第二話 小笠宅でも気が抜けない

「横断歩道も信号機も一つも見なかったね」

「俺はそれ以上にこれだけの距離歩いてる間、車が一台も通りかからなかったことに驚いたよ。俺ら以外の誰にも出会わなかったことも」

智景と修平にとっては初めての発見がいっぱいあった通学路。

学校から二キロちょっと歩いて、修平と智景は本日からお世話になる小笠宅へ辿り着いた。

「旅館みたいだね」

「確かにお屋敷住まいだな」

 智景と修平の第一印象。

二階建ての立派な瓦葺き和風建築。広々としたお庭には、松や梅や桜の木などが植えられてあった。

「写真撮っていい?」

「もっちろん。どんどん撮ってや~」

 柚歩から許可が取れ、智景は楽しそうに家の外観やお庭を携帯のカメラで撮影した。

「たっだいまーっ!」

「ただいま」

「ママ、ただいまーっ。修平お兄ちゃんと智景お姉ちゃん連れて来たよ」

 三姉妹がガラガラッと横開き玄関扉を引くと、

「東京からのお客様、ようこそ。この子達の母の澄香(すみか)です。自分のおウチのようにくつろいで下さいね」

 三姉妹の母、澄香さんが温かく出迎えてくれた。背丈は一五〇センチに満たない、おっとりした感じの小柄和風美人だった。

「あっ、どうも」

「お邪魔します、おば様」

やや緊張気味な修平と智景は一階、十二畳の広さの応接間に案内された。

「囲炉裏もあるんだ。すごーい」

 智景はまたも携帯で写真撮影する。

「竹人形もたくさん置いてあるね」

 修平は床の間の掛け軸周りに目を向けた。

「徳島の民芸品、阿波踊り竹人形なの。他のおウチもだいたい飾ってるよ」

 梅乃が自慢げに伝える。

「そっか。なんか和むな」

 修平は三十体くらい並べられてあるそれを興味深そうに観察し、携帯のカメラにも収めた。

「かわいらしさと躍動感があるね」

 智景も一目見て気に入り、写真に収める。

「お父さんは高校の国語教師を務めてて、今日から四泊五日で北海道へ修学旅行の引率で行ってるの。修平君と智景ちゃんがいるうちには帰って来ないわ」

 継実が伝えた。

「そうか。会ってご挨拶しておきたかったけど」

「私もお会いしたかったな」

「まあいても置物みたいで存在感あまりないけどね。東京者のお二人さん、うちらのお部屋、見せてあげる。みんな同じ部屋なんじょ」

 修平と智景は三姉妹に案内され、箱階段を上って二階へ。

 十五畳の和室を三人でほぼ均等に分けて使っているようであった。

出入口から一番近いところにある梅乃の学習机の上は雑多としており、教科書やプリント類、ノートは散らかっていて、女の子らしく動物の可愛らしいぬいぐるみや、アクセサリーなども飾られてある。机そばの収納ボックスにはたくさんのおもちゃ、机備えの本立てには幼稚園児から小学生向けの漫画誌や児童文学、図鑑などが合わせて三十冊ほど並べられてあった。

「うちの机の周りは、男の子っぽいじゃろ?」

柚歩の学習机の上は教科書やノート、筆記用具、プリント類、CDラジカセ、携帯型ゲーム機やそれ対応のソフトなどが乱雑に散りばめられていて、勉強する環境には相応しくない有様となっていた。ゲーム機やゲームソフトもたくさん所有されていて、この一角は確かに思春期の女の子の部屋というより一昔前の男子中学生のお部屋っぽかった。

「ファ○コンやスー○ァミ、ゲー○ボーイまで持ってるんだな。父さんが持ってたやつ?」

「叔父さんから貰ってん。父ちゃんは昔持ってたけど、うちらが生まれる前に中古屋に売ったって言ってた。叔父さんはこんなド田舎は嫌だって言って中学出てすぐに東京へ出て行っちゃったみたいじょ」

「まあ確かに、こういう環境の場所じゃ、東京へ憧れも抱くだろうな」

「修平お兄さん、また田舎バカにしたじゃろ?」

 柚歩はぷくっとふくれる。

「いやぁ、してないって」

「わたしの机周りは、かなりオタクっぽいでしょ?」

継実はアハッと笑って照れくさそうに呟いた。

「いや、拓郎と秀文の部屋に比べれば全然普通だ」

「私のお部屋もこの一角と大差ないよ。継実ちゃんと同じグッズいくつか持ってるよ」

 修平と智景はにっこり笑ってきっぱりと伝える。

「そうなんだ」

 継実は嬉しく思ったようだ。彼女の机の上はアニメキャラやゆるキャラのガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみ、キーホルダーがけっこうたくさん飾られてあるものの、妹二人と対照的にきれいに整理整頓されいて、彼女の几帳面さが窺えた。備えの本立てには全部で三十冊ほどのアニメ・声優系雑誌、壁には人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。

「本、予想以上にいっぱい持ってるね」

「私、何冊か同じの持ってる。普通の小説もけっこうあるね」

修平と智景は高さ二メートル近くある大きな本棚に目が留まる。

三姉妹の共有らしく、合わせて四百冊以上はあると思われる児童・少年・少女・青年コミックス、ラノベ、その他小説、絵本が並べられてあった。

「少女マンガはほとんど持ってないんだな」

 修平が突っ込むと、

「あたし、コ○コロとジャ○プに載ってる漫画が特に好き♪ な○よしやり○んやち○おより面白いよ」

 梅乃は生き生きとした表情で打ち明けた。

「うちも少年漫画の方が好きやけん、梅乃も影響されちゃったみたい」

「私のお部屋は少女マンガだらけだよ」

「女の子ならそれが普通だよね」

 継実は共感する。

「東京者のお二人さん、こっから外眺めてみぃ。めっちゃ景色良いじょ。今夕暮れ時やけん特に」

柚歩に勧められ、修平と智景は窓辺へ。

「日本の原風景だな。確かに景色はすごくいいけど、カエルがうるさ過ぎる」

「騒音だね。静かな田舎のイメージじゃないよ」

 小笠宅前の田植えを終えたばかりの田んぼから、カエルの鳴き声がゲコゲコゲコゲコひっきりなしに聞こえてくる。

 そんな時、

「みんなー、晩御飯が出来よー」

 一階から澄香さんに大声で叫ばれた。

今、時刻は午後六時五〇分頃。ここにいるみんなは十畳ほどの広さのお茶の間へ。

漆塗りがされた大きなちゃぶ台上に、アユとイワナの塩焼き、お吸い物、冷奴、イナゴと蜂の子の佃煮、漬物、青梅の甘露煮、焼き肉、山菜ごはん、お茶。

さらにお茶菓子として金長まんじゅう、川田まんじゅう、ぶどう饅頭が並べられていた。

「和風だな。郷土菓子まである」

「どれもすごく美味しそう♪ このお肉は、三種類あるみたいだね」

「これが鹿、こっちが猪、これが雉や」

 柚歩がそれぞれに指差して伝えた。

「えっ!」

 智景は驚き顔だ。

「この辺りじゃ牛豚鶏よりもメジャーなんじょ」

「そうなんだ。私は初体験だよ」

「俺もこういう肉今まで食ったことないよ。ちゃぶ台で食事するのも初めてだ」

「私も」

「お魚も、この辺じゃ川魚の方が食べる機会が多いんよ。修平ちゃんも智景ちゃんも、足崩していいんよ」

みんなは座布団に腰かけた。

「この時間はローカル番組やってるよ」

 梅乃はリモコンを手に取り、テレビをつける。

 徳島県内の天気予報が流れていた。

「テレビの音、めちゃくちゃでかくないか?」

「ご近所迷惑になりそうだね」

「隣の家まで百メートル以上離れとるけん全然問題ないよ。外はカエルや獣の鳴き声でうるさいしね」

 柚歩は得意げに呟く。

「そっか。それも田舎らしいな。これ、どうしよう」

「とりあえず、一口食べてみよう」

 修平と智景は恐る恐る猪肉に箸をつけ、口に運んだ。

 噛み締めた瞬間、

「それほど変な味でもないな」

「そうだね。豚肉より美味しいかも」

 こんな感想が漏れた。

「どんどん遠慮せずに食べてや。栄養価めっちゃ高いじょ」

 柚歩に勧められた修平と智景は鹿肉と雉肉にも手を付け、美味しく戴いた。

「この佃煮、都会っ子の修平ちゃんと智景ちゃんも抵抗なく食べてるわね」

「給食で出て、けっこう美味かったんで」

「私も一口味わってみて気に入りました。今は好物の干しエビを食べるのと同じような感覚で食べられます」

「そっか。昭和の頃までは、ウシガエルやアメリカザリガニも食べてたんよ」

 澄香さんは爽やかな笑顔で伝えてくる。

「それは俺には絶対無理だ」

「私も、それはちょっと……さすが海から遠い山あいのド田舎だね。食文化が違い過ぎるよ。んっ、わっ、きゃっ、きゃぁっ!」

「どうした智景ちゃん? また虫か?」

 修平は微笑み顔で尋ねる。

「うん、あそこに、ヤモリさんが」

 智景は表情を引き攣らせて壁を指差す。

「よくあることよ」

 澄香さんはにっこり笑った。

「家の中にまで虫だらけなんて、おウチ帰りたいよぅ」

 智景はカタカタ震える。

「智景お姉さん、明日には慣れるって」

 柚歩はにこっと微笑みかけ、頭をなでて慰めてあげた。

「それは絶対あり得ないよ」

 智景がしょんぼりした表情で呟いた直後、ガラガラッと玄関扉が開かれた。

「こんちゃー、東京の子に会いに来たじぇーっ!」

「どうも、こんばんは」

 訪ねて来たのは七〇代くらいの老夫婦だった。茶の間にお邪魔する。

「こちら、うちの母ちゃんの方のじっちゃんとばっちゃん、こっから四キロくらい先の山奥の一軒家に住んでるんじょ」

 柚歩が紹介する。

「こちらが東京の子か。ぅおう、噂通り若い男と娘さんじゃ。修平くんと智景ちゃんと言っておったな。この辺で十代の若い男は久し振りに見たわい。二人ともまさに都会育ちって顔つきじゃな」

「お二人とも、結婚したらぜひ屋那沢に移り住んで下さいな。この辺り、過疎化高齢化が激しいのでよそ者も温かく迎えてくれますよ」

「……」

反応に困った修平。

「あの、おばあちゃん、その話はまだ早いです」

 照れくさがる智景。

「智景ちゃんよ、今夜、わしといっしょに風呂でも」

 お祖父ちゃんから朗らかな表情で誘われ、

「いえ、それは無理です」

 智景はビクッと反応し、ますます照れくさがる。

「これこれ、東京の年頃の子はそんなことせえへんよ」

「お祖父ちゃん、失礼よ」

「アウチッ!」

 妻と孫の継実に頭をペチッ、ペチッと叩かれてしまった。

「あらら。私気にしてないので」

 智景は苦笑いを浮かべる。

「おじいちゃん、お小遣いは?」

「じっちゃん、うちにも小遣ぁい」

「こら梅乃、柚歩。お花見の時、進学祝で貰ったばかりでしょ」

 澄香さんはニカッと笑って注意。

「今日は残念ながら小遣いは持って来ておらんが、代わりにこいつをやろう」

 お祖父ちゃんが持って来たクーラーボックスのふたを開けて出て来た物に、

「おう! アメゴじゃっ! しかも大量じゃ」

「おじいちゃん、ありがとう!」

 体長二十五センチ前後のアメゴが五十匹以上は詰められていて、柚歩と梅乃は大喜びする。

「今日の午後、二時頃じゃったかな? わしんちの近くで渓流釣りしてたら、でっかい熊が現れてのう、わし、もう少しで襲われるとこじゃったわい。茂みで何か物音がして、妻と思って声をかけたら、妻じゃなくて熊でな。わしはボルトよりも早く走って逃げたじぇ」

 お祖父ちゃんは夢見る少年のようにきらきらした目つきで自慢げに語る。

「学校の裏山で足跡残していったやつか?」

 修平が推測すると、

「どうじゃろうね? 別の熊の可能性も高いと思うけど」

 柚歩はこう意見した。

「そんじゃまた近いうちに来るわい」

「皆さん、さようなら。東京の人もごゆっくりこの屋那沢の地を楽しんで下さいね」

 これにて祖父母は小笠宅をあとにする。

「あのお爺ちゃん、足の筋肉凄いな。俺、体力で勝てる気がしない」

「うちのじっちゃん、大きな荷物担いで毎日十キロ以上は散歩しとるけんね。東京育ちの十代よりも体力あると思うじょ。フルマラソン今でも四時間余裕で切って完走出来るし。瞬発力、敏捷性も凄いよ。未だうちも敵わんくらいじゃ」

 柚歩はどや顔で言う。

 それから二〇分ほどのち、

「アメゴも、なかなかの味だな」

「そうだね。臭みも全然ないし」

 修平と智景が澄香さんに塩焼きにしてもらったアメゴも美味しく味わっている最中、

「こんばんはー、東京の子に会いに来たよ♪」

 また一人、お客さんが訪れて来た。

今度は若い女性だった。

ほんのり茶髪に染めたセミロングウェーブ。ノースリーブの水玉チュニック、デニムのショートパンツ、縞柄のニーソを身に着け、マニキュアも塗り、今どきの子っぽいファッションをしていた。

「はじめまして。ウチ、阿佐先生の妹の森子よ。一九歳の大学一年生。徳島市内の大学に自家用車で片道二時間くらいかけて通ってるの。本当は下宿したかったんだけど、両親も姉ちゃんも徳島市みたいな都会で女の子の一人暮らしは危ないからって許してくれなくって」

 背丈は一六〇センチくらいあるその子は、ちょっぴり不満そうに修平と智景に向かって自己紹介してくる。

「はじめまして森子ちゃん。お姉ちゃんの阿佐先生と違って、わりと派手ですね」

 智景は身なりを見て、こんな第一印象を持った。

「この子が智景ちゃんね。かっわいい♪ ウチの妹に欲しいな。こちらが修平ちゃんって子か。この子も都会育ちっぽい野性味全然感じない大人しそうな顔つきね。修平ちゃん、屋那沢に住んじゃいなよ。この辺今、十代の男の子一人もいないし」

 森子はこう勧めながらじーっと見つめてくる。

「……俺、そんな気全くないから」

 修平は照れくさいのか思わず視線を逸らした。

「森子お姉さんは、大学生になってからすっかり都会っ子に洗練されちゃったんじょ」

 柚歩は残念そうに伝える。

「ウチ、お友達とよくクレメントとかそごうとか寄って帰るの。今日はショートケーキいっぱい買って来たよ。みんな食後のデザートにどうぞ」

 森子は鞄からおしゃれなデザインの箱を取り出す。中を開けるとザッハトルテやいちごタルト、モンブランなどなど八種類のショートケーキが出て来た。

「ありがとう森子お姉ちゃん」

「森子姉さん、どうもです」

 梅乃はモンブラン、継実はいちごタルトに嬉しそうに手を付ける。

「森子お姉さん、またおしゃれなスイーツばっかり買って。これ食ったら屋那沢の者として負けな気がする。でも、美味そうじゃ」

 柚歩は迷った挙句、抹茶ケーキに手を付けた。

「柚歩ちゃん、やっぱ和風の選んだね。それじゃ、まったね」

 森子はそう伝えて小笠宅をあとにした。

「美味しかった。おトイレお借りしますね」

 智景はザッハトルテを平らげ、黒豆茶も飲み干すと席を立った。

「廊下進んで一番奥よ」

 澄香さんから教えられ、

「ありがとうございます」

 智景はトイレの方へ歩を進める。

ひょっとして、ここも和式ぼっとんかも。扉の雰囲気からして。

 恐る恐る扉をギーッと開けて、

「やっぱり」

 がっくり肩を落とした。

「早く出たい。こんなトイレじゃ、大きい方なんて出来ないよ」

 けれども外でするわけにはいかないので、仕方なく大きな穴の開いた便器を跨ぎ、ショーツを脱ぎ下ろしてしゃがんで用を足していく。

「きゃあああっ! 巨大な、クモさんだぁ。手のひらくらいありそうだよ。こっち、絶対来ないでね」

 サニタリーボックス上に止まっていたのを目撃してしまい、思わず悲鳴が漏れる。

ここのおトイレ、真夜中には絶対行けないよぅ。

 無事、用を足し終えトイレから出て、

庭に生えてるあの木も怖いよ。あれ、モチモチの木のお話に出て来たトチノキだよね。夜見ると本当に怖いよ。豆太くんの気持ちがよく分かるよ。

 その木を横目に見ながら廊下を歩いていると、

今、何かブワァッて飛んだ。

 突如現れた物体に、びくっと反応する。

ムササビさんだ。この動物さんは都内でも見れるけど……。

 姿を確認しながら早足で廊下を通り過ぎ、茶の間へ戻ると、

「あの、トイレにものすごく巨大なクモさんがいて、とても怖かったです」

 ちょっぴり震えた声で伝えた。

「アシダカグモじゃな。こいつのおかげでうちんちはゴキブリが全然出て来んのよ」

 柚歩は楽しそうに教える。

「ゴキブリとどっちがマシかって言われると……まだあのクモさんの方がマシかなぁ」

 智景は苦い表情で呟いた。

「アシダカグモさんはこの辺りじゃ縁起の良い虫さんなんよ。智景ちゃん、お風呂ももう沸いてるわよ」

 澄香さんから伝えられる。

「わたしと柚歩と梅乃、いつもいっしょに入ってるの。智景ちゃんもいっしょに入りましょう」

「智景お姉ちゃんもいっしょに入ろう!」

 継実と梅乃から誘われると、

「もちろんいいよ。むしろその方がいいよ」

 智景は快く承諾した。

「修平お兄さんも、うちらといっしょに入ろうや」

「冗談はいいから」

「あーんもう。予想通り過ぎる反応じゃね。ほな、お風呂入ってくるね。覗きに来ちゃ嫌よ」

「覗くわけないから」

「こらこら柚歩、純情な修平ちゃんからかわないの。智景ちゃんのパジャマも用意してあるわよ」

 澄香さんが手渡してくる。

「おウチから持って来てたけど、おば様が用意して下さってるのなら、そちらを使わせてもらいますね」

 智景はピンク系半袖紫陽花柄の浴衣風パジャマを受け取ったのち、茶の間に置きっぱなしのマイバックから下着などを取り出し、三姉妹といっしょに洗面所兼脱衣室へ向かっていった。

「智景お姉ちゃんのおっぱいは、同い年の継実お姉ちゃんよりも少し大きいね」

「あんっ、梅乃ちゃん、くすぐったいな」

「ごめんなさーい」

「うちも高校生になる頃には智景お姉さんくらいにふくらんでて欲しいな」

「柚歩ちゃんは、スポーツ少女らしい引き締まった体つきだね。腹筋も目立つし。私のお腹はぷにょぷにょ」

 智景は、最初にすっぽんぽんになった柚歩の体をじーっと見つめる。

「智景お姉さんも日々エクササイズしたらすぐにこんな風になれるよ」

「私には無理だよ。柚歩ちゃん、体もすごく柔らかそう。前屈で膝曲げずに手のひら床に付く?」

「当然、それくらいなら楽に出来るよ」

 柚歩が前屈すると、両手のひらが余裕で床に付いた。

「おう、すごい。私は指先までしか届かないよ」

「うち、足はここまで上がるよ」

 バレエのエカルテの動きのように立ったまま右足を上げると、つま先を頭の上まで持っていくことも出来てしまった。

「おううううう!」

 驚き顔の智景。

「あとこれも出来るよ」

柚歩は続けて開脚前屈をしてみせた。

「柚歩ちゃんすご過ぎ。一八〇度余裕で越えてるよ。バレリーナみたい」

 智景はパチパチ拍手する。

「まあこの辺じゃこのくらい柔軟な動きが出来んとイノシシ突進して来た時ヒラリとかわせんけんね」

 柚歩は得意げだ。

「明日の登下校が不安になるようなこと言わないで」

智景は苦い表情で呟きながらショーツを脱いで、すっぽんぽんに。

「あたしも柚歩お姉ちゃんと同じこと出来るよ。ほら」

 梅乃もすっぽんぽんになると得意げに柚歩がさっきした動作を真似していく。

「梅乃ちゃんも柔らか過ぎるぅ!」

「わたしはけっこうかたいよ。ここまでしか曲げれないから」

 まだ脱衣途中で白ブラ&白ショーツの下着姿な継実も膝を曲げずに両手のひらを床に付けることは出来た。

「継実ちゃんも私より柔らかいよ。さすが田舎っ子だね。私、ハイビスカスの香りのシャンプー持って来てたの。使ってみる?」

「うん! あたし使う」

「わたしも使うわ」

「東京者はシャンプーもおしゃれなん使っとるね。うちもせっかくやけん使わせてもらうわ。お礼に好きな入浴剤使わせてあげるじょ」

「わたし達、いつもこれ入れて温泉気分を味わってるの」

「智景お姉ちゃんどれがいい?」

「そうだねぇ、あっ、この柚の香りの良さそう」

 智景は棚に置かれてあったのを手に取る。

「わたしそれ一番のお気に入りよ」

そう伝えながらショーツを脱いで、継実もついにすっぽんぽんに。

四人ともタオルで体を隠さず浴室に入った。

「檜風呂だ。素敵♪ それに広い」

「うちんち、三〇年くらい前までは鉄砲風呂だったらしいじょ」

「そうなんだ……きゃっ、きゃあっ!」

風呂イスに座ろうとした智景はまたも悲鳴を上げた。

「蝙蝠さんが、入って来ちゃったよぅ」

 今にも泣き出しそうな表情で伝える。

「よくあることなんじょ。智景お姉さん怖がり過ぎ」

「漆黒の使い魔到来ね」

「この子のHPは30くらいかな?」

 継実と梅乃もこの状況を楽しんでいるようだ。

「みんな、早くなんとかしてぇ」

 智景は顔を青ざめさせてお願いする。

「べつに放っておいても問題ないと思うんじゃけど」

 柚歩は洗面器を二つ手に取り、飛んでいる蝙蝠を挟みつけて中に閉じ込めた。

「また来てやー、蝙蝠ちゃん」

 そののち窓から身を乗り出し、洗面器を離して逃してあげる。

「もう来なくていいよ。柚歩ちゃん窓閉めて。ここに来てから怖い思いばっかりだよ」

 こんな憂鬱な気分の智景だが、

「あ~、極楽♪ 膝の痛みもすっかり消えたよ。もう湿布外しても大丈夫そう」

檜風呂はゆったり気持ちよく楽しめたようだ。

        ※

「修平君、お風呂どうぞ。柚の香りの入浴剤入りよ」

「修平お兄さん、ここに来てまで勉強かぁ。真面目過ぎじゃわ」

「修平お兄ちゃん、さすが頭のいい高校に通ってるだけはあるね」

「修平くん、予想通りの過ごし方だね」

「まあ他にすることないからな」

 三姉妹と智景がお風呂から上がった時、修平は茶の間で座布団に腰掛け、数学の予習に取り組んでいた。

「柚歩も修平ちゃん見習ってしっかりお勉強するようにね」

 澄香さんが注意する。

「はい、はーい。ここにアイスいっぱいあるよ。智景お姉さんも修平お兄さんも遠慮せずにどうぞ」

 柚歩は冷凍室を開けて伝えた。

「お風呂上りは軒下でアイスを食べながら星空眺めると楽しいよ」

 梅乃が勧める。

「じゃ、そうしよう。あっ、すだちのアイスがある。珍しい」

 智景と三姉妹はすだち味アイスキャンディーを持って軒下へ。

「田舎の星空は本当にきれいだね」

「東京者にはそう写るかぁ。ここじゃいつものことだけどね」

 腰掛けて楽しそうにくつろいでいる時、

「それじゃ、お風呂いただきます」

 修平は澄香さんが用意してくれた青系半袖紫陽花柄浴衣風パジャマと、自宅から持って来た下着と洗面用具を持ってお風呂場へ向かった。

同じ籠に入れて、いいんだよな?

 竹籠に、無造作に脱ぎ捨てられた三姉妹と智景の下着類。

 修平はなるべく見ないようにして自分の脱いだ衣服をその上に置いていく。

すっぽんぽんになったのと、ほぼ同じタイミングで、

「修平くーん、ちょっとお顔洗わせてぇぇぇ~。さっきカメムシさんが私のお顔に止まって変なにおい残していったのぉぉぉぉぉぉぉ~」

 廊下に通じる引き戸がガラリと開かれ、智景が涙を浮かばせながら入り込んで来た。

「うをぁっ! ちょっ、ちょっと智景ちゃん」

 修平は慌てて手ぬぐいであそこを隠し、浴室へ逃げる。

「カメムシさん、本当に臭いよぅ」

 智景は自宅から持って来ていた洗顔フォームを使って念入りに顔を洗い始める。

「智景お姉さん、パニクって顔ぶんぶん振るけん天敵やと思われてにおい付けられたんやで。修平お兄さん、カメムシのにおいの主成分がトランス‐2‐ヘキセナールってこと知ってた?」

 柚歩まで洗面所へやって来た。磨りガラスの扉越しに問いかけてくる。

「いや、今まで知らなかった」

「やったぁ! この知識はうちの勝ちじゃっ! うちは幼稚園の頃から知ってたじょ」

「あの、二人とも、なんか気が散るから、早く出て行って欲しいな」

「修平くぅん、あと五分くらいは洗わせてぇ。まだ悪臭が取れないのぉ」

「智景お姉さん、カメムシのにおいを悪臭扱いせんといてあげてよ。うちはカメムシのにおい大好きじゃのに」

 柚歩はにこにこ笑いながら伝え、すぐに出て行ってくれた。

「カメムシのにおいはどう考えても悪臭だよ」

 智景はそれからも五分ほど顔を洗って、ようやく出て行ってくれたのであった。

さらに五分ほどのち、

窓にヤモリが張り付いてる。智景ちゃんが見たら絶対悲鳴上げるな。

修平が湯船に浸かってゆったりくつろいでいたところへ、

「やっほーっ! 修平お兄ちゃん」

 梅乃が入り込んで来た。すっぽんぽん姿で。

「梅乃ちゃん、二度風呂しに来たのか」

まだつるぺたな幼児体型の梅乃、修平は当然、欲情するはずも無い。

「あたしいつも継実お姉ちゃんと柚歩お姉ちゃんと入る時と、パパが入る時と合わせて二度風呂してるのーっ。今日から三日間は修平お兄ちゃんがパパの代わりなの」

 梅乃はそう言って湯船に飛び込んでくる。

「そっ、そう?」

 向かい合った修平は苦笑いを浮かべた。

「ねえ修平お兄ちゃん、小数の掛け算・割り算って、めちゃくちゃ難しいよね?」

「そうかな? 俺は苦労した覚えないけど」

「いいなあ修平お兄ちゃん。修平お兄ちゃん、町の学校のお友達で、もうおっぱいがふくらんで来たからブラジャー付けてる子がいるんだけど、あたしのおっぱいはいつ頃からふくらんでくると思う?」

 梅乃から無邪気な表情でこんな質問をされ、

「六年生頃じゃ、ないかな?」

 修平は困惑顔で答えてあげる。

「そっか。パパと同じ答えだね。あたし、まだまだおっぱいふくらんで欲しくないなぁ。継実お姉ちゃんにおっぱいがふくらんで来たら、パパといっしょにお風呂入っちゃダメよって言われたもん」

 梅乃は自分の胸を両手で揉みながら言う。

「梅乃ちゃん、胸に関係なくそろそろパパと入るの卒業した方がいいんじゃないかな?」

 修平は苦笑い。

「えー、嫌だぁ。パパといっしょにお風呂入るの楽しいもん」

「梅乃ちゃんの同い年の女の子で、パパと入ってる子なんてもういないと思うよ」

「いるよ。お友達にもまだ入ってるって言ってた子がいるもん」

 梅乃はにっこり笑いながら主張する。

拓郎は、女の子は一般的に十歳を境に男に裸を見せるのが恥ずかしくなって嫌悪感を示すようになるって言ってたけど、梅乃ちゃんはまだまだそうならなそうだな。

「俺、もう上がるね」

 ちょっぴり居心地悪く感じた修平はこう伝えて湯船から上がる。

「じゃああたしも上がるぅ」

 梅乃も修平に続いて湯船から上がった。

二人はいっしょに洗面所兼脱衣室へ。

「修平お兄ちゃん、このタヌキさんのパンツ、かわいいでしょ?」

「梅乃ちゃん、そういうのは見せびらかすものじゃないから。知らないおじさんにパンツ見せてって言われても見せちゃダメだよ。都会にはそういう悪い人いっぱいいるからね」

「はーい」

「しっかり拭かないと風邪引くよ」

「ありがとう修平お兄ちゃん」

 全身まだ少し濡れたままタヌキさん柄ショーツを穿こうとした梅乃の髪の毛や体を、修平はバスタオルでしっかり拭いてあげる。梅乃の裸をもう少し観察したいという嫌らしい気持ちはさらさらない。

 まるで父と幼い娘のような感じになった二人は、いっしょに茶の間へ戻った。

「これからみんなでお散歩しに行くの。修平お兄ちゃんもいっしょに行こう」

 梅乃に無邪気な表情で背後から抱きつかれて誘われ、

「べつにいいけど」

 修平は快く引き受けてあげた。

 三姉妹、智景、修平、みんなパジャマ姿のまま外へ。

「街灯がないと怖くて歩きにくいよ」

「俺もだ。東京は駅前とかだと夜でも昼とほとんど変わらない明るさで、ライトなしで自転車乗れるからな」

 懐中電灯の僅かな明かりを頼りに、おっかなびっくり歩き進む修平と智景に対し、

「東京者はほんま軟弱じゃねぇ。うちらはそんなん使わんでも余裕で歩けるじょ」

「星明かり、月明かりだけで道ちゃんと見えるもんね」

「修平君も智景ちゃんも着いたら懐中電灯消してね」

 三姉妹はその先を懐中電灯なしでスタスタ歩いていく。

 小笠宅を出てから五分ほどで小川に架かる橋の袂に辿り着いた。

「わぁっ、ホタルだぁっ! すっごくきれーい!」

「すごいなっ。東京でも見れるとこはあるけど、こんなにいっぱい見たのは初めてだ。幻想的だな」

 真っ暗闇を映す黄緑色の光が多数、橋の上から左右どちらを向いてもずっと遠くの方まで輝いていた。

「すごいじゃろ? 東京者、ここの自慢なんじょ。うちは都会の人工的なイルミネーションなんかよりもずっときれいじゃと思っとる。うちらはこの光景見慣れとるけん特に感動はないけどね」

 柚歩は得意げに言う。

「これでも先週よりは数減ってますよ」

 継実が伝えると、

「五日前に見に来た時の方がもっときれかったよね」

 梅乃が相槌を打つ。

「私はこれでもじゅうぶん満足出来たよ。きゃっ、きゃあっ! また虫が飛んで来た。顔にバチンッて当たったぁ~」

 智景は慌てて顔をはたいた。

「智景ちゃん、また虫に襲われたか」

 修平はちょっぴり憐れむ。

「カナブンじょ、こいつは」

 柚歩は智景の顔から飛んだ暗緑色の光沢を持つそいつをサッと指で摘み取り、確認するとすぐに離してあげた。

「修平お兄ちゃんに智景お姉ちゃん、橋渡って五十メートルくらい進んだら自販機があるよ。何かジュースかお茶飲む?」

「俺はいらない。田舎の自販機って、虫がいっぱいまとわりついてそうだから。夜なんか特に」

「私もいらなーい。修平くんと同じ理由で。そろそろ帰ろう」

 修平と智景が苦笑いで伝えると、

「東京者は臆病じゃね」

 柚歩にまたくすっと笑われてしまった。

 帰る途中にも、

「きゃっ! さっき何か動いた」

「うわっ、タヌキかよ」

「いや、こいつはアナグマじゃわ」

 野生動物に遭遇し、智景と修平は驚かされた。


 帰宅後。

「私、お手洗いついでに歯磨きも済ませてくるよ」

 智景はまっすぐ洗面所へ。

 鏡横の壁がちらっと目に入り、

「きゃぁぁぁっ! 巨大ナメクジだぁぁぁぁぁ!」

 またも甲高い悲鳴を上げた。

「智景ちゃん、ナメクジは東京でもよく出るだ……うわぁっ、でか過ぎっ!」

 それを聞いて駆け付けた修平も姿を見て驚愕する。

「そりゃヤマナメクジだし。こいつはヤマナメちゃんとしてはちっこい方じゃね。二十センチ級のも出ることがあるよ」

 柚歩が嬉しそうに伝えてくる。

「わぁぁぁん。なんで私の行く先々に変な虫さん達が現れるのぉぉぉ~」

 智景はカタカタ震えていた。

「智景お姉ちゃんが警戒し過ぎてるから、目に入っちゃうんだよ」

 梅乃はにっこり笑顔でこう意見する。

「進撃のヤマナメクジね」

 継実は楽しそうに呟いた。

「あたしが取ってあげる」

梅乃は壁を這っていた茶褐色黒褐色模様、体長十センチは超えているだろうヤマナメクジを躊躇いなく古新聞紙越しに掴み、包み込んでビニール袋に移した。

「梅乃ちゃん、勇気あり過ぎだよ。私は数ミリサイズの赤ちゃんナメクジでも怖くてそんなこと出来ないよ」

「田舎の子はやっぱ虫に対する耐性が違うよな」

 深く尊敬した智景と修平はこのあと、普段三姉妹が寝室に使っている十五畳の広さの和室へ案内された。

三姉妹のお部屋と襖を隔てて隣接していて、すでに布団が五枚敷かれてあった。

「俺は別の部屋にして欲しかったんだけど」

「まあいいやん修平お兄さん」

「修平お兄ちゃんもここでいっしょに寝よう!」

「修平君なら、寝込み襲って来ないだろうからわたしも全然気にならないですよ」

「私も修平くんもいる方が安心出来るよ」

「これからテレビゲームしよう! ファ○コンとスー○ァミ、東京者のお二人さんは遊んだことないじゃろ?」

「ないな」

「私もなーい」

「けっこう面白いじょ。うちは最近のゲームより好きじゃ。町の学校の子には昭和生まれのおっさんみたいじゃって言われたけどね。ファ○コンとスー○ァミ、叔父さんは最初に出た時から親子ほどの年齢差の歳月が経つから、絶対近いうちに再ブームが来るって今年のお正月に帰省した時言ってはったじょ。ファ○コンは高○名人の冒険島、スー○ァミはスーパード○キーコングとマ○コレとマ○ー2と超○人とス○2とゴ○モンとボ○バーマンが特にお勧めやな」

「昔のゲームもせっかくだし、遊んでみるか」

「そうだね。遊べる機会普段ないもんね」 

「ぜひやってみぃ。嵌ると思うよ」

柚歩はそう言い、一昔前のブラウン管テレビにスー○ァミ本体を接続した。

「修平くん、これで遊ぼっか?」

「そうだな。ここに差し込めばいいんだよな?」

 修平はとあるアクションゲームを慎重にセットした。

        ☆

「あっ、閉じ込められて出られなくなっちゃった。爆発した。死んじゃった」

「智景ちゃん、自滅か」

 智景と修平がバトルモードで対戦をしている頃、

 阿佐宅でもバトルが繰り広げられていた。

「姉ちゃん、その和三盆プリン、ウチが風呂上がりに食べようとしてたのに」

「あら、そうだったん? ごめん、ごめん」

 森子は、茶の間で座布団に腰掛け、お目当てのデザートを頬張っていた姉の阿佐先生に怒りの表情で突っ掛かる。

「絶対わざとやったやろ?」

「わざとちゃう、ちゃう。でも香水臭い森子に食べられるより、姉ちゃんに食べられた方が和三盆プリンさんも喜ぶじゃろ?」

「もう、許せんわ~」

「姉ちゃんに勝てると思ってるの?」

「勝てるわ。柔道で勝負やっ! 姉ちゃんも立って!」

「いいよ。それっ」

「きゃっ、いたたたたたぁ。姉ちゃん、動き速過ぎ。ウチも負けへんでっ。大外刈や。そりゃぁっ!」

「んっ! やるわね森子、仕返しや。縦四方固」

「きゃんっ! あぁん、姉ちゃん重ぉい」

「森子の方が重いやろ」

「いや、姉ちゃんの方が重いわっ! 絶対」

「あんたら、ええ歳してバカなことするのやめぇ。サルの縄張り争いか。森子もすっぽんぽんでみっともない」

 母は取っ組み合いで姉妹ゲンカする娘に呆れ顔で注意したのであった。

       ☆

「グラフィックは今のゲームより当然かなり劣るけど、けっこう面白いな」

「私も時間忘れてのめり込んじゃった♪」

修平達がレトロなテレビゲームで楽しんでいるうち、あっという間に時刻は夜十一時を回った。

「あたしもう寝るね。おやすみー。ゲームの音量、そのままでいいよ。あたし気にせず寝れるから」

 梅乃が最初にお布団に入る。

「俺ももう寝るよ。今日は大移動で疲れたし」

「私ももう寝るぅ」

「うちは0時頃までゲームで遊んでから」

「わたしもー。いつもそれくらいに寝てるの」

「俺よりも早いな。俺は一時過ぎくらい」

「私は普段は十一時半頃だよ。うわっ! ぃやぁーん、また虫ぃーっ。襖のとこ。早く外へ逃がしてぇ」

 突如、智景の悲鳴。本日何回目かもはや分からない。

「智景お姉さん、あれはアシダカグモと同じく縁起の良いタマムシなんよ。めっちゃきれいじゃろ?」

「確かにすごくきれいだけど、虫であることには変わりないよ」

「タンスに入れておくと、着物が増えるとか幸せになるとか言われてるそうよ」

 継実は微笑み顔で雑学を伝える。

「タマムシさん、また来てねー」

 梅乃は布団から出て、エメラルドグリーンに煌くそいつを手でつかみ、窓から外へ逃がしてあげた。

「私、恐怖のおトイレ行って来るよ」

 智景はこの部屋から出て、重々しい気分で一階のトイレへ。

このトイレ、慣れるなんて絶対ありえないよ。

 おっかなびっくり底の見えない便器を跨ぎ、パジャマズボンと水玉ショーツを同時に脱ぎ下ろし、しゃがんで用を足していく。

 その最中だった。

「わっ!!」

 智景はビクーッと反応する。

「突然、電気が切れちゃったよ。停電? どうしよう? 身動きが取れないよう」

 トイレの中が真っ暗になってしまったわけだ。

「助けを呼ぼう。おば様、一階にいたよね?」

 こう呟いて、

「誰かぁ、助けてぇぇぇーっ!」

 大声で叫ぶ。

 しかし、数十秒待っても誰も来てはくれなかった。

 カエルや虫や梟の鳴き声にかき消され聞こえなかったのだろうか?

「おば様、もう寝ちゃったのかなぁ?」

 智景は徐々に泣き出しそうな表情へ変わってくる。

 予想通り、澄香さんは応接間に布団を敷いてすでにぐっすり眠っていた。

「足、疲れて来た。停電、まだ回復しないのぉ~」

 真っ暗な中で、しゃがみ姿勢のまま耐え続ける智景。

 時同じく、三姉妹のお部屋では、

「修平お兄さん、なかなか上手いね。あっ! 負けてもうた」

「よぉし!」

 柚歩と修平が大音量でスー○ァミの格闘ゲームで楽しんでいた。

 停電ではなかったのだ。

部屋の電気も付いていた。

「修平君、五〇メートル走とお相撲のリベンジ果たせたね」

継実は背後から楽しそうに眺める。

「それにしても智景ちゃん、遅いな。もう十分以上経ってるよな」

「きっと大きい方してはるんじゃね。気張る時、意外に凄い形相してるかも」

「柚歩、智景ちゃんに失礼よ」

「穴に落ちたんじゃないだろうな」

「修平お兄さん、それはないと思うけど、うちも小便したくなっちゃったし念のため確認してくるね」

 柚歩はこの部屋から出てトイレへ向かっていく。

「智景お姉さん、まだしてるんか?」

「この声、柚歩ちゃん?」

「そうや。智景お姉さん、泣きそうな声してはるね。穴に落っこちてしもうたん?」

「そうじゃないよ。停電になってるでしょ。真っ暗で身動きが取れないのう」

「停電? なってへんじょ」

「えっ!? 突然電気切れたよ」

「それきっと電球が切れたんや」

「そうだったのぉー」

「いやぁ、智景お姉さん、災難やったね。このタイミングで切れるなんて」

 柚歩はくすくす笑う。

「柚歩ちゃぁん、笑ってないで助けてよぅ」

「ごめん、ごめん。新しい電球持ってくるよ。廊下の電気は付いとるけん、うちがトイレの戸ぉ開けたらそっちの電気が入り込んでくるじょ」

「今、鍵かけてる」

「やっぱほうなんか。それやったら智景お姉さんが動いて中から鍵開けてくれんとどうしようもないじょ」

「えー」

「智景お姉さん、今どういう状態なん?」

「便器跨いでおしり丸出しでしゃがんでるところ。一番恥ずかしくてしんどい格好だよ」

「ほなそのまま立ち上がってパンツ穿いてまっすぐ後ろに下がったらええだけやん」

「段差あるし、もしズッコケちゃったらと思うと怖くて出来ないよぅ。ねえ柚歩ちゃん、窓から懐中電灯で照らしてぇー」

「べつにええけど。ちょっと待っててや」

 柚歩は快く台所の引出から懐中電灯を取り出して来て玄関から外へ出て、

「お待たせー」 

トイレに接する窓の側へ駆け寄ってくれた。

「ありがとう。私の方は見ないようにしてね」

「了解」

 柚歩は視線は庭の柿の木の方へ向けて、懐中電灯でトイレの中を照らしてあげる。

 次の瞬間、

「ぎゃぁぁぁ~っ!」

 智景はある生き物が視野に入り大きな悲鳴。

「智景お姉さん、何がおったん?」

 柚歩は楽しそうに問いかける。

「巨大な、ガさんが、私のすぐ足元にぃぃぃ~」

「なぁんやガか」

「なぁんやガかじゃないよぅ。ものすごく怖いよぅ。さつまいもチップスみたいな形してるのぉ」

「それきっとオオミズアオよ。都心でも生息してるみたいやけど智景お姉さん見たことないん?」

「ないよぅ。うわぁっ、飛んだぁっ!」

「智景お姉さん、なんかかわいいじょ」

「トイレットペーパーの位置も分かった。これでやっと拭ける」

「大きい方もしたん?」

「いや小の方だけだよ」

 智景はやや不機嫌そうにトイレットペーパーを千切り取って、すでに乾きかけの恥部を拭き拭きしていく。拭いたそれを穴に落とし、立ち上がってパジャマズボンとショーツを同時に穿いて、くるっと回って扉へ寄り、鍵を開けてようやく明るい廊下へ脱出することが出来た。

「柚歩ちゃん、もう消していいよ。本当にありがとう」

 智景はホッとした気分でそう伝えてトイレの戸を閉める。

 階段の前まで戻って来ると、

「智景お姉さん、よくぞご無事で」

ちょうど玄関から戻って来た柚歩と鉢合わせした。

「ご無事じゃないよぅ。めちゃくちゃ怖かったよぅぅぅ。足もガクガクだよぅ」

 智景は涙をぽろりと流し、柚歩にぎゅぅっと抱きつく。

「智景お姉さんちょっと苦しい」

「あっ、ごめん柚歩ちゃん」

 謝ってすぐに離れてあげた。

「あの、智景お姉さん、電球今予備ないみたいや」

「ないのぉ? じゃあ真夜中に行きたくなっちゃったら戸を開けて廊下の明かりでするしかないんだね」

「うちはなんともないけどね。便器とトイレットペーパーの位置、把握しとるし」

 柚歩はそう言ってトイレに入り、戸を閉めた。

「柚歩ちゃん、本当に大丈夫?」

「うん」

 その返事から約一分後、宣言通り何事もなく用を足し終えた柚歩。

「トイレ電球切れかぁ。べつに問題ないよ」

 そのあと入った継実も灯りに頼らず余裕で用を足すことが出来た。

「真っ暗なままやるなんて恐ろし過ぎるだろ」

 修平は廊下の明かりに頼らざるを得なかった。やむを得ず扉を開けたまま用を足し、寝室へ戻ったのであった。

「それじゃ、消すね」

 みんな布団に入った後、継実が長い紐を引いて電気を消して就寝準備完了。

「修平くん、今日はけっこう楽しかったね。怖い思いも数え切れないほどしたけど」

「そうだな。田舎体験なんて普段する機会ないからな。一昔前にタイムスリップした気分にもなれたし」

「東京者のお二人さん、ここに住みたいと思ってくれた?」

「いやぁ、住みたいとまでは思わないなぁ」

「俺も。三日くらいでじゅうぶんだ」

「あーん、過疎地やけん東京者にも移り住んで欲しいんじゃけどなぁ」

「わたしは住まなくても、よそから屋那沢の学校へ通う子が出て来て欲しいなって思うわ」

 しばらくおしゃべりしているうち、女の子達はすやすや眠りにつく。

……緊張して眠れない。

 柚歩と智景に挟まれる位置になった修平は、それからさらに三〇分以上してからようやく眠りつけたのであった。

    ☆

 真夜中、三時頃。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 寝室に、智景の甲高い悲鳴がこだまする。

「智景ちゃん、また虫か?」

 修平はすぐに目を覚ました。

「私のお顔の上、何かモジャモジャしたのが横切ったと思ったら、ムカデだったの。ほら、あそこ」

 慌てて電気を付けた智景は、青ざめた表情でカタカタ震えながら指差す。

「うわっ! 本当だ。俺、生で初めて見た。これ、噛まれたらやばいよな? 智景ちゃん噛まれてない?」

「うん、大丈夫」

「そうか。それはよかった。殺虫スプレーはどこだ?」

 体長十五センチくらいのムカデが智景の布団の上をカサカサ動き回っていた。

「そんなのいらないよ」

 騒ぎで目を覚ました柚歩はにこっと笑いながら言うや、ムカデをティッシュ越しに掴んだのだ。そのあと窓から外に逃がしてあげる。

「柚歩ちゃん、勇気あるね」

「さすが田舎の子だ」

「修平お兄さん、またうちを田舎者扱いした。もし噛まれても大丈夫なように天袋んとこに塗り薬常備してあるけん安心してや」

「いやぁ、それよりも防虫して欲しいんだけど」

「俺もそう願う」

「この辺の虫、めっちゃ強いけん防虫対策したとこで全然効き目ないよ」

 柚歩は得意げに言う。

 梅乃と継実はこの事態に全然気付かずぐっすり眠っていた。

「修平くん、怖いから私と同じ布団で寝て」

「それはちょっとなぁ」

「お願い、お願い」

「柚歩ちゃんといっしょに寝たら?」

「修平お兄さん、うち、寝相悪いけん智景お姉さん蹴っちゃうかもしれんけん、修平お兄さんがいっしょに寝てあげて」

 柚歩はにこやかな表情でお願いした。

「修平くん、頼むよぅ」

「分かった、分かった。智景ちゃん、なるべく俺に引っ付かないようにね」

 こうして小笠家の夜は、その後は平穏に更けていく。

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