生えていたフキの葉っぱを取って来た。
「柚歩がお相撲ごっこする時は柚歩富士って四股名を使ってるの。修平君は、修鵬でいいかな?」
継実が問いかけてくる。
「べつに四股名を付けてもらわなくても良かったんだけど」
ちょっぴり困惑する修平。
「修平お兄さん、早く土俵入ってこんな風に手を付いて」
柚歩はすでに準備万端。腰を下ろし、両拳を仕切り線手前に付けていた。ちなみに裸足だ。
「分かった、分かった」
修平は運動靴を履いたまま土俵に入り、しぶしぶ腰を下ろして照れくさそうに両拳を仕切り線に付けた。
「二人とも頑張ってね」
智景は体育座りで温かく見守る。
「見合って、見合って、はっきよぉーい、のこった!」
梅乃のこの合図で、いよいよ立ち合い。
修平と柚歩、すぐに組み合う。
体格差から柚歩に覆い被さるような形になった修平はブルマの裾を両手で掴み、柚歩は修平のハーフパンツの裾を両手でがっちり掴んだ。
「修平お兄さん、なかなかいい当たりだったじょ。うち、押し潰されそうじゃ」
柚歩はちょっぴり苦しそうな表情を浮かべる。
「修平くん、このまま寄り切れば勝てそうだよ」
智景からエールが飛ぶ。
「修平君、有利な体勢ね」
継実はにこにこ顔で呟いた。
「俺、二つ下のちっちゃい女の子に相撲で負けるわけにはいかないからな。本気で行くぞ」
「望むところじゃっ! うちも本気出すじょ!」
「あれ? 動かせない」
修平は腕に力を入れ、そのまま寄り切っていこうとしたが、柚歩に踏ん張られる。
次に吊り上げようとしたが、結果は同じだった。
次は投げ飛ばそうかな。でも女の子を投げ飛ばすのは気が引けるっと悩んでいると、
「えっ!」
柚歩に逆に土俵際までズズズッと押し込まれてしまった。そして修平はあっさり土俵から足を出してしまう。
この時点で勝負あり。修平の負け確定だが、
「修平お兄さん足腰弱過ぎ。全然踏ん張れてないじょ。洋式なんか使ってる東京者は軟弱じゃね。そりゃぁっ!」
「ぅをぁっ!」
柚歩に足を掛けられて、豪快に投げ飛ばされてしまった。
「あらら、修平くん、回転して裏返しになっちゃった」
柚歩のパワーに唖然とする智景。
「ただいまの、決まり手は、寄り切りののち二丁投げで、柚歩富士の勝ちっ!」
梅乃は爽やかな笑顔で決まり手を告げる。
「柚歩ちゃん立ち合い手加減してたわね。最初から本気だったら久野木君一瞬で土俵の外に吹っ飛ばされてたと思うわ」
阿佐先生はそう呟いてにっこり微笑む。柚歩の実力をよく知っているようだ。
「わたしも正直言うと、柚歩が勝つだろうなと思ってた」
継実はうつ伏せ状態の修平に申し訳なさそうに本音を呟く。
「いててて、腰打った」
「修平お兄さん弱過ぎ」
何も出来ず完敗の修平、柚歩にくすっと笑われて手まで差し出されてしまう。
「いや、柚歩ちゃんが強過ぎるんだと思う。並の男子高校生より強いだろ」
修平は決まり悪そうに腰をさすりながら自力で立ち上がり、少し下にずれてしまったハーフパンツを元の位置に戻す。彼の体操着前側に今朝の雨でまだ少し湿ったままの土がべっとり付いていた。
「修平くん、土はたいてあげる」
「智景ちゃん、俺、自分ではたくから」
「心優しい智景お姉さんも、うちと相撲取ろう!」
「いや、絶対負けるからやめとくよ」
智景はやや怯えながら拒否した。
「あらら、やっぱダメか。それじゃ、ドッジボールで勝負しよう。うちら対東京者で」
「それはもっと嫌だなぁ。柚歩ちゃんの投げる球、ものすごく速そう」
「柚歩お姉ちゃん、修平お兄ちゃんと智景お姉ちゃんを裏山に案内してあげよう」
「いいね。あの裏山、頂上は凄く眺めええよ。ここから十分くらい歩いたら着くじょ」
こうして阿佐先生以外のみんなで運動場から通じる学校の裏山へ。
山道に入って五分もすると、
「柚歩ちゃん、急峻なのに、歩くの早過ぎだよ」
「俺もかなり疲れて来た。高尾山よりも勾配きついな」
智景も修平もばてて来たようだ。
「標高は百メートルちょっとだけど、しっかり山道だものね」
「修平お兄ちゃんも柚歩お姉ちゃんも頑張って。あと半分くらいだよ」
梅乃と継実はそのすぐ前を軽快に歩く。
「東京者は歩くん速いらしいけど、山道じゃうちらの勝ちじゃね」
柚歩が先頭だ。
修平と智景は十五分ほどかけて山頂に辿り着いた頃には、かなり息を切らしていた。
「本当にいい眺めだな。カメラ持ってくればよかった。段々畑も多いな」
「まさに昔の日本って感じだね。スカイツリーからの大都市の眺めもいいけど、田舎の風景もまた別の意味で素敵だよ。鳥のさえずりも聞こえるし」
周囲の山々と広大な田園風景に見惚れる。高いビルは全く見えなかった。
「この山、秋になるとドングリとマツタケと栗が取り放題なんじょ。所有者は今はおらんけんね」
柚歩は自慢げに伝えた。
「智景お姉ちゃーん、あそこの百合のお花で髪飾り作ったよ」
梅乃が駆け寄って来て手渡してくる。梅乃自身も髪に飾っていた。
「ありがとう梅乃ちゃん」
智景はさっそく髪に飾ってみた。
「智景ちゃんも梅乃ちゃんも、よく似合ってるね」
「ありがとう修平くん、きゃっ、アゲハチョウが寄って来た。これ外すよ」
「智景お姉さん、アゲハはかわいいやん」
「確かにかわいいけど、それは図鑑で見る場合であって実際に間近で遭遇すると怖いよぅ。わっ! あの石の上、変なカタツムリさんがいる。殻に毛が生えてるよ。気味悪いよ」
「俺もこのタイプのは初めて見た」
「これはオオケマイマイさんだよ」
梅乃が教えてくれる。
「触ってみぃ。柔らくて触り心地ええじょ」
柚歩は爽やか笑顔で勧めてくる。
「無理無理。普通のカタツムリさんでも無理だよ」
「俺も。手が汚れるし」
智景と修平の表情は少し引き攣る。
「触ってもケガしないのに」
「さすが東京者。予想通りの反応じゃ」
梅乃はにっこり、柚歩はくすっと笑った。
「智景ちゃん、あそこの木の上、オオルリさんがとまってるわよ」
継実が指差す。
「本当だ。宝石みたいですごくきれいだよね、この小鳥さん」
「智景お姉さん、鳥は平気みたいじゃね」
「うん、遠くから眺める分には。でも急にバサバサバサーッて近寄って来られると怖い。あの、この木の幹、何かの動物が引っ掻いた跡があるけど、ひょっとして……」
智景が指差しながら恐る恐る尋ねると、
「ツキノワグマさんだよ」
梅乃はにっこり笑顔で伝えた。
「下に糞も落ちてはるわ。まだ新しいっぽいけん、つい数分前までここにおったみたいじゃね。足跡もしっかり残ってはるし」
「足跡の大きさから察するに、きっと大人のツキノワグマさんね。体長1.5メートルくらいの」
柚歩と継実は落ち着いた様子で説明を加える。
「……四国にも、野生の熊さんいたの?」
智景は途端に顔が青ざめカタカタ震え出し、額からつーっと冷や汗が流れ出た。
「おるじょ。ほなけど今はほとんどおらんなってしもうとるけん、捕獲禁止になってるんじょ」
「四国の中でも剣山山系にしかいなくて、絶滅の危機に瀕してるんだって。だから守らなきゃいけないの」
柚歩と梅乃は爽やか笑顔で愉快な気分で伝えて来た。
「それは非常に共感出来るけど、みんな、早くここから下りよう!」
修平は焦り顔でせかす。
※
あのあとみんな無事に教室へ戻った頃には、お昼休みに。
「みんなおかえり」
先に戻った阿佐先生が給食準備を整えてくれていた。
修平と智景、柚歩と継実、梅乃と阿佐先生が向かい合う、班の形になっていた。
「高校生の俺らの分もあるのか」
「給食、三ヵ月半振りくらいだよ。ちょっと懐かしい」
「高校生になっても給食が食べれることが、この学校の素晴らしい点よ。町の高校では給食あるところないから」
継実は嬉しそうに言う。
みんなの机の上に八宝菜、シューマイ、ポテトサラダ、ご飯、牛乳。
ありふれた給食メニューに加えて、さらにもう一品あった。
「あのう、これは、何でしょうか?」
智景は恐る恐る質問する。
「イナゴと蜂の子の佃煮だよ」
梅乃から爽やかな笑顔でそう聞かされ、
「……いらなーい」
智景は顔をしかめて拒否した。
「馴染みない食材だし、俺も抵抗が……」
修平も困惑するが、
「イナゴと蜂の子で引いちゃうなんて、東京者は普段スイーツばっかり食ってんでしょ。昆虫は栄養満点なんじょ。修平お兄さん、はいあーん」
「うぐぉ」
柚歩によって強引に押し込まれてしまった。
修平は噛み締めた瞬間、
「意外に、美味いな」
こんな感想が漏れた。
「ほうじゃろ。智景お姉さんも一口」
「修平くんが食べたから、私も食べないと。でも……」
「智景お姉さん、蜂蜜は食べたことあるじゃろ?」
「うん、私大好きだし」
「ほな蜂の子だって食べれるじゃろ?」
「いや、それは、ちょっと……」
「はいあーん」
智景も柚歩に強引に押し込まれてしまった。
「……意外と、美味しい。姿見なければ癖になりそう」
「智景お姉さんにも気に入ってもらえて嬉しいよ」
「蚕のさなぎの佃煮もなかなかの美味よ。みんな、早く着替えて席に着いてね」
阿佐先生から言われ、三姉妹と智景は教室で、修平はまた廊下で着替えを済ませてくる。
みんな着席した後。
「修平お兄ちゃんと智景お姉ちゃんもこうやってね。いただきまーす」
「いただきます」
「いっただっきまーすっ!」
三姉妹は食前の挨拶をしてから箸を付けた。
「そういや高校で弁当になってから、昼飯食う前にいただきますって言ったことないな」
「私もないな。やっぱ言った方がいいよね。いただきます」
「いただきます」
智景と修平もこれにて佃煮以外に箸を付ける。
楽しいランチタイムが始まった。
「ところでこの学校って、遠足や修学旅行ってあるのか?」
修平はふとこんな疑問が浮かぶ。
「あるよ。遠足も修学旅行も家族旅行みたいに学年関係なくみんなで行くの。遠足では大歩危にかずら橋に大塚国際美術館にこんぴらさんに高知、他にもいろいろ。継実お姉ちゃんが小六の時の修学旅行では京都と奈良、柚歩お姉ちゃんが小六の時は伊勢神宮とか鳥羽水族館とかスペイン村とか、継実お姉ちゃんが中三だった去年は長崎と阿蘇山行ったよ」
梅乃は楽しそうに伝えた。
「けっこういろいろ行ってるんだな」
「行き先は四国の学校ならではって感じだね」
「あの、修平君に智景ちゃん、東京の学校では、生徒会と風紀委員に物凄い権力があって、理事長の子や孫がいたり、オホホホ、ですわよって言うツインテールの高飛車なお嬢様タイプな子がいたりするのかな?」
継実は少し緊張気味にこんな質問をしてくる。
「いや、俺は見たことないし、生徒会も風紀委員も全くと言っていいほど権力ないぞ」
「私もそんな子は見たことないよ」
「そうでしたか。わたし、東京の学校って、ラノベに出てくるような感じの学校なのかと思ってました」
「継実ちゃんも、ラノベ読むんだ」
修平は少し驚いた。
「はい、わりと読んでます。電○やMFやファ○タジアを中心に」
「俺も少しだけ読むよ。親友の拓郎と秀文って俺よりスポーツダメなやつに影響されて、中一の夏休みから読むようになった」
「私も図書室に置いてあるのとかちょっとだけ読んでる。面白いよね」
「修平君と智景ちゃんもラノベ読んでるんですね。嬉しいです」
継実は仲間意識が芽生えたようだ。
「うちもラノベはけっこう好きやっ! 国語の勉強にもなるしね」
「あたしもたまに読むけど、漢字多いからあたしは児童文学の方が好きだな」
「梅乃も中学入る頃にはラノベの方が好きになると思うじょ。ラノベといえば町の学校の子でさぁ、ラノベはサルをキーボートの上で踊らせたような酷い文章だってラノベをバカにしてた子がいたよ。うち今度サルおびき寄せて実際試してみようかな?」
柚歩の呟きを聞き、
意味不明の文字の羅列になるに決まってるだろ。仮に無限時間やらせたら無限の猿定理によって意味のある文章が作られるんだろうけど。
修平は光景を想像して思わず笑ってしまった。
「この辺、おサルさんも出るの?」
智景はちょっぴり驚いた様子。
「うん、たまに見かけるよ。智景お姉さんは、サルはバナナが大好きってイメージ持ってはる?」
「うん! サルいえばバナナだよ」
「やっぱり。野生のニホンザルはバナナ食わんじょ。生えてないしね。その辺に生えてる木の実とか農作物食うんよ。あと昆虫やカエル、小動物の死骸もバリバリむしゃむしゃ美味しそうに食うよ」
柚歩は生き生きとした表情で楽しそうに伝える。
「私のおサルさんのイメージ壊さないで」
智景はシューマイを頬張りながら、苦々しい表情を浮かべた。
「実際、野生のニホンザルはそんなもんだろ。この辺でラノベ買い集めるのって、けっこう大変だよな」
「はい、屋那沢には本屋さんすら一軒もないので」
継実はちょっぴり不満そうに伝えた。
「Am○zonで買ったのか?」
「いえ。月に一回くらい、町の学校のお友達や両親や阿佐先生と徳島市内や神戸へ遊びに行く時に、大きな本屋さんやア○メイトさんでまとめ買いしてるの」
「そういうわけか。ちょっとチャリ走らせば何軒も大型書店のある俺んちの近所に比べたら、やっぱかなり不便だな」
「手軽に本を買いに行けないのは大変だね」
同情する修平と智景を見て、
「でもここは神戸同様、サ○テレビもM○Sもテレビ○阪も映るので、東京都心と深夜アニメの視聴環境はさほど変わらないと思いますよ。マチ★アソビにも日帰りで行けるし」
継実はにこにこ顔で呟いた。
「継実ちゃん、深夜アニメも見てるんだねっ?」
智景は嬉しそうに問いかける。
「はい。クール毎に十本くらいは」
「私も少しだけ見てるよ。眠いからリビングのテレビの録画でだけど」
「わたしも茶の間のテレビで録画して見てるの。リアルタイムでこっそり見たらお母さんに叱られちゃうから。お母さん深夜アニメにいいイメージ持ってないんだ」
「俺の母さんは無関心だな。俺は拓郎と秀文が勧めて来たやつをなんとなく見てるよ。同じく家族共有のテレビの録画で」
「そうでしたか。お二人は、アキバへは行ったことありますか?」
「拓郎と秀文に誘われて何度か行ったことあるけど、俺はあの街あまり好きじゃないよ」
「私も何回は行ったけど、人が多過ぎて落ち着かなかったよ。渋谷や原宿も苦手。上野や浅草の方が好きだな」
「わたしも人混みは苦手よ」
「うちもじょ。神戸や大阪の街ん中は落ち着かんわ~。東京者のお二人さんは、両国国技館に大相撲見に行ったこと何回くらいある?」
続いて柚歩が質問してくる。
「小学生の頃に家族で一回見に行って、それきりだな」
「私は一度もないよ。お隣の江戸東京博物館は何度かあるけど」
「案外行ってへんのじゃね」
「芸能人よく見かけるんでしょう?」
今度は梅乃が知りたそうに質問してくる。
「いやぁ、そうでもないよ。郊外にある俺んちの近くでは一度も見たことない。都心へ出かけた時に稀に見かけるってとこだな」
「私も年に二、三回くらいだよ。気付かなかったこともあると思うけど」
「そんなもんかぁ。ちょっとがっかり。それじゃあ、修平お兄ちゃんと智景お姉ちゃんがテレビに出たことはある? 東京はよくテレビ中継されるでしょ。お台場とか渋谷とか原宿とか」
「私はないよ」
「俺も」
「あたし達の勝ちだねっ! あたし達は二年くらい前のふれあい会の時、地元のローカル番組に出たことがあるよ」
「うちも十秒ほど映ってた」
「わたしは恥ずかしいので、なるべく映らないようにカメラから逃げてました」
「ちょっと羨ましいな」
「俺は、継実ちゃんと同じでそういう取材が来たら映らないように逃げると思う。それじゃ俺、トイレ行って来るから」
ちょうど給食を食べ終えた修平は席を立ち、教卓横の返却籠に食器を置いて教室から出て行く。
「修平くん、穴に落ちないようにじゅうぶん気を付けてね」
智景は心配そうに警告してくれた。
「いや、個室は使わないし」
修平は男子トイレへ入った瞬間、
小便器が、壁式!?
見慣れぬ光景にびっくり。
普通に壁に当てればいいんだよな?
それでも使い方には悩まず用を足して廊下に出た後、
携帯はちゃんと繋がるみたいだな。よかったぁ。
ズボンポケットから取り出した自分の携帯から、単位互換制度指導部長でもある伊月先生の携帯に連絡した。
「伊月先生、俺、騙された気分ですよ。例えるなら東京旅行に行くって言われて奥多摩や檜原村行かされた感じかな? 三宮から高速入って、成城や玉川みたいな緑豊かな郊外の学園都市にあるのかなって思ったけど、あまりに田舎過ぎますよ。まるで山村留学みたいじゃないですか。しかも徳島県だし。神戸じゃないし。それに女子ばっかりだったけど、女子校ではないですよね?」
呆れ気味の声で伝える。
『ハハハッ。まあ正式には神戸から車で四時間もあれば辿り着ける場所にある、現時点で女子しかいない小中高で、隣接して建ってるし校名も同じだし一貫校と変わりないよねだから、略せば間違ってないだろ?』
伊月先生は楽しそうな笑い声だ。
「……確かにね。俺、ラノベとかに出てくるような、学生数二、三千人規模の巨大女学園をイメージしてましたよ。マリア像とか礼拝堂とかがある」
『やはりそうか。まあお嬢様ばかりって言われたら、普通そっちをイメージするよね』
「けど女の子がみんな田舎っ子らしく純情可憐、純真無垢でかわいいのは事実でしたし、楽しめそうだから今のところ満足はしてますよ」
『そうか、そうか。それは光栄だよん。木曜の朝、こちらから迎えに行くからそれまでド田舎暮らしを思う存分満喫したまえ』
「はい。では伊月先生、また何かあったら連絡します」
修平はそう伝えて電話を切り、続いて拓郎の携帯に連絡し、この学校の状況を伝えた。
『小中高全部合わせてたったの三人って――もう廃校秒読み段階だろ。それ以上に廃村の危機じゃねぇ? のん○んびより以上のド田舎度だな。修平は兄貴のポジションか。状況は羨ましいが、トイレがぼっとんで、野生の熊まで出るらしくて、本屋すら無くてジャ○プ買うのにも一苦労ようなとこならオレ、行かなくて正解だったぜ。伊月は嘘つきだな』
笑い声で、ホッとしている様子が電話越しに窺えた。
『やっぱ田舎者の女は、一人称がおらで、両親をおっとう、おっかぁって呼んで、んだとかだべとか、してけろとかって言うのか?』
さらにこんな質問もしてくる。
「いや、言わんぞ。拓郎、田舎者馬鹿にし過ぎだろ」
修平は呆れ顔だ。
『ド田舎の複式学級の三姉妹だけの学校ですか。ちょっと気になるけど』
いっしょに聞いていた秀文は、行けばよかったかなっという気持ちも多少は芽生えたようだ。
語尾によく“じょ”って付ける柚歩ちゃんって子、タヌキっぽくて一番かわいいな。
修平はそう思いながら、教室へ戻っていった。
※
五時間目。継実は英語、柚歩は国語、梅乃は理科の授業を配信映像で聞き、修平は古文、智景は数学Ⅰの演習問題に励んでいる最中、
「きゃあああっ!」
またしても智景は大きな悲鳴を上げた。
「クマバチさんが、入って来ちゃったよぅ」
運動場側の窓から入って来たクマバチが、ブ~ンブ~ンと大きな羽音を立てながら天井の蛍光灯付近を飛び回る。
「あらいらっしゃい」
阿佐先生はにこやかな表情で歓迎の言葉をかけた。
「早くなんとかしてぇぇぇ~、刺されちゃうぅぅぅぅぅぅぅ」
智景は数学ⅠAの問題集を頭に被せて身を守ろうとする。
「智景お姉さん、クマバチは普通刺してこんけん落ち着いて」
柚歩は怯える智景を見てくすくす笑う。
「智景お姉ちゃん、クマバチさんが教室に入ってくるのはよくあることだよ」
「クマバチさんの教室侵入はここじゃ日常だけど、東京の学校ではシリアスみたいね」
梅乃と継実も微笑ましく観察する。
「クマバチは姿に見合わずそんなに危険じゃないよな」
修平も至って冷静だった。
「いやぁっ! 私の席に近寄って来た」
智景はガバッと立ち上がり、慌てて廊下へ逃げようとするが、
「きゃあっ!」
引き戸のスライドレールに引っかかって前のめりにズッコケてしまった。
クマバチは智景の頭上約三〇センチを通り過ぎ、無様な智景の姿を見届けるかのように廊下の窓から外へブ~ンと逃げて行った。
「智景お姉さん、蜂に刺されるより痛い思いしたんじゃない」
「松永さん、大丈夫かな?」
「智景ちゃん、大丈夫か?」
阿佐先生と修平は苦笑いで尋ねる。
「両膝打っちゃった。あとで蒼くなりそう。念のため保健室行って来ます」
智景は苦虫を噛み潰したような表情で伝え、ゆっくりと立ち上がって歩を進める。
「保険医さん今日は来てないから、久野木君もついていってあげて」
「はい」
阿佐先生に笑顔で命じられ、修平も教室から出て行った。
「智景ちゃん、痛くて歩きにくいようなら、おんぶするよ」
「大丈夫。そこまで酷くないから。血も出てないし。気遣ってくれてありがとう」
「いやいや」
仲睦まじく会話を弾ませながら並んで歩く二人の後ろ姿を、
「いいムードになりそうじゃね。保健室でキスしたりして」
柚歩は廊下に出てにやけ顔で見届ける。
「柚歩、授業に集中しなさい」
「はいはーい」
継実に優しく注意され、柚歩は大人しく自分の席へ戻ったのであった。
「智景ちゃん、冷湿布両膝に貼っとくね」
「ありがとう修平くん。んっ、冷たぃ。でも気持ちいい。それにしてもこの学校の保健室、虫刺され用のお薬が多いね」
「……そうだな」
ムカデ、アブ、ブヨ、毛虫、蜂など刺され用の塗り薬が保健室の棚に多数常備されていた。
「まむし、ヤマカガシに咬まれた時の緊急連絡先も、あそこの張り紙に太字で書いてあるし。恐ろしい学校だよね」
智景は背中から冷や汗が流れた。
□
二人が教室へ戻ると、
「おかえりぃ♪ あたし、修平お兄ちゃんと智景お姉ちゃんの似顔絵描いたよ」
梅乃にスケッチブックから千切り取ったB4サイズの画用紙をかざされた。
「私と修平くんそっくり。ありがとう梅乃ちゃん、梅乃ちゃんの絵、線が太くて少年漫画風だね」
「かなりいい出来だな」
4B鉛筆でツーショットに描かれていて、二人は嬉恥ずかしがる。
「あたし絵が得意なんだ。図工は一年生の頃からずっと3段階の3なの」
梅乃は自慢げに伝えた。
「梅乃ちゃん、そろそろ理科の授業に戻りましょうね」
「阿佐先生、これも理科のスケッチの勉強なのに」
※
六時間目までの授業を終え、帰りのSHRにて、
「明日の一、二時間目を使ってみんなで先生のおウチ横の田んぼの田植えをしますので、久野木君と松永さんも、体操着と軍手用意して来てね」
阿佐先生からこんな連絡があった。
「あの、阿佐先生、手作業ですか?」
「もちろんよ松永さん」
「そうなんだ。不安だなぁ」
「俺もだ。足手まといになりそう」
「東京者のお二人さん、頑張ってや」
柚歩は勝ち誇ったようにエールを送る。
「先週土曜に残りの田んぼ全部やる予定だったけど、東京の子が来てくれるって聞いて変更したんよ。これからお掃除の時間よ。久野木君も松永さんも教室と前の廊下の掃除手伝ってね」
「はい」
「人数が少ないから、お掃除楽そうだね」
「この教室と廊下以外の掃除は、近所の方がボランティアでやってくれてるの」
阿佐先生も含め、みんなで教室と廊下の床掃きや窓掃除をしていく。
「きゃぁっ! 廊下にゲジゲジさんがぁ~」
「智景お姉さん、虫出るたびに悲鳴上げよったらすぐに声かれてまうで」
掃除のあと、
「久野木君、松永さん、今から校舎をバックにみんなで記念撮影するよ」
阿佐先生に伝えられ、みんなは運動場へ。
阿佐先生は校舎の全景が写る位置まで移動し、デジカメを構える。阿佐先生から見て左から順に梅乃、智景、修平、柚歩、継実という構図だ。
「それじゃ、撮るよ。はいチーズ」
阿佐先生はそう言ってから約三秒後にシャッターを押した。これにて撮影完了。
「きれいに撮れてるね。さすが阿佐先生」
「修平お兄さん、もう少し笑いなよ」
梅乃と柚歩はすぐさま阿佐先生の側へ駆け寄り、保存された画像を覗き込む。
「なんか照れくさいし」
修平はすまし顔。
「修平くんもなかなかいい表情だよ。高校時代のいい思い出になりそう」
「わたしも。東京の子がここへ来てくれるなんて、夢にも思わなかったもん」
他のみんなはにこやかな笑顔だった。
「それじゃ、みんな、また明日ね。下校道も気をつけて」
これにて解散。
修平、智景、三姉妹のみんなですでに田植えを終えたばかりの田んぼに接する車一台と人一人が何とかすれ違える程度の狭い通学路を歩き進んでいく。
梅乃は昔ながらの赤いランドセルを背負っていた。
「通学路の風景、すごく美しいな」
「そうだね。藁葺き小屋も水車小屋もあるし、まさに昔の日本って感じだよ。のどかでのんびりした雰囲気だね」
「田舎はのどかでのんびりしてるなんて都会の子ぉからよう言われるけど、この辺で風景眺めながらのんびりしてたらアブとかに刺されてまむしとかに咬まれるじょ。クマやサルやイノシシに襲われるよ。自分の身に常に危険が迫ってるって構えとかんと。夏は特に」
柚歩は爽やかな笑顔で警告する。
「通学路で、モンスターが蠢くファンタジーRPGのスリルが味わえるわよ」
「スズメバチさんはHP150、まむしさんは200、ニホンザルさんは500、ツキノワグマさんは700くらいだね」
継実と梅乃は楽しそうに呟いた。
「通学路にスリルなんていらないよぅ」
智景は顔を青ざめさせ、引き攣った表情で主張した。
その矢先、
「きゃっ! 何か大きな蚊みたいな虫が顔にいっぱい。服にも」
智景は顔や体をぶんぶん揺すって振り払おうとする。
「こいつはユスリカだよ。今の時期は特に多いんじょ。刺して来んけんなかなかいいやつなんよ」
柚歩が伝えた。
「俺の服にもめっちゃまとわりつかれたぞ」
修平も鬱陶しそうに服をはたく。
「僕らのユスリカ♪ まとわりついたんだ♪」
梅乃は楽しそうに替え歌を口ずさむ。
「私の服にいっぱい付いてるの、修平くん、とってぇー」
智景は涙目だ。
さらにもう少し歩き進み、
「きゃっ! あれ、まむしさんだよね」
智景はまた悲鳴。
どくろを巻いたまむしに遭遇してしまった。
「何も手出しせんかったら何もしてこんけん、そーっと横通り過ぎたらいいんじょ」
得意げにアドバイスした柚歩、
「まむしさん気持ち良さそうにひなたぼっこしてるね」
梅乃、
「そうね。滅多に通らないけど車に気を付けてね」
継実は慣れているかのように堂々と、
「本当に大丈夫なんだよな?」
「通学路、怖いよぅ」
修平と智景はおっかなびっくりまむしの横を早足で通り過ぎた。
さらに百メートルほど歩き進んで、
「きゃっ! ウシガエルさんだぁ」
智景はまたびっくり。思わず修平の背後に隠れる。
「図鑑では見たことあるけど、生はやっぱすごい迫力だな」
体長二〇センチ以上はあるだろうウシガエルが、ブォンっと一回鳴き声を上げて、ぴょこっと横断していったのだ。
「めっちゃ美味いらしいよ」
柚歩は爽やかな笑顔で言う。
「こんな不気味なの食べるなんて想像出来ないよぅ」
「俺も。ここって、鉄道は通ってないみたいだな」
「屋那沢には鉄道ないけど、直線距離でほんの十五キロくらい先に最寄りの鉄道駅があるじょ」
柚歩が伝える。
「ほんのって、俺らの感覚では相当な距離だぞ」
「やっぱすごく不便だね。牛糞の匂いも漂って来たよ」
智景はちょっぴり顔をしかめる。
「牛小屋まであるのか!」
みんながその前を通りかかると、ホルスタイン種の牛達が挨拶をしてくれたかのようにウモゥ~ッと鳴き声を上げた。
「あっ、バス停がある。バスは通ってるんだね」
「でも、一日に朝夕たった一往復だけか。さすがド田舎だな」
修平は時刻表を確認してみてちょっとびっくり。
「もっと辺鄙な山奥の祖谷の方が観光地化されとるけん本数多いんじょ」
柚歩はちょっと不満そうに呟く。
「俺の感覚じゃここもかなり辺鄙だと思うけど」
「私もそう思う。ここって、ゆずの里みたいだね」
智景は【柚子の里 屋那沢】と、擬人化されたかわいらしい柚子のイラスト付きで書かれた看板を発見した。
「うちの名前の一部になっとる柚子は、ここの名産なんじょ。日当たりええ山の斜面でようけ作られとるじょ」
柚歩は嬉しそうに教える。
このあとみんなはすぐ近くを流れる小川の岸へ下りた。
「この川にはタガメとかゲンゴロウとかメダカとかサワガニとかザリガニとかが、いーっぱい住んでるよ」
梅乃はさっそく裸足になって川の中へ。
「学校にプールはないけん、水泳授業する時はこの川を使うんじょ」
柚歩が説明する。
「川で水泳授業か」
「斬新だね。いや、ここじゃそっちが普通なのかぁ」
「修平お兄ちゃん、智景お姉ちゃん、ザリガニさん取れたよ」
梅乃が手で掴み取ってかざしてくる。
「きゃっ! もう、ダメだよ梅乃ちゃん」
二本のハサミと八本の歩脚を激しくばたつかせる体長十センチを超えていそうなアメリカザリガニの姿を見て、智景は思わず仰け反った。
「けっこうでかいな」
修平は興味深そうに観察する。
「修平お兄ちゃん、持たせてあげる。手、出して」
「あの、梅乃ちゃん、俺、ザリガニ手では触れないよ」
「触り心地いいのに」
梅乃はちょっぴり残念そうに川へそっと放してあげた。
「東京者のお二人さん、サワガニはどう?」
今度は柚歩が川に手を突っ込んで掴み取りかざして来た。
「それも無理だ」
「私、生き物は大人しい犬猫以外触れなーい」
修平と智景は苦い表情を浮かべる。
「東京者は臆病じゃね。この辺じゃ女の子も爬虫類を手掴み出来て一人前なんじょ」
柚歩はくすっと微笑む。
「きゃあっ! 大きなトンボさんが襲って来たぁ」
「これは、オニヤンマか?」
「正解です修平君。オニヤンマさん、こっちおいでー」
継実はそう伝え、智景に接近していた体長十センチを超えているだろうオニヤンマを自分の指先に止まらせた。
□
道路に戻り、さらに歩き進むと畑に接してキャベツやトマト、たまねぎ、大根などが並べられた小屋が見えてくる。
「野菜の無人販売所か。ん? ご自由にお持ち帰り下さいって書いてあるぞ」
「タダなの!? すごくきれいな状態なのに」
「この辺りじゃ野菜、金払って買うことほとんどないじょ。ご近所さんからいただくこともしょっちゅうだし」
柚歩は自慢げに伝える。
その直後に、どこかから童謡『夕焼け小焼け』のメロディーが聞こえて来た。
「五時か」
修平が呟くと、
「うん、この辺りでは夕方五時になると毎日これが流れるの」
梅乃が教える。
「これはいいね。癒されるよ」
「ド田舎の雰囲気がより引き立たされてるな」
智景と修平は耳をそばだてて聞き入っていた。
「二〇年くらい前までは朝、正午、夕方一日三回、ウゥゥゥゥゥゥゥ~って空襲警報みたいなサイレンだったらしいじょ。母ちゃんはあの音不気味だったって言ってた」
柚歩は説明を加える。
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